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17/25

17th Stage 悩める未来! 問われる可能性!!

 

 青史郎の《Vision》脱退騒動から迎えた、とある週末のこと。


 私はある場所へ向かうために、外出許可を貰って一人最寄り駅の電車に乗り込んでいた。

 今日の行き先は二ヶ所。


 山手線に乗り換えて、数駅。駅から十分圏内の場所に佇む、モダンな雑居ビル。

 その四階に美容室サロン〝雪月花〞は構えていた。


「紫ちゃん。いらっしゃい。久しぶりね」


 インターホンを押して数秒後に扉から出てきたのは、赤髪の短髪が似合う女性だった。

 染み一つない袖口の広い白いシャツに、ぴったりフィットしたカーキのパンツを穿いている。


 にかっと笑う快活な性格も、とても好印象だった。


 彼女はメイクアップアーティストの、諸星いつきさん。


 いつきさんは捺花さんと大学の同期で、私が〝紫苑〞であることを知り、かつ〝彼〞を一緒に作ってくれた長年の協力者であり功労者でもある。


「用意は出来てるわよ」


 ウインクするいつきさんに、私は中へと通された。


 サロンの中は十畳ほどの広さで、隠れ家的な洋装に、テーブルと向かいあう椅子が二脚。あとは壁際にメイク台と簡素な水回りがある、シンプルな造りだった。


「服は、これで良かったかしら?」


 テーブルの上に並べられた一式の服を確認し、私は頷く。


「はい。ありがとうございます。お借りします」


 用意してもらった服に着替え、私はいつきさんの前に立った。


「うん。問題はなさそうね」


 私の周りを一周し、細微を確認するいつきさん。


「それじゃあ、一丁やってやりますか!」


 ジュリエットの発案で〝紫苑〞が誕生したあと、彼女がフランスへと帰国するにあたって〝紫苑〞のメイクのすべてを引き継いだのが、当時フリーのメイクアップアーティストとして仕事を始めていたいつきさんだった。


「良いわよ、目を開けて」


 私がメイク台の前に座ってから数十分。

 声を掛けられて目を開けた私の目に紫苑かれが現れた。


「うんうん。久しぶりにしては、完璧な再現性ね」


 いつきさんが満面の笑みで頷く。

 自画自賛、と言ってしまえばそれまでだけれど、それほどまでにいつきさんのメイクの腕は確かだった。


「ありがとうございます。我が儘を聞いてくれて」

「良いのよ。ファン二号としては、もっと見てたいくらいだし」


 私はいつかの捺花の言葉を思い出す。


「行ってらっしゃい、紫苑」

「はい。行ってきます」


 玄関先で見送るいつきさんに手を振り返し、私はもうひとつの目的地へと向かった。


 それは神奈川県にある某大学病院。


 そこには、一人の少女が入院していた。


 その少女の名前は、湯島ゆしましずかちゃん。

 青史郎の、九つ年の離れた妹だった。


 私はあらかじめ聞いていた病室の扉の前に辿り着く。

 そしてここに来るまでに被っていた帽子とサングラスを外した。


「どうぞ」


 ノックをして中から返事を聞き、引き扉を引いて中へ入る。

 個室の病室には、静ちゃんの他に、もう一人。


 二人はとてもよく似た眼差しで、私をその目に映していた。

 どちらの瞳も見開かれてはいたけれど、一方は歓喜に、もう一方は驚愕の色に染まっていた。


「……紫お――」

「紫苑くんだ!!」


 青史郎の言葉を、それ以上の声量で上書く静ちゃん。


「はじめまして、静ちゃん。それに……久しぶり。青史郎」




「――本当に、いいの?」

「遠慮するな。茶くらいは出してやる」


 お見舞いの帰りに、私は青史郎から彼の家へと招待された。


(き、気まずい……)


 青史郎の生家は、下町という雰囲気が似合いそうな町で、隣県と接する都内の某区に位置していた。


「それに、お前だって、俺に話があるんだろ?」


 隣を歩く青史郎に、私は黙って頷く。


 湯島家は、駅から十数分歩いた先のアパートの三階にあった。


 湯島家は両親と兄妹五人のの計七人家族。

 確か、お父さんは単身赴任中で、お母さんは看護師さんをしていたはずだ。


 リビングへと通され、ちゃぶ台の前に敷かれた座布団に座る。


「……今日、仕事は?」

「夜に、緋織とのテレビ収録が一本」


 それまでまだ時間はある、そう言っているようだった。


 やがて私の目の前に湯飲みに淹れられたお茶が出され、座布団に着いた青史郎が口を開く。


「……社長の差し金か」

「まあ、結果的にはそうなる、のかな……?」


 自分でも、なぜここまでしているのか、よくわからなかった。

 今まで、メンバーのプライベートとは極力関わってこなかったのに、急に一体どういう風の吹きまわしだと思っている位だ。


 けれど、青史郎の状況を考えると、いてもたってもいられなかった。


「――静ちゃん、そんなに悪いの?」


 数秒の沈黙の後、青史郎の答えがくだる。


「……先月の検診で、また数値が悪化したんだ」


 三ヶ月ごとに行われている定期検診で、二回連続で、ある体内組織の数値が悪化していたという。

 投与する薬の量も増えたと、青史郎は言った。


「静のことは……社長たちから聞いたのか?」


 私は首を横に振って、あの病院まで辿り着いた経緯を説明した。


 まずは数年前。

 青史郎から九歳年下の一番下の妹にサインを頼まれていると言われ、渡されたスケッチブックにサインをしたこと。

 その時、青史郎から頼まれて一言メッセージを添えたこと。


 そのメッセージは〝頑張れ 静ちゃん〞だったこと。


 あの時は気にも止めていなかったけれど、当時小学生三年生の少女に掛ける言葉ではないと、唐突に理解したのだ。


 そしてそれを電話口でぶつけると、それまで〝家庭の事情〞とだけしか言わなかった捺花さんが、あの病院のことを教えてくれたのだった。


 だから私は、静ちゃんの病のことを十分に知っているわけじゃない。

 けれど、通学時間よりも病院への見舞いを優先するほど、青史郎にとっては大事で重要なことだと理解していた。


「……まるでドラマの探偵だな、お前」


 苦笑を溢す青史郎は、ゆっくり、そしてすべてを話してくれた。


 五人兄妹(きょうだい)の一番下に生まれた静ちゃんは、小学校二年生の時、とある病に罹った。


 それは小児病でも珍しい病気で、たくさんの病院を受診したにも関わらず原因不明という診断が続き、最後に行った大学病院でその病名が判明したのだ。


 それからはずっと病院で生活をしている彼女は、今年で小学六年生、来年の四月からは中学生になるという。


 先ほど病室で会った静ちゃんは、一見してそんなに症状が悪いとは見えなかった。

 けれど、年齢は知っていたものの、実年齢よりいくぶんか幼く見えていたのは事実だった。


 青史郎にとっては、家族にとっては、彼女の姿は私とは違う様に見えているのだろう。


「――それで? 普段、俺たちに対して必要以上に関わってこなかったお前が、今さら何のようだ?」


 突き放した言い方。


「……まさか〝辞めるな〞なんて言いに来たわけじゃないだろう?」


 けれど、それは至極当然で、当たり前の反応だった。


「うん。僕は青史郎に〝辞めるな〞って言いに来たわけじゃないよ。……むしろ、聞き方によっては、その逆になるのかな。

 ……今日は、青史郎に一つ質問しに来たんだ」

「逆? 質問?」


 訝しげに眉をひそめる青史郎。


 私がここまできた理由。

 それは――


「青史郎は、《Visionアイドル》になって何をしたいの?」

「…………」


 青史郎は、面食らった顔をしていた。


 私はゆっくり言葉を紡ぐ。


「僕にはわかるよ。二つのうち、どちらかを選ばなきゃいけない状況で、どちらも譲れないくらい大事だって思ってること。でもどちらかを選ばなくてはいけなくて、心が潰されるみたいに苦しくなってること。


 きっとそこで最後に選ぶ理由は〝誰かのために〞じゃなくて〝自分がどうしたいか〞ってことだと思う。


 何かを選ぶとき、その選ぶ軸は〝誰かのために〞じゃダメなんだ。

 もし〝誰かのために〞で物事を決めたとき、後々考えて〝もし選択が違っていたら〞って疑問を抱いてしまったら、一度は〝誰かのために〞って思っていたはずなのに、いつの間にか〝誰かのせいで〞って思ってしまう可能性こともあるから。


 自分の決めたことに責任を持つには、軸を〝自分自身〞に置かなきゃだめなんだよ。青史郎」


 私は一旦、深く息を吸った。

 私の言葉を待つ青史郎の表情は、〝紫苑〞が何を考えているのか図りかねているようだ。


 当然だろう。それは、わたしとして思い至ったことなのだから。


「……僕が聞きたいのは、青史郎がなんのために《Visionアイドル》になったのかっていう過去の話じゃなくて、青史郎が《Visionアイドル》になって、()()()()()()()()()()()っていう未来の話なんだよ」


 そこまで口にして、私は自虐染みた笑みを漏らす。


「……」


 それでも、青史郎は無言だった。


「……って、ほんとは、それを言う資格も聞く権利も、今の僕にはないんだけどさ。


 でももし、それでいくら考えても何も浮かんでこなかったのなら、僕は、青史郎が《Visionアイドル》を辞めてもいいと思ってる」


 む。これでは少し無責任な言い方になってしまっただろうか。


「僕も、もし青史郎と同じ立場だったら、間違いなく静ちゃんを選ぶと思うよ。

 でも《Visionアイドル》は夢を与える存在だろう?


 青史郎が〝《Vision》の青史郎〞になった理由は、未来に作るべきだよ」


 ◆


 その日。

 青史郎が病室に入ると、静が机の上にスケッチブックを開いて「うーん」と唸って思案顔を浮かばせていた。


 良かった。今日はずいぶんと顔色がいいようだ。


「こら、静。もうすぐ夕飯の時間なんだから、いい加減片付けろ」

「あとちょっとだから!」


 頬を膨らませる末妹に、青史郎は苦笑を溢す。


 病室でも出来る手軽な趣味として静が四年前から始めたのが、スクラップブック作りだった。


 彼女が格闘しているスケッチブックの上には、いくつもの新聞や雑誌の切り抜きが並んでいる。

 毎回どこから貰ってくるのか、ベッドの端にはそれらが掲載されていたであろう雑誌や新聞が置かれていた。


「日付的には、これはこっちの方がいいんだけどなぁ……」


 妹は丁寧に切り抜いたそれらを日付ごとに並べ変えながら、最善最良のレイアウトを考えているようだった。

 その中にはインタビュー記事はもちろんのこと、出演した番組のテレビ欄まである。


 今静が見ている切り抜き記事は、すべて青史郎が所属するアイドルグループ《Vision》のことが書かれているものだった。

 青史郎だけでなく、《Vision》メンバーがそれぞれに出演したものすべてが、彼女のスクラップの対象となっている。


 そう。静は《Vision》がデビューしてからの四年間、それが例えどんな些細な記事であっても、集めてはスクラップにしていた。


 そして今開いているページの中心に配置されていたのは、先日発表されたライブの宣伝記事だった。


「あーあ。また、紫苑くん来てくれないかなー?」

「それを、兄ちゃんの前で言うのか……」

「だって、せい兄ちゃんは青兄ちゃんなんだもん!」


 静は《Vision》結成より、生粋の紫苑ファンだった。


 その証拠に、ベッドのサイドテーブルには一週間前に見舞いに訪れた紫苑が手土産にと持ってきていた個包装のお菓子が、いまだ食べられることなく大事に飾られている。


「これ、いい加減に早く食べないと、湿気るぞ」

「だって、もったいないんだもん……」


 お気に入りのクマのぬいぐるみがそれを抱えていることからも、妹の推し愛が伝わってくる。それは兄として少し妬けてしまうのだが。

 さぞ、推しから貰ったという事実が嬉しかったのだろう。


「ねえ、また紫苑くん来る!?」

「……今度、聞いてみるよ」

「やったぁ!」


 口許を綻ばせる妹に、青史郎はもう一つの事実を告げられずにいた。

 今、〝彼〞が《Vision》にいないということを。


「ねえ、青兄ちゃん!」

「……うん? どうした?」


 いつの間にか、名前を呼ばれていた。

 慌てて返事をすると、静は行息を巻きながら訊ねてくる。


「ほんとに今度の検査で数値が良くなってたら、ライブに行ってもいいの!?」

「ああ。良くなっていたらな。先生のいうこともちゃんと聞くんだぞ」

「ちゃんと聞いてるよ! それに、お薬も飲んでるもん!」


 自慢げに訴え掛けてくる妹。

 その姿は健気でもあり、強くもあった。


 青史郎は、末妹が奇病に冒されているとわかった時、一時は医者になろうと考えていた。

 けれど、痛いだけのはずの治療の日々の中で、妹はなぜか笑ってそれらを吹き飛ばすことが多かった。


 妹の笑顔の源は、彼女の好きなアニメのキャラだった。


 苦境に立たされている主人公の彼女も頑張っているのだから、自分も彼女に負けないくらい頑張るのだと。


 その時、青史郎はその言葉を聞いて、自分も一人でも多くの人を支えられる存在になりたいと思った。


 だからなのか、町中で偶然受けたスカウトをきっかけに、芸能界に入ろうと決めた。

 その先で自分の夢を叶えられる可能性を信じたのだ。


 そしてそのスカウト先が宮園プロダクションだった。


 けれど一番始めに笑顔にしたいと、支えたいと思った少女一人も救えずに、この先〝《Vision》の青史郎〞として振る舞える自信がなくなっていた。


 だから、医者から妹の容態はこのままだと危険であると診断された先日。

 青史郎は所属会社の社長である宮園朱里に、〝《Vision》を辞めたい〞と口にしたのだ。


 教科書に出てきたあの兄妹のように、立場を変わってやりたいとさえ思うのに。

 一番力になりたい妹に何もしてやれない自分が、誰に何を与えられると言うのだろうと。


 〝青史郎が〝《Vision》の青史郎〞になった理由は、未来に作るべきだよ〞。


 頭の中で、先日の紫苑の言葉が浮かんだ。未来に何を与えられると言うのか。


「楽しみだなぁ! 青兄ちゃんが歌うとこを直接観れるんだもん!」


 本当に楽しみにしているのだろう。妹の大袈裟な口ぶりに、思わず口を出してしまった。


「〝青兄ちゃんは青兄ちゃん〞じゃなかったのか?」


 妹にとってあくまで自分は兄であり、いつかのアニメの主人公のような役割は求められていない。青史郎はそう思っていた。


 けれど。


「うん! 青兄ちゃんは青兄ちゃんだけど、みんなにあれが静のお兄ちゃんだって、自慢出来るんだもん!

 それにね! みんなを笑顔にしてるお青兄ちゃんを観てるの、静大好きだよ!」


「……そっか。ありがとう。静」


 その言葉を口にするのがやっとだった。




 病院を出てしばらく歩いてから、人通りのない場所で立ち止まる。


 青史郎はポケットに入れていたスマホを取り出し、履歴から番号を見つけると、その番号へリダイヤルした。


 二回目のコール音で繋がり、電話口の相手の声が聞こえる。

 青史郎はゆっくり口を開いて言葉を告げた。


「――もしもし、社長。はい、青史郎です。先日の件で、お話があります」


 緋織:青史郎って五人兄妹だったよね。

    他の子たちの名前はなんて言うの?

青史郎:長男が青史郎おれで次男が清史きよし、長女の晴乃はるので三男の靖樹やすき

    最後が次女の静だ。

 緋織:……すごい。みんな、名前に〝青〞が入ってる……もしかして、

    お父さんとお母さんも?

青史郎:両親は太郎と香苗だな。

 緋織:両親は違うんだ……それもそうか。

    次回8/24更新予定

    『18th Stage やってきました! 年末の虹色活動一斉決済!!』

    お楽しみにね!

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