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エピローグ

 神奈川県小田原市芦垣地区。

 商業ビルが立ち並ぶこの界隈は、地元の人間がショッピングや外食をするために、よく利用されている。

 また近くには、中学高校と幾つかの学校が存在しているため、学生服を着た少年少女のグループも街にちらほらと散見された。


 そんな商店街の景色の中に、一人の少女が写り込んでいる。

 長い黒髪をポニーテールにした少女で、学校の制服と思しきブレザーとスカートを着用していた。


 ベンチに座る少女の手には、船型の皿に山盛りにされたタコ焼きがあった。

 湯気の立つタコ焼きを爪楊枝で突き刺し、口の中に頬張る少女。

 トロンととろけるように表情を弛緩させる少女に、少女の隣に座っていた金髪の女性が、呆れたように苦笑する。


「アンタ……本当によく食べるわね」


「ほひ?」


 口の中にタコ焼きがあるからか、ヘンテコな返事を返すポニーテールの少女。

 もぐもぐと咀嚼して口の中の物をゴクンと呑み込み、少女が金髪の女性に向けて、首を傾げる。


「まだこれ一皿目だよ?」


「タコ焼きは……でしょ?」


 金髪の少女がやれやれと頭を振り、ポニーテールの少女の足元に視線を向ける。

 そこには、ビニール袋に詰め込まれた大量のゴミがあった。

 ポニーテールの少女による買い食いの跡だ。

 再びポニーテールの少女に視線を戻し、金髪の少女が溜息を吐く。


「アイスにアメリカンドッグ、クレープにポテトチップス、ドーナッツにそしてタコ焼きでしょ?

 よくもまあ、そんなに際限なく食べられるわね」


「甘いものを食べると、しょっぱいものが食べたくなるし、しょっぱいものを食べると甘いものが食べたくなるよね?

 これじゃあ止まらなくなるのも必然だと思うの」


「普通はお腹が膨れて止まるのよ」


 ポニーテールの少女がきょとんと目を瞬かせる。

 金髪の少女の指摘が理解できないらしい。

 ポニーテールの少女の無邪気な顔に、金髪の少女がクスリと噴き出す。


 ここでふと、金髪の少女が怪訝に眉をひそめ、ポニーテールの少女に尋ねる。


「ところでさ、お金は大丈夫なの?

 毎日のようにそんな買い食いしていてさ」


「毎日はしてないけど……バイトで入ったお金はほとんど食費に使ってるからね」


 二個目のタコ焼きを頬張るポニーテールの少女に、金髪の少女が顔をしかめる。


「アンタね……そんな金があるなら少しはおしゃれとかに気を遣ったら?」


「ングムグ……なんふぇ?」


「食べている時に喋らない……って、喋らせたのは私だけど……とにかく、私達ももう十七歳よ?

 こうして友達どうしで映画も悪くないけど、彼氏とかも欲しいじゃん?」


「ング……ゴクン……んん……今はまだあまり興味ないかな」


 気のない返事をするポニーテールの少女に、金髪の少女がポツリと半眼で呟く。


「ああ……アンタ、ブラコンだったもんね」


「……関係なくない?」


 ポニーテールの少女がむっと表情を渋らせる。

 金髪の少女がカラカラ笑い、ポニーテールの少女が食べているタコ焼きを、一つつまみ食いする。

 指についたソースを舐めながらベンチから腰を上げ、金髪の少女がポニーテールの少女に言う。


「映画館に食べ物は持ち込めないんだから、そのタコ焼き、早く食べちゃってよ」


「そうだね。

 もう映画が始まるまで時間もないし、ポップコーンも買わないとだしね」


「……まだ食べるのね」


 もそもそとタコ焼きを大急ぎで頬張るポニーテールの少女に、金髪の少女が溜息を吐く。

 足元の置いていたビニール袋に、平らげたタコ焼きの皿を押し込んで、ポニーテールの少女もベンチから腰を上げた。

 金髪の少女が微笑み、ポニーテールの少女に言う。


「それじゃ行こうか。

 梨々花」


「うん」


 ポニーテールの少女が笑顔で頷いた。


==============================


 金髪とポニーテールの二人の少女。

 映画館へと向かうその少女らの背中を、少女らが座っていたベンチの、その隣のベンチに腰掛けていた彼は、ぼんやりと眺めていた。


 目深に被った帽子を僅かに上げ、彼はポニーテールの少女の顔に視線を向ける。

 友人と思しき金髪の少女と、笑顔で会話するポニーテールの少女。

 その少女の様子に――


 彼は頬を綻ばせた。


 すると――


「妹はブラコンだそうだぞ?」


 そう彼をからかう声が聞こえた。

 綻ばせた頬をすぐに引き締め、じろりと隣を見やる。

 彼の隣には、魔法使いのような外套とローブを着た少女が、彼と同じベンチに座っていた。

 睨みを利かせる彼に、少女が唇をニヤリと曲げる。


「良かったではないか。

 兄として冥利に尽きるのではないかえ?

 レイジよ」


「……下らねえこと言ってんなよ、ユリア」


 彼――玲児はそう言うと、不機嫌に舌を鳴らした。

 魔法使いじみた少女――ユリアが「照れるでない」と頭を振り、遠ざかっていくポニーテールの少女に視線を向ける。


「良いのか?

 梨々花とやらが行ってしまうぞ。

 妹に会いたかったのだろう?」


「別に話し掛けたかったわけじゃねえ。

 今の梨々花を確認できればいいんだよ」


「だが、妹は兄であるお主に会いたがっておるかも知れんぞ」


「何て言えばいいんだよ?」


 玲児は苦笑すると、小さくなっていく梨々花の背中を、目を細めて見つめる。


「四年前に行方不明なった兄貴が、歳を取らないまま姿を現したところで、あいつも混乱するだけだろ。

 それに……こっちの事情に梨々花を巻き込みたくもねえしな」


「ふむ……まあお主がそれで良いなら、わしは構わんがの」


 肩をすくめるユリア。

 その彼女を一瞥した後、玲児は再び妹の背中を追いかけ、視線を人混みに向けた。

 だがしかし、すでに妹の姿は人混みに埋もれ、視界から消えていた。


 玲児は小さく息を吐くと、被っていた帽子を乱暴に取り、髪をポリポリと掻いた。


「しっかし……自分と同い年の梨々花を見ることになるとはな……妙な気分だぜ」


「仕方あるまい。

 お主の魂を修復するのに、四年の歳月を必要としたのじゃからな」


 気楽にそう話すユリアに、玲児は「……まあな」と適当な相槌を打つ。


 ユリアと初めて出会った四年前。

 玲児自身は覚えていないが、その時に彼は、悪魔の攻撃を受けて肉体と魂を破損した。

 命だけでなく魂までも失いかけた玲児だが、ユリアにより魂を修復されて事なきを得た。


 だがその修復作業は困難なものであり、死霊魔術師として優れた技術を有するユリアでさえ、多大な時間を有したのだという。

 その期間が四年というものであった。


 結果として、ユリアの守護隷となり()()()()()()玲児と、四つの年齢差があった妹の梨々花は、実質的には同い歳となった。

 そのことについては事前に聞かされていた玲児だが、大人びた梨々花の姿を見た時、初めて四年という歳月を実感した。


 因みに以前、退魔師の如月皐月から受け取った宮良美高等学校の名簿だが、これは当然、今年の生徒を記載したものなので、四年前に行方をくらました玲児の名前が、載っているはずもなかった。

 だというのに、玲児はそこに自身の名前がないことで、下陰玲児という人間自体が存在しないのではと、勝手に不安を抱くこととなった。


 今にして思えば、早とちりも良いところだが、当時はそれなりに真剣に悩んでいた。

 だがこうして、成長した家族の姿も確認できたことで、彼の不安は完全に払拭された。


「さて、用が済んだのなら屋敷に戻るぞ」


 そう言って、ユリアがベンチから立ち上がり、一人でさっさと歩きだす。

 玲児もすぐにベンチから立ち上がると、先行しているユリアの後を追いかけた。


「昨日の件で、屋敷の花壇が荒れ放題じゃからの。

 お主にはその整備をしてもらう」


「ああ?

 めんどくせえな」


 ユリアのすぐ後ろを歩きながら、玲児は彼女の言葉に唇を尖らせた。


「そんなの、暇なプラトンにさせとけよ」


「あやつは高笑いするだけで仕事が進まんからのう。

 それに暇はお主も同じじゃろう」


「ていうか、その花壇はプラトンの魔術で元に戻らねえのか?」


 玲児の疑問に、ユリアが歩みを止めることなく肩をすくめる。


「阿保か。

 土の状態まで再生されては、植物が枯れてしまうわ。

 プラトンの魔術は基本的に、時間を固定しても問題ないものに掛けられておる。

 日々変化するものは対象外じゃ」


 ユリアの言葉を、玲児なりに思案する。


 プラトンの魔術『継続再生』は、欠損を再生させる能力だ。

 だが日々変化の伴う――変化が伴うことで意味を成す――物質にまでその魔術を掛けてしまうと、日々の変化が失われてしまう。

 だから花壇などの植物関連には魔術が掛けられていなかったのだろう。


 そこまで思案して、ふと玲児は気付く。


「そういやよ、志田の奴が盗もうとした例の赤い本。

 あの本も噴水に落っこちて使い物にならなくなったが、あれも再生されなかったな。

 あの本も再生対象外なのか?」


 志田との決着の際、志田の気を逸らさせるために、噴水へと投げた赤い背表紙の本。

 一旦は、志田の魔術により噴水への着水を免れた本だが、志田の意識が失われると同時に、志田の魔術により支えられていた本は噴水の囲いに落ちて、水没した。


 もともと古い本であったため、水に濡れただけで各ページがボロボロと崩れ落ち、さらにインクで書かれていた文字も滲み、その内容を判別することが不可能となった。


 玲児はその本も、てっきりプラトンの魔術で再生されると考えていたのだが、その本が再生されることはなかった。

 その点について、玲児は疑問を抱いていたのだ。


 玲児の問いに、ユリアが軽い口調で答える。


「市販の本ならばともかく、こちらでペンを取り筆記するものにまで、再生の魔術は使えんよ。

 そんなことをすれば、文字を書いたそばから白紙に戻ってしまうじゃろう?」


「……言われてみればそうだな」


 ユリアの回答に納得し、玲児は「だとしたらよ」と悩ましく腕を組んだ。


「噴水に投げ入れたのは不味かったか?

 良く知らねえけど、貴重なモノなんだろ?」


「ん?

 あんなもの貴重でも何でもないぞ」


 さらりと答えるユリア。

 予想外の彼女の返答に、玲児は首を傾げた。


「あん?

 だけど志田の奴が、貴重な研究資料だとか何とか」


「確かに、あれはわしが生前に書き留めていた研究資料の一部じゃが、内容などわしの頭に全て入っておるからな。

 別になくて困るものではない」


「なくても困らないって……だったらなんで屋敷に置いといたんだよ」


 ユリアが背後にいる玲児にちらりと振り返り、その碧い瞳を――


 悪戯っぽくニヤリと細めた。


「その本を狙い、面白いものが釣れるのではと思うてな」


「……――はあ!?」


 玲児は慌ててユリアの隣に並ぶと、ニヤニヤして歩く彼女に、詰め寄るように尋ねる。


「それじゃあ何か?

 お前は志田の奴が本を狙ってくることを知ってたってのか?」


「キリウと言うより、キリウのような者と言った方が、正確じゃな。

 自慢ではないが、わしの研究資料を欲しがっている者は、大勢いるからのう。

 それをわしが日本に持ち込んだと知れば、狙いに来るものが現れるのは必然。

 もっとも――」


 ユリアはそこで一旦言葉を止めると、横に並んだ玲児をちらりと一瞥した。


「キリウの奴は、どうにも決断しきれんようじゃからな、協会に出向いた際に、それとなく挑発的な物言いをして、奴に発破を掛けてやったのじゃ」


「――テメエは……何考えてんだ!?」


 平然ととんでもないことを口にするユリアに、玲児は堪らず唾を飛ばした。


「面倒事を増やしてどうすんだ!

 テメエは平穏な日々を過ごしたいんじゃねえのか!?」


「無論そうじゃよ。

 退屈で欠伸が出るような、穏やかな死後生活がわしの望みじゃ」


「だったら――」


「とはいえ、刺激のない日々も困りものじゃ。

 わしが望むのはな、レイジ、わしだけが安全圏で退屈を満喫しながらも、()()()()()を眺めては心躍らせることなのじゃよ」


「対岸の火事……て」


 玲児はがっくりと肩を落とすと、荒げていた口調を沈めて、ぼそぼそと訊く。


「それが……昨日の騒動か?」


「うむ。

 自分とは無関係に起こる面倒事ほど、見ていて愉快なものはないじゃろ?」


 とどのつまり、昨日の騒動における真の黒幕は――ユリアだったのだ。


 自分で騒動の火種を用意して、燃え広がった火の粉を、守護隷に払わせる。

 それが彼女の求めている、()()()()()()()()()()()というものなのだろう。


(……さすが『狂気の死霊魔術師』てか?

 クソったれが……)


 唖然とするあまり、つい歩く足を止める玲児。

 そんな彼を無視して、ユリアが細い路地へと姿を消した。

 ふと我に返った玲児は、慌ててユリアの後を追い、路地へと入る。


 すぐにユリアへと追いついた玲児に、ユリアが振り返ることもなく、淡々と言う。


「ということで、レイジ。

 これからもわしのために、存分に足掻いて苦しんでくれの」


「……守護隷として死に長らえたこと、後悔しそうだぞ」


「そうかそうか、それは重畳じゃ」


 カラカラと笑うユリア。

 その彼女のいたく上機嫌な笑顔に、玲児は大きく息を吐いた。


 ユリアと一緒に生活をしていては、命が幾つあろうと足りない。

 だが戸籍を持たない死人である玲児が暮らしていくには、ユリアの助力が必要不可欠となる。

 結局のところ、幾らユリアに不満を抱いたところで、玲児は彼女のもとを離れることなどできない。


 今後も玲児は、ユリアの気紛れに振り回され続けるのだろう。

 当然ながらそれは、玲児にとって不本意なことだ。

 しかし、どこかで仕方ないと諦めている自分もいる。


 自分は死霊魔術師ユリア・シンプソン=ロクスバーグの守護隷なのだ。


 気紛れで我儘な主の要求に応えることこそが、彼女の守護隷である自分の――


 死後生活となるのだろう。


 そんなことを玲児が考えていると、路地の奥からのそりと黒い影が現れた。


「ふっふっふ。

 こんなところにいたか死霊魔術師よ。

 我は『十二星座』が一角――パイシース。

 よもや『十二星座』も我ただ一人。

 だが見くびるな。

 我こそが最強の――」


「どっせえええええええええ!」


 ユリアの横を通り抜け、玲児は路地の奥から現れた黒い影――何か魚っぽい姿をした悪魔――に接近すると、ダラダラと何かを話している悪魔に、拳を突き出した。


「ぴげえええええ!」


 無防備に玲児に殴られ、悪魔の頭部がバカンと砕ける。

 頭部を失った悪魔が仰向けに倒れて、細かい粒子となり消えていく。

 その消滅していく悪魔のすぐそばを――


 ユリアが平然と横切った。



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