1st Stage 念願の学園生活! そこに現れる6人グループ!?
【2020/7/25:再投稿】
一部編集、追加を行っております。
そこまで大きな改編は行っておりませんが、
以前の投稿を読まれた読者の皆さまにはご迷惑お掛けします。
「伯母さん――いえ、社長。私、アイドル辞めます」
季節は、春。
麗らかな日差しの中で行われる入学式を前に、私――宮園紫は案内板に書かれたクラスへ向かっていた。
(今日から……やっと普通の高校生活を送れるのねっ)
心の中でガッツポーズをした私は、沸き上がる高揚感を抑えながら階段を登る。
様々な手続きには戸惑ったものの、今日で晴れて念願の普通の高校三年生になる。
数分後。
案内板に従いながら、目的地の三年一組へ到着。
教室にはすでに数名の生徒たちがいた。
グループで話す女子や一人で机に向かう男子など、それぞれの行動パターンをとっていた。
私がやっとのことで編入したこの学園――神原学園は、小中高大までの教育機関が揃い踏みで、学童・生徒・学生数は県内でもトップクラスのマンモス学園だった。
学年は基本エスカレータ式で持ち上がり、私のような外部からの編入者も広く受け入れている。
「ねえ、知ってる? あの噂!」
「なになに?」
私が教室に入ると、ちょうど教壇の前で話していた女子三人組の会話が聞こえてきた。
噂好きな女子の話。あまりそう言ったものに関わってこなかった私はあまり気にも止めず、黒板に貼られた座席表で自分の名前を探す。
しかし。
「あの《Vision》がうちの学園に入学してくるらしいよ!」
前言撤回。
聞きたくなかった単語が早々に飛び出してきたことに、私は背中越しに彼女たちの会話に耳をそばだてた。
(いっ、今、なんて!?)
「えっ! それ本当にっ!?」
「私も聞いたよ。うちらの一組にも入ってくるみたい」
一人の女子生徒が、得意気に話す。
残る二人のうち、片方は驚き、もう片方はうんうんと頷いているようだった。
「誰だろう~。私、橙羽くんのファンなんだよね」
「えー? 断然、緋織でしょ」
「私は青史郎かな」
などと、自分の推しメンバーについて話し出す彼女たち。
そんな彼女たちの会話で、教室に入るまでの胸の高揚感が一気に緊迫感に変わっていた。
(ま、まさか、ね……?)
座席表で教室の中央列の後ろから二番目の席に自分の名前を見つけた私は、指定の席に移動する。
教壇の彼女たちから数歩離れたところで、〝その名〞を呼ばれた。
「でも、紫苑の件は残念だったなぁ~」
――ぎくり。
私の歩みが一瞬止まる。
「ねー。突然の活動休止でしょ? 病気とかじゃないといいけど」
「事務所は『本人の自己都合』としか発表してないし、大方、アイドルが嫌になったんじゃない?」
「そんなぁ。私、紫苑くんも好きだったのに~」
「橙羽といい紫苑といい、あんた……相変わらずショタ属性好きね」
けらけらと笑い出す女子生徒。
「だって、紫苑くん見てて可愛いんだもん! 特に女装した時の仕草はもう完璧な女の子なんだよ!」
なんとか自席に辿り着いた私は、深呼吸をして心を落ち着かせる。
落ち着け。まだバレたわけじゃない。
(……そりゃそうだ)
私は心の中で毒巻いた。
《Vision》は〝君の心にVisionを伝える〞というキャッチコピーで売り出された、歌に躍りに舞台にTVにと活動の幅を大きく広げる男性七人のメンバーで構成された、今をときめくアイドルグループだ。
男性七人――否、正確にいうと男性六人と男装した女性一人。
そしてその男装した女性一人というのが、私のことだった。
つまりは〝紫苑〞は宮園紫。
伯母の宮園朱里が社長を勤める大手プロダクション『宮園プロダクション』に私が〝紫苑〞として所属したのは、ちょうど今から四年前、中学二年生の時だった。
CMの代役、しかも手違いで男子の服装で出演した〝紫苑〞に、あろうことか他社からCMオファーが来た。
それを足掛かりに、伯母はその手腕で〝紫苑〞を一躍トップモデルに祭り上げた。
そして後に《Vision》のメンバーとなる他の六人をスカウトし、今では看板グループの座まで押し上げたのだ。
(ほんとに、あいつら来るんじゃないでしょうね……)
黒板上の時計が始業時間になる前に、教室の席はほぼ埋まっていた。
そしてその中に危惧していた顔はなかった。
どうやら、私の心配は杞憂に終わったようだ。
やがてチャイムの音とともに、教室に担任教師と思われる女性が入って来る。
外見は二十代後半。赤縁の眼鏡とニコニコ笑顔が似合う印象のゆるふわ系女性。いいなぁ。
「皆さん、おはようございます。本日より一年間皆さんの担任になります、仙石原弥生です」
担任教科は理科全般ですと挨拶する担任の弥生先生。リケジョというやつですか。ギャップ萌えですか。
「それでは皆さん。体育館で入学式がありますので、移動しましょう」
一年生全七クラスの生徒が体育館のパイプ椅子に座ると、入学式は学園長の挨拶、高等部校長の挨拶、新入生代表の挨拶――と滞りなく進められた。
そしてアナウンスが会の閉幕を告げる……かと思いきや、とんでもないことを口にした。
『――最後に、本日より皆さんと共に、この学舎で一年間を過ごす方々に登壇していただきます。それではどうぞっ』
アナウンスの終わりと共に、照明が暗転する。
体育館の側面上部にある窓のカーテンも一様に閉まるのだから、タイミングはバッチリだ。
そして流れる楽曲――私にとっては音楽が体育館をアリーナへと変えた。
楽曲名は〝君とともに〞。
《Vision》にとっては7枚目のシングルで、あと少しで発売される3thアルバムにも収録予定の楽曲だった。
そして〝紫苑〞が収録した、最後の曲でもある。
次に照明が舞台を照らした時、先ほどまで登壇者が使っていた演台が消えて、六人の姿が照らし出されていた。
暗転時からざわめき出していた会場内の声色が、一気に歓声へと変わる。主に黄色い声というやつに。
舞台の上では、この三年間をともに乗り越えてきた《Vision》のメンバーがマイクを握り、後ろのスクリーンには六人全員の顔が順に撮された。切り替わる度に、歓声がところどころで上がる。
そして、歌が始まった。
ご丁寧に、紫苑のパートは六人がカバーしながら歌うという徹底ぶり。
今をときめくアイドルグループの登場に、会場が沸く。
――私の苦難の高校生最後の年が、始まった瞬間だった。
「はじめまして、花川緋織です。《Vision》のメンバーとして一年間、このクラスで皆と過ごすことになりました。――皆で最高の一年にしていこうな!」
教室を出る前より、一人多くなっている生徒。
その一人は『歩く春風』というキャッチコピーで有名な《Vision》のメンバーであり、そのリーダーこと緋織だった。
ジャンル的に言うなら、爽やかイケメンの部類。
彼が高く腕を掲げると、クラス中が歓喜の声を上げた。
もちろん、私を除いてだ。
(何で、よりによって、緋織がクラスメイトなのよっ!)
あいつの相手は疲れる。異様に精神力を消費するのだ。
「えっと、花川くんの席は……」
「あっ、先生。時々撮影班が来るみたいなんで、俺の席はみんなの勉強の邪魔にならないように、後ろの席でもいいですか?」
「まあ、撮影とか収録で休みがちにはなると思うんですけど」と付け加えて、緋織は自分の頭をかいた。
「ええ、聞いてますよ。そうしたら、後ろの空いてる席に座ってね」
「はーい!」
(まさか?)
――私の後ろの席か!
そう言えば、私の席の一つ後ろの一席は、座席表で空白だったことを思い出す。
そして唖然としていた私はすれ違い際に、緋織とバッチリ目があってしまった。
「あれっ?」
一瞬目を丸くした緋織は、その後すぐに営業スマイルに切り替えて「よろしくね」と言ってきた。
「はい……よろしくお願いします……」
緋織が席に着いたのを見計らうと、弥生先生がぱちんと可愛らしい仕草で手を合わせる。
「はい。それでは、全員が揃ったところで、自己紹介をしていきましょう!」
順番は席順。一人ひとりが自席から立ち上がって名前や趣味、所属している部活など、それぞれのアピールを簡単に述べていった。
それが終わると全員の拍手があり、次の生徒が立ち上がって自己紹介を始める、といった流れが出来上がる。
そして皆、先ほどの緋織の自己紹介の影響からか、かなりフランクな挨拶をする生徒が多く見受けられた。
そしてついに、私の番が来る。
「宮園紫です。三年からの編入組で、前の高校では部活には所属していませんでしたが、演劇部に興味があります。
なので、先ほど演劇部に所属していると言っていた菊地さん、後でぜひお話を聞かせてください。一年間よろしくお願いします」
《Vision》の活動で身に付けた記憶力。
それを活かして他の生徒との接点を作り、「後で話しかけるよ」というフラグを作る!
(我ながら、なんて完璧な作戦っ)
拍手を受けながら席に着こうとすると、不意に後ろからぽつりと不穏な声が聞こえてきた。
「……みや、ぞの……?」
背筋が凍りついた。
――気付くな。気付くなっ。気付くな!
全員の自己紹介が終わると、弥生先生がにこやかに告げる。
「三年一組はこの三十名で一年間頑張っていきましょう!」
その後、年間スケジュールが印刷されたプリントが渡され、その内容の説明が終わると、入学初日は終了となった。
時刻は午前十一時五十五分。
終業のチャイムが鳴り、教室から次々に生徒たちが去っていく。
とは言うものの。
「緋織くん! 握手してもらっても良いかな!?」
「緋織くん! 私はサインほしいな!」
「そういえば、緋織くんもうちの寮に住むの!?」
「やっぱり同室は《Vision》のメンバーになるのかな!?」
クラスの女子だけでなく、他のクラスからも女子が押し寄せていた。
「はい。これからも応援よろしくね!」
「ごめんね。サインは事務所NGなんだ。握手でも、いいかな?」
「うん。学園の寮に住むよ」
「メンバーと同室かどうかは、俺にはわからないな」
訊かれたこと一つひとつに対応する緋織は、正にアイドルの鑑だった。
(女子の皆さん、圧が凄い……)
すぐ後ろの席の緋織を囲むように、女子生徒の輪が出来上がっていた。
私のこの後の予定は、寮の入寮手続きのみ。よし、早く行って今日は早めに休もう。
(……今日はもう、何も起こりませんように!)
そう願いながら席から立ち上がり、入り口の扉へと向かおうとした。
けれどその時。恐れていたことが起きてしまう。
「緋織」
「ひーおりん!」
立ち上がった背後――教室の後ろの扉から、聞き覚えのある声が聞こえた。
恐る恐る振り向いてその姿を確認する。
「悪い! もうそんな時間か!」
「まだ大丈夫だよ。捺花さんの車が窓から見えたから、みんなでお迎えに行くところ」
扉から顔を出したのは、緋織と同じく《Vision》のメンバー。
青史郎と橙羽、黄架だった。
緋織は女子生徒たちに挨拶をすませ、その輪から抜け出る。
「了解! 俺も一緒に――って、ああ! 分かった!」
いきなり緋織は私の方に振り向き、笑顔で告げる。
「その名前、うちのと同じなんだ!」
「何だって?」
「なになに~?」
「彼女のことですか?」
緋織の唐突な閃きに、《Vision》の残る三人がこちらを見る。
そして必然的にそれまで囲んでいた女子生徒の皆さんの視線も集まる。
(気付かなくてよかったのに……)
そこで終わればよかったのに、あろうことか緋織は私の方に手を向けてメンバーに紹介した。
「前の席の宮園さん」
緋織の言葉の意味を察した青史郎が「なるほど」と言った。
青史郎は緋織と違ったタイプの整った顔立ちで加えてクールガイ。
それに眼鏡をしているから、知的さに磨きがかかる外見だった。
「うちのプロダクションと同じ名前、という意味か」
「そうなんだ~」
「偶然ですね」
橙羽と黄架は一卵性双生児の男子。
けれど弟の黄架よりも兄の橙羽の方が《Vision》の弟キャラというポジションを持っていた。
いつからか橙羽が自分で「みんなの弟、橙羽だよ~」と言い出していたのを思い出す。
三者三様の反応。よし、勘づかれてはいないみたい。
「そっ、そうなんですよね。よくある名字ですから……」
『宮園プロダクション』は今では大手になっているから、知っているという風を装う。
「スッキリしたよ。名前聞いたときから、〝あれ、なんか知ってる人かも?〞って思ってさ」
「……緋織。それ素で言ってるのか?」
「ひおりんが素じゃない時なんてないよ~」
「緋織くんは純粋ですからね」
これに対しても三者三様の反応。でも、認識は全員同じだった。
(だからこいつの相手は疲れるんでしょう!?)
私は一瞬にして、これまでの〝紫苑〞の苦労を思い出した。
雑誌の取材では、事前アンケートの内容とは違う回答をする。
テレビ収録では、話が長すぎてどこで切ったら良いかとディレクターを困らせる。
時間があったらあった分だけ思い出される〝紫苑〞の苦悩の三年間。
これで本人に悪気がないから、余計にたちが悪い。
緋織は良く言ってマイペース。悪く言って《空気読めない馬鹿野郎》だった。
グループ内では比較的一緒の仕事を受けていた青史郎や〝紫苑〞は、そのフォローをすることも多かった。
(どうしよう……)
ここで何も言わずに立ち去るなんて度胸ないし、かといって切り抜けるための咄嗟な言葉が思い付かなかった。
(ああっ! もし〝紫苑〞だったら『それある種のセクハラ発言だからやめろ』って言えるのに!)
まずい。どれだけ考えても〝紫苑〞としての対応策しか出てこない。
こんな時〝普通の女子〞だったら、何て言って返したらいいのだろう。
「あなたたち」
ふと、教室に大人の女性の声が響いた。
先ほど出ていった弥生先生のものではない声。
「ダメでしょう、クラスの方に迷惑掛けちゃ」
教室の扉の前に経っていたのは、スーツに身を固めた女性だった。
長い黒髪を高いポニーテールにして纏め、その涼しげな目元のメイクは大人の女性を思わせる。
「捺花さん」
緋織がその女性の名を呼んだ。
そして彼女は私に目を向けて詫びの言葉を述べる。
「ごめんなさいね。騒がせちゃって」
「い、いいえ。それじゃあ、私はこれで……」
私は心の中で捺花さんにお礼を述べて、教室を後にした。
緋織(以下、緋):どうも! 《Vision》の緋織です!
青史郎(以下、青):同じく、青史郎です。
緋:いやぁ、一年半振りに連載が再開したね。
青:緋織、予告は30秒しかないんだぞ。台本通りに話せ。あとメタ発言はやめろ。
緋:だって、その通りに読んでもつまらないじゃないか! まあ、初回だから仕方ないね。
今回からこの〝あとがき〞で次回予告をしていくよ!
読みたい人は読んで、そうでない人は読み飛ばしてくれていいからね!
青:これも仕事なんだ。真面目にやれ。
感想、評価、ブックマーク、勿論ここまで読んでくれたすべての読者の皆様、ありがとう。
緋:青史郎はお堅いなぁ~。もっと肩の力を抜かないと!
青:お前は抜きすぎなんだよ。もう時間がないぞ。
緋&青:次回8/3更新予定『2nd Stage 祝! 高校生活初めての友達!!』お楽しみに!
青:……そういえばこの予告、作者が実際に30秒で言い切れるか試しているらしいぞ。
緋:青史郎、それが一番メタい……