16th Stage 読書の秋! って、そんなことより《Vision》が解散!?
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季節は十月。
前期期末試験も一段落し、私は一人、図書館で本を探していた。
テスト勉強で使っていた学習室とは違って人の姿がまばらな館内は、静けさに包まれている。
「……」
目的の本をデータ検索で調べ、発券したレシートに書かれた棚番号へと向かうと、そこには思いがけない人物が立っていた。
(……青史郎っ!?)
私の挙動に気付いたのか、青史郎がこちらを見やる。
「ど、どうも……」
不自然に思われないように、私はレシートを片手に、本を探すことにした。
目的のコーナーは古典文学。
けれどレシートに記載されていた棚番号の箇所には、本が抜かれたと思われる空白があるだけだった。
データ検索で調べた画面やレシートには〝在庫一冊あり〞と書かれていたのに。
「ひょっとして、この本を探していますか?」
「っ!?」
横から不意に声をかけられ、私は肩を震わせた。
その様子を見て、声をかけてきた本人、青史郎が一瞬目を見開き、そして謝ってくる。
「すみません」
「い、いえ……」
まさか青史郎から声をかけてくるとは思わなかった。
けれど、差し出されたその手にある本が私の探していたものであるとわかり、こくんと頷く。
「そうです。その本!」
青史郎はその本をそのまま私の前に差し出して続ける。
「俺は前に読んだことがあるので、どうぞ」
「いいの?」
「……どうぞ。他にも、何冊か借りようと思っていたから」
青史郎の手の中には、まだ数冊の本が抱えられていた。
さすが読書家の青史郎。もう読破済みとは。
私は青史郎が《Vision》の仕事の合間に本を読んでいることが多かったことを思い出していた。
「ありがとう。教科書は中途半端なところで終わってたから、続きが気になっていたの」
私は青史郎から渡された本を受け取る。
「……ネットで調べたりはしなかったの?」
もちろん、ネットでは調べていたから、物語の大体の流れは知っている。
けれど。
「うん。調べはしたんだけど、やっぱり自分の目で続きを読みたくて」
これは古典の教科書に掲載されていた作品で、平安時代に書かれた物語。
主人公は二人の兄妹で、性格の違いから互いに性別を偽って生活を送るという話だった。
「最後はハッピーエンドだって言うのは、知ってるんだけどね」
「……そうかな」
(……ん?)
青史郎の少し影を帯びる表情に、私はどこか違和感を覚えた。
「じゃあ……」
けれどいくつかの本を抱えてこの場を後にするその後ろ姿を、私は黙って見送るしか出来なかった。
その日の夜。
「ゆっか、何読んでるの?」
自室で机に向かっていた私の背後から、雪子の声が聞こえた。
「……『とりかえばや物語』って、ああ。古典の教科書に載ってたやつ」
私が本の表紙を見せると、そんな声が返ってくる。
「教科書は抜粋だったから、一度全部読んでみたくて」
「勉強熱心だねー、ゆっかは」
そういうと、雪子はベッドの上でファッション雑誌を読み始めた。
まさに気兼ねしない空間。
私も再びページに目を落とし、物語の続きに戻っていく。
「はい。お預かりします」
借りた本をカウンターで返却した私は、ふとまたあのコーナーに行ってみようと足を向けた。
久しぶりに授業以外で活字に触れて、新鮮な気持ちになっていたのかもしれない。
(……あ)
偶然か、必然か。
そこには、また彼がいた。
「……ああ。どうも」
考え事をしていたのか、私の存在に気付くのが遅かったらしく、青史郎の目が僅かに泳いだ。
その様子が、いつもの彼らしくないと、直感的に思う。
「……私は面白かったですよ」
「え?」
しまった。いきなり過ぎた。
「前ここで譲ってくれた本、さっき返してきたんです」
本の名前を告げると、「ああ」と思い出したような声が聞こえてきた。
「よれはよかった。正直俺はあれを読んだ時、全然主人公たちに感情移入が出来なかったけど」
苦笑を溢すその表情に、また違和感が募る。
あの物語は、少なくとも私にとってはハッピーエンドで終わっていたと思う。
〝姫君〞も〝若君〞も、最後は自分の人生と向き合って、それぞれ答えを出したのだから。
けれど、物語の解釈は十人十色。その感想は読者の数だけ存在するものだ。
面白かったと思う人もいれば、そうでないと思う人がいる。
「……」
だから私は、彼のその感想を否定することはしなかった。
読む前にネットで調べて物語の続きを知ったいた私は、二人が最後に互いの立場を交換することも知っていた。
それでも、読み進める中で新しく思うこと、気付くことも多かった。
「俺は勝手だって思ったな。主人公の二人も、〝若君〞の同僚の宰相中将も」
青史郎が言葉を落とす。
「確かに。あの人は勝手だったね」
作中に〝若君〞の同僚として登場する宰相中将は、男装だとわかった〝若君〞に迫るのだ。
「人の心に勝手に踏み込んで、踏み荒らして、本当に勝手だよ……」
「青史郎、くん……?」
その口調は憎々しいとはいかないまでも、眉をひそめるほど憤っていた。
「俺も、あいつみたいに……」
小声のせいで、それ以降の言葉を聞き取ることが出来なかったけれど。
事態が動いたのは、その数日後。
来月行われる予定の三者面談の候補日について、朱里さんに何度目かの電話をした時だった。
(出ないな……朱里さん)
何度電話しても、すべて留守電に繋がってしまう。
今は放課後の十七時半。
普段の朱里さんのスケジュールなら、取引先との接待や会食のための移動時間のはずだったから、比較的に繋がりやすい時間帯のはずなんだけれど。
その時。
(……捺花さん?)
スマホの画面に映し出されたのは、よく知るマネージャーの名前だった。
『もしもし? 紫ちゃん?』
「捺花さん。どうかしましたか?」
『え、ええ……。実は今社長と一緒に会社にいるのだけど、今、社長は緊急の対応で手が離せないの。だから社長への電話は、もう少し時間が経ってからお願いしてもいいからしら?』
「そうだったんですね。わかりました」
なるほど。うるさすぎたか。
妙に歯切れが悪い捺花の口調に、私は妙な違和感と言い得ぬ不安が募っていた。
(なんだろ? 社長の朱里さんに回ってくる緊急対応って余程のことだよね……)
捺花さんの言い振りから、少なくとも私や〝紫苑〞に関することではないと予想がついた。
けれどどこか逼迫した雰囲気が、電話口から伝わってくる。
その時、電話口の後ろから、社のスタッフと思われる声が聞こえた。
『さっき社長室に青史郎くんが入っていきましたけど、何か社長にご用だったんですか?』
『え、ええ。あ、お茶は私が持っていくからいいわ……それじゃあ、またね、紫ちゃん』
そう言って、捺花さんとの通話は終わった。
朱里さんの追われていた緊急対応が何なのか判明したのは、その翌日。
「緋織くん! 五組のクラスの男子に聞いたんだけど、青史郎が寮に帰ってないって本当なの!?」
「い、いや……それは……」
HRが終わったあとの教室に、青い腕章を着けた他のクラスの女子生徒が駆け込んで来た。そのあとに、数名の他クラスの生徒が続いて入ってくる。
彼女たちの目的は、久しぶりに登校してきた緋織だった。
その詰め寄る生徒の声で、一組のクラス全員の視線が二人に向けられる。
(……寮に、帰っていない?)
女子生徒の放った言葉は、私が予想していたよりも遥かに重いことを示していた。
「ごめん。俺は、家庭の事情があったとしか……」
淀みながらも、無難な回答を返す緋織。
けれどその口調からは、彼自身それ以上のことを知っている様子は見受けられなかった。
「……青史郎も《Vision》を辞めるなんてことないよね!?」
単刀直入に問われる疑問。
それはすぐにクラス全体へと伝播してしまった。
「そんなわけないだろ。この前ライブが決まったばっかなんだし……」
「でも、この前の球技大会での青史郎、どこか元気なかったよ……?」
「元気ある青史郎の方が、逆に違和感あるだろ?」
口々に広がる不安や疑問。
「はいはい! もうすぐ一限が始まるから、みんな自分のクラスに戻って、授業の用意をしなさい!」
手を何度か叩いて、そう告げる弥生先生。
一旦はお開きとなった教室は、それでも重々しい空気を纏っていた。
かくいう私も、その一人。
(――青史郎が、《Vision》を辞める?)
私の脳裏には、先日の図書館で青史郎とした会話の内容が浮かんでいた。
〝俺も、あいつみたいに……〞。
そのあとの言葉は聞き取れなかったけれど。
もし、その言葉の〝あいつ〞が〝紫苑〞を示しているのだとしたら。
まさか。
けれど、考えられる言葉はいくつかあるとは言え、それくらいしか私の頭には浮かんでこなかった。
〝俺も、紫苑みたいに辞められたのなら〞。
その後。
どこから漏れたのか、青史郎が不登校になっているというゴシップ記事が、週刊誌に掲載された。
その実、青史郎は《Vision》の仕事がある日は実家から現場へ向かい、また学園の授業がある日はきちんと実家から登校していたから、不登校という事実は存在しない。
けれど、世間は事実よりも面白いことを望んでいた。
しまいには、《Vision》が解散するのではないかという記事まで出るほどに。
〝人の心に勝手に踏み込んで、踏み荒らして、本当に勝手だよ……〞。
世間の憶測に触れる度に、私は青史郎の言葉を思い出していた。
青史郎の言っていた言葉の通りだ。
世間も、メディアも、彼も、彼女も、そして私も。
みんな勝手だった。
橙羽:ねーねー、ひおりん。
緋織:なんだ? 橙羽。
橙羽:ひおりんは、何でアイドルになろうと思ったの?
緋織:え? 何でかか……確か社長に〝アイドルになってみないか?〞
って訊かれて〝面白そうだな!〞って思ったからOKしたんだけど……
橙羽:ひおりんって、ほんとに直感的に生きてるよね~。
緋織:誉めてないよな、それ……。そういうお前はどうなんだよ、橙羽。
橙羽:僕は〝関わる人全員を笑顔にしたい〞って思ったからかな~
緋織:おお。予想外に真面目な回答が来たな。
橙羽:でしょ~。でもやっぱ、このかわいい僕がアイドルにならないなんて、
絶対に世界的に大損だと思ったんだよね~♪
緋織:……お前も、やっぱり橙羽だよな。
次回8/22更新予定『17th Stage 悩める未来! 問われる可能性!!』
橙羽:お楽しみにね~♪♪




