6th Stage なんで一緒に!? ドキドキ☆合同勉強会!!
ご覧いただきありがとうございます!
ブックマーク、ならびに評価もありがとうございます!
本作品のアイドルたちは自由人ばかりですが、どうぞ生暖かい目で見守っていただけますと幸いです。
『緋織! いいから、来い!』
耳の奥――記憶の中の誰かが、自分の名前を呼んだ。
あれはいつだったか。
そうだ。確か《Vision》としてデビューして、まだ間もなくの頃。
営業の手違いで受けたスポーツバラエティ番組の新企画を受けた時だ。
競技は記憶力と持久力、そして運を使ったもので、一方が走り続ける間に一方が解放されたキーワードを覚え、その後キーワードに関連したクイズや迷宮をクリアしていくという、色々詰め込まれた内容だった。
一見バラエティ向けかと思われた番組だったが、放送は深夜枠。加えて、出演者は体力に自信のある芸人や、各界の実力者もいた。
そこにデビューしたてのアイドルが混ざるという、一見してカオスな現場だった。
『今は何でも出て、顔を売ってきなさい』
手違いとはいえ受けてしまった番組。加えて収録日も間近。
朱里社長のその鶴の一声で、当時事務所で結成して間もなくで比較的スケジュールが合わせやすかった《Vision》に白羽の矢が立ったのだ。
メンバー内で選出されたのは、自分と紫苑。
体力面でこの番組向きな翡翠は収録当日は県大会があるとかで、残るメンバーでくじ引きをした結果だった。
収録当日。
時間制限が迫るなか、お題をクリアしながらなんとか先へと進んでいた。
けれど、最終チャレンジは次の次のステージ。
――〝どうしたって間に合わない〞。
そう心のどこかで思ってしまい、自然と足の速度が落ちていた。
その時だった。
「走れっ! 緋織っ!」
紫苑が、自分の背中越しから鼓舞してきた。
自分を追い越す僅かな瞬間に見たその瞳は、本気だった。
今からでも最終ステージに向かう、と本気だった。
そして、自分に向けられる彼の小柄な手。
「緋織! いいから、来いっ!」
その時に思い出したのだ。
当時中学三年生で、まだ体力作りなんてきちんと出来ていないながらも、レッスンや取材の合間に番組の準備をしていた紫苑に、堪らず訪ねた時があった。
『え? なんで、そんなに真面目に練習するのかって?』
番組の見せ場はあくまでスポーツ。だからアスリート枠の出演者にスポットがいくのは当然で、その分注目度も高くなる。
一方、そんなに売れてもいないアイドルに割くコマなんてないだろうし。
『だからだよ』
紫苑が告げる。
『どんなコマが使われるかわからないからこそ、僕は全部全力でやる。
あとで、〝あの時は手を抜いてたから〞って自分自身に言い訳したくないから』
はじめは、ただ言っているだけなのだと思っていた。
けれど実際に収録で見た紫苑の瞳は、彼自身が言っていた言葉を実行しようと、本気なのだと思わせられた。
その時に気付いたのだ。
紫苑は、すべてを全力でやりきろうとするタイプなのだと。
その時から、自分のなかで紫苑に対する見方、接し方が変わっていた。
それなのに――
「――り、緋織!」
翡翠が呼んでいた。
「アラーム、鳴ってるぞ」
「……あ、ああ。ごめん」
ベッドから起き上がり、緋織は枕元のアラームを止めた。
時刻は、午前六時。
「珍しいな。お前がアラームに気付かないなんて」
同室の翡翠は、床に置いていた参考書を開き直し、日課のストレッチをしていた。
冗談半分に、翡翠が「テスト勉強でもしてたのか?」と茶化してくる。
「いや、なんか、懐かしい夢見てて……」
体育祭から、一週間。
学園は、あと三週間後に迫った中間試験へ向けてのテストモードに移行していた。
それでも仕事は通常営業。
捺花がマネージャーになってから、ますます忙しくなっていたが、こればかりは文句をいう立場ではないのはわかっている。
「今日は昼から〝熱ダン〞の収録だよな。よろしく」
「う、うん、よろしく。……そっか」
そう言えば昨日の夜、今日のスケジュールを確認して、その番組の名前を見たのを思い出した。
超頭脳駆使型スポーツバラエティ番組〝熱血ダンジョン〞。通称〝熱ダン〞。
(だから、あんな夢を見たのか……)
ゴールデン進出時に改題され、競技にいくつか変更はあったものの、プロデューサーやスタッフは変わっていない。
緋織が紫苑と出演したあの時のままだ。
緋織たちが出演した数ヵ月後ににゴールデンタイムに進出したその番組は、アイドル枠として《Vision》に定期的にオファーが来ていた。
「緋織? どうした?」
「……いや、何でもない」
緋織は登校の準備を始めた。
彼女――宮園紫は、クラスのなかでも一位二位を争うくらいに登校時間が早かった。
「おはよう、緋織くん」
「おはよう、宮園さん」
時刻はまだ午前八時前だというのに、彼女は机に教科書とノートを広げて勉強をしているようだ。
先日の席替えで窓際へと移動した彼女の机の上には、一時限目の生物の教科書とノートとは別に〝テスト用〞というノートも出されていた。
「宮園さん、もしかしてテスト勉強中?」
自分の机に荷物を置いた緋織は、彼女の机の上を見てそう訊ねる。
彼女はどこかぎこちなく頷いた。
「そ、そう。朝は図書館の学習室が空いてないから、どうせなら教室でやろうかな、って思って……」
「すごいね、宮園さん。俺、あんまり勉強得意じゃないから、尊敬するよ」
緋織の学力は中の中。
良く言って平均、悪く言って平凡と言える。
自虐を込めて笑いを誘おうとした緋織を、彼女は「すごくないよ」と首を横に振った。
「……私はこの学園に編入したいって我が儘言ったから、出来ることはやっておきたいの。出来なくてあとで、自分に言い訳したくないし」
刹那、緋織のなかでその言葉を告げる彼女が、今朝夢に出てきた彼と重なった。
『あとで、〝あの時は手を抜いてたから〞って自分自身に言い訳したくないから』
口にした言葉はそれぞれ違う。
けれど、その根本にある想いや感情は似ている、否、同じなのだと緋織は直感的に思った。
「……」
「ひ、緋織くんは、今日は午後休?」
緋織が無言で見つめていると、彼女は目を泳がせながら訊ねてきた。
いくら似ていたとはいえ、どうして、彼女を彼に重ねてしまったのだろうか。
――似ていた……?
その時、緋織は気付いた。
(これは、口にしたら……絶対に起こられるやつだ!)
緋織の長年の勘がそう告げている。
男と似ていると言って、喜ぶ女性はいない。むしろめちゃくちゃ傷付けるし、怒られる。
「緋織、くん……?」
首を傾げる彼女に、緋織は脳裏に浮かんだ考えをそらしつつ、そして唐突に思い付いたことを口にした。
「宮園さん! ちょっとお願いがあるんだけどっ!」
◆
(……どうして、こうなった!?)
私は、内心叫びたい気持ちを押さえつつ、今の状況を整理した。
まず、先日緋織からテスト範囲でわからないところがあるから教えてくれないかと頼まれたところまで遡る。
それを(渋々)承諾したら、当日どこから聞き付けてきたのか、僕もと橙羽が加わり、それなら僕もと黄架も追加。
現在は学園の高等部内の図書館の二階に併設された学習ルームで、教科書を並べて席についている。
時計回りに私、雪子、橙羽、黄架、そして緋織。
場所が学習室ということもあり、生徒たちの歓声は聞こえないものの、それでも視線は気になるもので。
「宮園さん、教え方上手いね! 分かりやすいよ!」
「……ははは。ありがとう」
(《Vision》抜けた上に成績まで悪くなったら、朱里さんになんて言われるか!)
もともと勉強は嫌いではなかったけれど、それでも得意とは言えないレベルだ。
だから仕事の合間を見つけてはこっそりカードを使って勉強をしたりしていた。
「そう言えば、《Vision》のメンバーで勉強会とかはしないの?」
ここ数日、私と一緒に勉強していた雪子が三人へと訊ねた。
彼女は橙羽の時と同じく、《Vision》のメンバーに対して他の女子生徒が見せる様な、歓声や態度を取ることはなかった。
「うーん。青史郎はもともと一緒に勉強とかそんなタイプじゃないし、翡翠と藍は今日は仕事だしね」
教科書を捲りながら、緋織がそれに答える。
「勉強だったら、青ちゃんと紫苑が得意だったかな~」
「……っ!?」
いきなり〝紫苑〞の名前を聞いて、私の心臓は跳ね上がった。
「そうなの!? 紫苑って、なんでも努力家なところあるよね!」
なぜだか、雪子が嬉しそうに話す。
これが、推しの話になるとテンションが上がるというやつか。
「……そう、ですね。紫苑くんは、どんなことにも挑戦する、頑張り屋さん、でしたから……」
黄架が、歯切れの悪い口調でそう告げる。
途端に雪子が、しまった、という顔をした。
「……」
学習室全体が急に静かになる。
そう。
〝紫苑〞が活動を休止した理由は、《Vision》メンバーにすら伝えていない。
彼らにとっても〝紫苑〞は、ファンと同じように、ある日突然いなくなった人物だった。
自分勝手なのはわかっている。
でも、これだけはどうしても譲れなかった。
――だって、これは約束だったから。
「ねえ、宮園さん。ここのこの問題は、この公式を使えばいいのかな?」
ただ一人、机に向かう五人のなかで、緋織が私の名を呼んだ。
緋織は今までの会話をさりとて気にしていないという雰囲気で、数学の教科書に載っている問題集を解いていた。
(さすが《空気読めない馬鹿野郎》……)
私は気を取り直して、緋織の広げていたページを覗く。
「あ。ここの問題はそのひとつ前の――」
「……」
私が公式の説明をしている間、緋織は静かにその説明を聞いているようだった。
中間試験まであと一週間。
放課後の学習室には数名の生徒がいたけれど、私たちの合同勉強会メンバーは私と緋織だけだった。
雪子は同じクラスの子達に頼まれて、そちらに教えに行っている。
橙羽と黄架は午後から仕事らしかった。
「……」
「……」
実に気まずい。
(なぜ、緋織と二人きりで勉強せにゃならんのだ!)
例え緋織本人から頼まれたこととはいえ、この状況は不味いのではないかとさえ思えてくる。
たぶん私が無事でいられるのは、私が〈紫色〉に所属しているからなのだろう。
これで私が〈赤色〉に所属していようものなら、寮へ戻った際に連日続く若崎さんたちからの問答だけで終わっているはずがない。
不意に目が緋織へ向けると、先ほどから緋織の手が動いていないことに気付いた。
加えて開かれている生物の教科書もちょうど単元の表紙なので、読み込んでいる、というわけではなさそうだった。
「緋織くん? どうかした?」
「えっ!? ごめん! 俺に何か話しかけてくれてた?」
その反応は、明らかに何か別のことを考えていた時のものだった。
長年の勘がそう告げている。
「……話しかけるって訳じゃないけど、何か考え事?」
言葉を選びながら、緋織に訊ねる。
緋織は一瞬目を見開いて、苦笑を浮かべた。
「いや……もしかしたら、というより、もう確定したことなんだけどさ――」
緋織は、ことの発端を話した。
久々に丸一日フリーで授業に出れたと思ったら、放課後に捺花から連絡をもらったそうだ。
「試験の当日に、仕事?」
要約すると、そういうことだった。
「うん。だから、せっかく宮園さんに教えてもらってるのに、なんか申し訳ないなって……」
テスト期間は全部で三日間。
そのうちの二日目と三日目に仕事が入ってしまったというのだ。
勉強会では全教科をやっていたけれど、緋織が重点的に勉強していた数学は試験二日目の科目だった。
(なんでそんなことで落ち込むのよ……)
けれど、緋織のその気持ちは何となく理解できた。
今までやって来たことが、不意に無駄に感じてしまうことは誰にだってあるはずだ。
良い出来だと思えた振りも、カメラに撮されなければ、観客に届けることが出来ない。
だから、どんな場面を切り取られても良いように、私は――否〝紫苑〞は全力だった。
「……私が言える資格なんてないけど、緋織くんはアイドルでしょ?」
「……宮園さん?」
驚く緋織に、私は続ける。
「〝アイドルは全力で夢を与える仕事〞……前に雑誌の取材で答えてたの知ってるよ。
……だったら、出来ることはなんでも全力で挑まなきゃ。どこで誰に夢を与えているかわからないんだから」
私は自分の状況を棚に上げておいて、なんてことを言っているんだろう。
でも、緋織にこれまでやって来たことを無駄だと思ってほしくなかった。
彼がやって来たことは、〝紫苑〞がしてきたことと同じだったから。
「それじゃあ、残り一日のテストに出る教科を集中して勉強しよう!」
確か、現代文と政経と技術家庭科だったはず。
私は今やっていた英語の教科書をしまい、鞄から現代文の教科書を取り出す。
緋織の顔からはそれまでの苦い表情が消え、いつも通りの《Vision》の緋織の営業スマイルが戻っていた。
「……ありがとう、宮園さん」
「どういたしまして」
藍藍(以下、藍):ねえ、青史郎は、苦手な仕事ってある?
青史郎(以下、青):なんだ、藍いきなり……。まあ、この前やった食レポは、結構難しかったかな。お店のコンセプトとか味付けで大事にしてそうなところとか、分かりやすく短くまとめないと、視聴者に伝わらないし。そういうお前はどうなんだ? 藍。
藍:俺はクイズ番組! 早押しは得意なんだけど……あ、三択問題は勘でいける!
青:……藍、ちゃんとわかってから押そうな。
藍&青:次回8/8更新予定『7th Stage ワクワク開幕! 夏休み!!』お楽しみに!