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11th Stage 「ボンジュール!」すべての始まり! ジュリエット登場!!

いつもご覧いただきありがとうございます!


フランスにはお寿司屋さんがあるそうですね。

異国の地で食べる祖国の料理って、はたしてどんな味なのでしょう。


フランスへ行ってみたら、ぜひ食べてみたいものです。

 ◆


 時は遡って水曜日。


 ここは、某局の楽屋。

 音楽番組の生放送の収録まで、あと一時間弱という状態だった。


「……お前、自分が何をやったのか、わかっているのか?」


 気付けば、衣装に着替えようと立ち上がった青史郎がいきなり緋織に掴みかかり、楽屋の壁に押し付け迫っていた。


「ちょっ! 青史郎!?」


 翡翠は、それを見て驚きの声を上げる。


 室内には翡翠たち三人の他にも、残る《Vision》のメンバー三人がいた。


「何も、そこまで怒る必要はないだろう? そんなに大きな騒ぎにはなってなかったんだし……」


 本当のところ、翡翠は知っていた。


 今日、緋織が行った縁日の中で、一人の少女が〝緋織を見た〞と言っていたのを。


 けれど周囲の人たちは緋織がこんなところにいるはずもないと本気にしていなかった。

 第一その少女が証言した緋織は、ワンピースを着ていたというのだから、無理もない。


 とは言え、それを実際にその近くで聞いていた橙羽と翡翠は冷や汗をかいていた。


 もしあの時、翡翠のかけた電話に緋織が出ていなければ、事務所に連絡するところだった。


「……ただでさえ今、紫苑がいない中で、次にお前が問題でも起こしてみろ。《Vision(俺たち)》は終わりなんだぞっ」


 青史郎の言葉はもっともなものだった。


 紫苑に関して、世間では様々な憶測が飛び交っていた。


 メンバー不仲説。

 所属会社との不和説と退社説。


 週刊紙は〝紫苑〞について、毎週面白おかしく《Vision》メンバーや宮園プロダクションとの関係性をあることないことを並べ立てた記事を載せていた。


 学園内では雑誌記者が立ち入ることはないし、仕事も会社の指示のもと送迎がされている。

 そのため、時折来る撮影も順調に進んでおり、一見して問題が大きく、また騒がれているようには見えなかった。


 今回の件は、それが仇となったということだろうか。


(……こんな時に()()()がいたら――)


 目の前の沈黙を選んでいる二人を前に、翡翠は思わずにはいられなかった。

 この状況を作り出した張本人であり、今この場にいない人物。


『本番まであと少しだよ。何騒いでいるの?』


 彼なら、きっとそう言うだろう。


 静かに、優しく、諭すように。


(お前は、いまどこで何をしているんだよ。紫苑……)


 生放送の収録は、刻一刻と迫っていた。


 ◆


 私はジュリエットが持ってきたおはぎを、番茶と一緒にテーブルに出した。


 ここは朱里さんの住む都内の高層マンション。


 中層階の窓からは都内の風景が見えており、夜景になるとなかなかの見物である。


「あら、じゃあ、アカリはまだ帰ってないの?」


 おはぎにフォークを差し入れながら、ジュリエットがと声を上げた。

 

「うん。今日の午後に戻ってくるって」


 本当なら今朝東京に戻ってくる予定だったけれど、会議が押して飛行機の時間が午後になったそうだ。

 だから私は一足先に墓参りを済ませ、持っていた合鍵で、このマンションにお邪魔する予定だった。


 スマホで移動中の朱里さんにジュリエットが着ていることを伝え、彼女をマンションへ上げることに了承を貰って今に至る。


「ジュリエットは、いつこっちに戻ってきたの?」

「着いたのは昨日の夕方。時差ってやっぱりなかなか抜けないわね」


 確か、フランスとの時差は七時間。


「あ。そう言えば、毎年ありがとね。お墓参りの度に、お母さんの好きなガーベラまで一緒に飾ってくれて」


 毎年この時期になると、私の両親の墓前にピンクのガーベラの花が供えられていた。


「ガーベラ? 私、お墓参り来る時はいつもおはぎだけよ?」


 けれど、唯一の予想であった彼女からは自分ではないという言葉が返ってきた。


「え?」

「前にスミレについてお墓参りに来たときに言ってたの。〝どうせなら食べられるものだけでいいよ〞って。お墓参り終わったら一緒に食べられるからって」

「ははは……」


 その独特な考えは、お母さんらしい。


(……じゃあ、ガーベラは誰がお供えしてくれていたんだろう?)


 ジュリエットは、フランス人とアメリカ人の両親を持つ外国人で、年齢は私とは十歳離れた二十八歳になる。


 確か一度日本でメイクアップアーティストとして仕事を積み、今は転職してフランスのデザイン事務所で働いていたはずだ。


 十八歳までは日本で育ったため、その風貌からは考えられないほど流暢な日本語を話している。


 もとは私の母の知り合いのお嬢さんだったらしい。

 家族ぐるみの付き合いをしていていた関係で、彼女がフランスへ引っ越したあとも、私はずっと連絡を取り合っていた。


 だから私にとってジュリエットは、年の離れた姉のような感覚だった。


 小さい頃はたまに遊びに来る外国人のお姉さんというイメージだったけれど、それがぐっと近くに感じるようになったのは、よくも悪くもあの時がきっかけだ。


 ――私が〝紫苑〞となった、あの日から。




 当時私は、週末は朱里さんの仕事の手伝いで現場についていくことが多く、その日も荷物持ち兼雑用係をしていた。


「え? 来れないってどういうことですか?」


 それはとある有名スポーツブランドのCM撮影。


 当時朱里さんのマネージャーをしていた捺花さんの控え室の外で電話をしていた声が嫌によく聞こえた。

 そして電話で何度か話したあと、焦り気味で控え室に戻ってきた彼女は朱里さんに告げる。


「今日撮影を予定していたモデルの男の子なんですが――」

「盲腸で来られない!?」


 さすがの朱里さんも驚いたようで、目を丸くしていた。


 そのモデルの男の子は、今朝方突然腹痛を訴えて病院へ搬送されたら、急性の盲腸だと診断されたらしい。

 本人には来る意思はあったものの、医者からは絶対安静との指示が出ているそうだ。


「……そう、なら仕方ないわね。社にはこれから来れそうな子、誰かいないの?」


「それが生憎、ちょうど同世代の子達は皆他のオファーに出払っていて……」


「――ユカリが出ればいいんじゃない?」


 それを隣で聞いていたジュリエットが、突然口を開いて言った。


「えっ!?」


 突然の白羽の矢に、私は肩を震わせる。


 当時ジュリエットは、宮園プロダクションでフリーのメイクアップアーティストとして雇用契約をしていた。


「今日の子も、ユカリと同じ中学生でしょ?」


 ジュリエットの言葉を受けた朱里さんは、私を頭の先から爪の先まで吟味するような眼差しを向けてくる。


 その眼差しが指している意味は一つだけだった。


「……紫」

「はいっ」


 朱里さんは数秒の沈黙後、私の名を呼んだ。


「ちょっと脱ぎなさい」

「はいっ!?」


 いきなり何を言い出すのかと、私は首を横に振る。

 想定はしていたけれど、この流れはまずい。かなりまずい。


「あなたの体型は、今日来る予定だった子に近いのよ」

「でも、その子は男の子なんですよね!?」


 私が必死に抵抗しようとするも、それはジュリエットの笑顔によって防がれた。


「そこはほら、私の腕の見せ所でしょう?」

「ジュリエットさん!?」


 そうして急遽、宮園プロダクション所属の架空のモデル〝紫苑〞が誕生した。


(この〝私〞がテレビに映るの!?)


 ジュリエットの神業的なメイク術によって一見すると男の子になった〝私〞は、それでも自分がカメラの前に立つことを躊躇っていた。


「大丈夫よ。紫」


 朱里さんが今度は優しく名前を呼ぶ。


「あなたは〝宮園紫〞じゃなくて、宮園プロの〝紫苑〞よ」

「……宮園プロの、〝紫苑〞……」


 その言葉を聞いて、心の中に一つの鏡が現れた。


『〝紫苑〞は、何をする人?』


 ――それはきっと、みんなに元気を与える人。


『〝紫苑〞は、どんな人?』


 ――それはきっと、どんなことも努力で乗り越える人。


 それが、〝紫苑かれ〞の礎であり、すべてとなった。


 後に放送されたCMを見た、違う大手のメーカからCMの起用に〝紫苑〞の指名が入ったことで、〝紫苑〞は一躍宮園プロダクションの売れっ子モデルとなった。


 けれど、そこで終わらせないのが、我が社の敏腕社長朱里さん。


 当時スカウトだったり、飛び込みだったりで宮園プロダクションとコネクションがあり、かつその慧眼に映るの六人の少年たちを集め、あのアイドルグループを立ち上げた。


 ――こうして、《Vision》の〝紫苑〞は誕生したのだった。




「……何? ユカリ。どうかしたの?」


 湯飲みから番茶を啜るジュリエットに、私は首を横に振って答える。


「ううん。ちょっと、昔を思い出しちゃっただけ」


 緋織の前といい、ジュリエットの前といい、どうしても〝紫苑〞のスイッチが入りそうになる。


 それだけ〝彼〞は私の日常で、当たり前の存在だった。


「そう言えば、今回はいつまでこっちにいるの?」


 今度は私がジュリエットに尋ねると、微笑みが返された。


「一ヶ月!」


 これまでと比べると少し長い。

 そう思っていた私に、ジュリエットはウインクしながら付け加えた。


「今回はスカウトも入ってるから、少し長く休暇を貰ってきたの」


 フランスは夏期休暇が長いのは知っていたけれど、ジュリエットの職種はデザイナー。

 流行をいち早く追う仕事をしている彼女にとって、休暇は休暇ではない記憶があった。


「スカウト?」


 ジュリエットが仕事関係を持ち込んで来るのは珍しい。


 すると、彼女は鞄から一つの封筒を取り出し、私に差し出した。


「何? 私に?」


 封筒の表には、〝Mademoiselle Yukari〞と書かれている。


 開封して見ると、案の定、文面は英文で綴られていた。


「要約すると、私の師匠メートルがあなたに会いたいって」


「えっ!? ジュリエットの師匠せんせいって――!」


 私はその一瞬で胸が高鳴った。


 ジュリエットの師匠と言えば、ファッションデザイナーを志す者なら知らない者はいない。


 ――彼女の名前は、ローズモンド・メイエ。


 元ファッションモデルであり、モデルをしていた当時から立ち上げたファッションブランドは今も根強い人気を誇っている。


 現在そのブランドの経営権は別の人物に譲渡しているものの、近年新しいブランドを立ち上げて急成長を遂げている、カリスマ的存在だった。


「でも、どうしてローズモンドが、私を……?」


 辛うじて読める箇所を、大事に脳内で反芻する。


「前に、あなたが送ってくれた〝ヨサコイ〞の衣装のデザインにアドバイスをした時があったでしょう? あれ、間違って職場に持っていっちゃって。その時にローズから〝誰が描いたの?〞って訊かれたのよ」

「えっ!? あれ、見せたの!?」


 ――まさか。そんなことってある?


「それでユカリのことを話したのよ。ファッションにも興味があるだって話してね。そしたら一度会ってみたいって」


 恥ずかしい以上に、光栄なこと過ぎて嬉しさが溢れてきた。

 例え酷評だとしても、ローズモンドからならどんな言葉でも歓迎だ。


「もし、興味があるなら、一度一緒にフランスに――」

「行く!!」


 我ながら、即答だった。


「あのローズモンド・メイエに会えるチャンス、もう絶対にないもん!!」


 私はトランクがある場所を思い出し、部屋に戻ろうと立ち上がる。


「いつ行く!? 明日!?」

「落ち着きなさい。ユカリ」


 興奮する私をジュリエットが、ぱんと手を叩いて引き戻す。


「もちろん、ローズには本人も来たがるだろうって話してはきたけれど、あなたがまだ日本では未成年だって話したら、保護者の了承は貰ってくるようにって」


 ――そうだ。一番の難関を忘れていた。


 あの女性ひとがいる。


 その夜。


 私は朱里さんが帰ってくるのを、今か今かと待っていた。


 やがて、スマホのメッセージアプリの通知が鳴る。

 画面には、今マンションの下に着いたというメッセージが映し出された。


ジュリエット:あー! 久しぶりの日本! 来れてとっても嬉しいわ!

     紫:ジュリエットって、日本文化好きだよね。

       スマホのストラップもお寿司だし。

       今晩はうちで食べてく?

       ちょうど朱里さんも帰ってくるし、よければ私、何か作るよ。

ジュリエット:あら。そう!? でも、今日は遠慮しておくわ。

       ユカリはアカリとゆっくり話して。

     紫:うん、わかった。

ジュリエット:そう言えば、今日は次回予告に呼ばれていたんだったわね。

       ……(小声で)ユカリ、カンペ(あれ)を読めばいいの? そう。

       次回8/15更新予定『12th Stage 開幕! 学園祭!!』楽しみにしていて♪

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