力戦奮闘の美少女殺戮兵器4
志田桐生から渡された映画のペアチケット。
それをダシにして、玲児はユリアを屋敷から連れ出すことに成功した。
屋敷から映画館まではバスで約二十分。
映画の上映時間が約二時間。
午前十時半に屋敷を出たため、今の時刻は午後一時となっている。
ユリアが屋敷を留守にしている間に、志田が玲児の構成陣を探す手筈となっている。
もし予定通りことが運んでいれば、志田は今頃、屋敷を訪問しているはずだ。
(とりあえず連絡がねえってことは、上手いこといってるってことなんだろうな)
携帯電話に着信がないことを確認して、玲児はそう判断した。
すると――
「携帯電話を気にしてどうしたの?」
ユリアが首を傾げてそう尋ねてきた。
映画館のほど近くにある喫茶店。
死霊魔術協会が運営する『ニャクロマンシー』とは異なり、至ってまともなその喫茶店で、玲児とユリアは少し遅めの昼食を取っていた。
二人が囲うテーブルには、各々が注文したパンケーキとペペロンチーノが並べられている。
大量のシロップが掛けられたパンケーキを頬張るユリアに、玲児は首を振る。
「いや別に……時間を確認しただけだ」
「そっか」
ニコリと微笑むユリア。
その彼女の笑顔から、玲児は思わず視線を逸らした。
(くそったれ……何で俺が気に病まなきゃならねえんだ)
ユリアを屋敷から引き離すためだけに、彼女を映画に誘ったことは、確かに誠実さに欠けるかも知れない。
だがこうでもしなければ、自分が何者であるのかを知ることができなかった。
結果的に彼女を欺くことになろうと、仕方のないことのはずだ。
そもそもユリアのこの華やいだ笑顔も、楽しげな様子も、全ては玲児をからかい、おちょくるためだけにある。
その彼女に後ろめたさを覚えるなど、馬鹿げているといえる。
玲児はそう自身に言い聞かせると、再びユリアに視線を戻した。
ストローでオレンジジュースを飲んでいたユリアが、ストローから唇を離し、碧い瞳を細める。
「だけど映画なんて初めて見たな。
鬱陶しい人混みの中、ただ大きいだけのスクリーンでテレビを見るなんて、何が楽しいのか分からなかったけど、結構いいもんだね」
「映画を初めて見た?」
ユリアの言葉に納得できず、玲児は訝しく眉をひそめた。
「お前、そう見えても八十を超えてんだろ?
映画ぐらい見たことあるだろ?」
「ううん。
それが一度もないの」
プルプルと頭を振り、ユリアがほんの僅かに、眉をしかめた。
「あたしは生前、死霊魔術以外のことに興味がなかったからね。
テレビぐらいは見ていたけど、わざわざ映画館まで足を運ぶなんてことはなかったんだよ」
「……ふーん」
曖昧な相槌を打つ玲児。
ユリアが一つ頷き、パンケーキをフォークで突く。
「こういった洒落た食事も本当に久しぶり。
外食する時間も、どころか家で食事する時間も惜しくてね、ずっと研究室にこもって死霊魔術のことばかり考えていたの」
ユリアの言葉に、玲児は志田の言葉を思い返した。
優れた死霊魔術師であるというユリア。
だが禁忌となる人工魂の研究をしたことで、彼女は同じ死霊魔術師の仲間からも、誹謗を浴びせられるようになる。
死霊魔術師でない玲児からすると、なぜ死霊魔術師がそこまで人工魂の研究に嫌悪感を抱くのか、理解が難しい。
神の冒涜だと説明されても、抽象的な批判にしか思えない。
(まあ実際……俺がその人工魂だって言われたら……ショックはショックだけどよ)
だがそれは、玲児が自身を人間だと信じ込んでいたからだろう。
初めから自身が人工魂だと理解していれば、それほど傷付くこともないはずだ。
人によるかも知れないが、実際にプラトンやフィリナは、自身が人工魂であることを嘆いている様子は見られない。
しかし何にせよ、死霊魔術師にとって人工魂が、決して許されない研究であることは、間違いないのだろう。
そして優れた死霊魔術師であるユリアならば、それを当然、理解していたはずだ。
だが彼女はそれでも、禁忌である人工魂に手を掛けた。
それは一体なぜなのか。
「……お前が死霊魔術にそこまで没頭するのって、何か理由があるのか?」
ふと思いついた疑問を、そのまま口にする玲児。
ユリアが「うーん」と考え込むように碧い瞳を持ち上げる。
五秒ほどの沈黙。
ユリアが持ち上げた視線を下し、口を開く。
「レイジが期待しているような答えじゃないと思うけど、ただ興味があるからってだけ」
それは確かに、玲児の期待した答えではなかった。
別に壮大な理由を期待していたわけではないが、悪魔や退魔師にまで名が知られている死霊魔術師が、ただの興味本位で死霊魔術を学んでいたとは、少々拍子抜けする。
それが顔に表れていたのか、ユリアがクスリと笑い、「だけどね」と言葉を続ける。
「興味……つまり好奇心こそが、人間を突き動かす一番の源動力だと、あたしは考えているの。
野望や或いは復讐。
人は多くの理由からその行動を選択する。
だけどね、そんなのはあたしから言わせれば、付け焼き刃みたいなもの。
自身の本質から生まれる、好奇心に勝る原動力なんて存在しない」
そう一息に話して、ユリアがその碧い瞳に知的な眼光を瞬かせる。
「多くの見解があるけど、あたしは死霊魔術を、『魂を理解する学問』だと考えている。
守護隷としてただ都合よく利用するのではなく、退魔師のようにただ消し去るのではなく、その本質を理解して、存在の在り方を学ぶものだと考えている。
生前のあたしはその奥深さに惚れ込んで、生涯をその研究にささげることに決めたの」
「……だったらどうして、今はその研究とやらを止めちまったんだよ」
玲児は生前のユリアを知らない。
だが現在のユリアを見る限り、彼女が死霊魔術師として日々研究に励んでいる様子は見られない。
玲児が悪魔退治に奮闘し、フィリナが炊事洗濯に勤しみ、プラトンが意味もなく高笑いしている間、彼女はソファに寝転がり、漫画やテレビを見てはケラケラと笑っているのだ。
玲児の疑問に、ユリアが「だから言ったでしょ?」と頭を振る。
「死霊魔術に生涯をささげるって。
今のあたしは生涯を終え、死後生活を送る身だからね。
これからは死霊魔術師としてではなく、ただ一人の女性、ユリア・シンプソン=ロクスバーグとしての人生を楽しもうと思っているの」
そしてユリアが再び笑顔を華やがせる。
「だから映画を見たり、外食をしたり、生前にはできなかったこういった経験を、沢山していくつもり。
他にはそうだね……遊園地とか海水浴だとか、ああそれと……」
ここでなぜか、ユリアがポッと頬を赤らめた。
途端に冷めた心地となる玲児。
ユリアがもじもじと体を揺らし、妙に熱っぽい碧い瞳で、玲児を見つめてくる。
「こ……恋人も作りたいな」
瞳をキラキラさせてそう呟くユリアに、玲児は地平線の先を見るような眼差しで――
「ああ、そう」
そう淡々と返事した。
ユリアが頬の赤らみをあっさりと引かせ、詰まらなそうに舌を鳴らす。
さすがに映画の間も含め、三時間もその手のからかいを受けていれば、馬鹿でも慣れるというものだ。
不機嫌に頬を膨らませるユリアに、玲児は嘆息して、何の気なしに呟く。
「恋人ね……お前が人を好きになる姿なんて想像できねえな。
食用としてなら分かるが」
「食人鬼扱い?
ひどいぃ、レイジはあたしを何だと思っているの?」
プンプンと湯気を出すユリアだが、十中八九これも演技だろう。
むんと形の良い胸を反り、ユリアがなぜか誇らしげに言う。
「あたしだって人を好きになったことぐらいあるよ……一度だけだけど」
「一度だけかよ」
八十年以上の人生で、それは寂しい気もする。
だがユリアの性格を考えれば、一度でもそういった経験があることは、むしろ驚きに値するだろう。
「まあ、正確には好きっていうよりは、興味を持ったって感じだけどね。
だけどそれでも、自分以外の他人が気になるなんて、あたしには革命的なことだし」
そう自己分析するユリアに、玲児は「テメエで言うかよ」と苦笑する。
「変わり者のお前が気になるなら、そいつも相当の変わり者なんだろうな」
「そうだね……確かに変わり者だったよ」
ユリアが碧い瞳を優しく細めて――
玲児を見つめる。
「なにせ、死後を含めた人生の中で、唯一あたしを助けてくれた人だからね」
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「美味しいですね、サツキさん」
「ああ、悪くない」
もふもふと、きんつばを美味しそうに頬張るサツキの姿に、ニコリと微笑むフィリナ。
空っぽになったサツキの湯呑みにお茶を注ぎ、彼女は視線をクルリと背後に回した。
彼女の視線の先には、リビングの廊下に面した扉の前に立つ、おかっぱ頭の少女がいる。
死霊魔術協会横浜支部局局長、志田桐生。
その守護隷である――キシリアだ。
彼らの手土産であるきんつばを右手に、お茶の注がれた湯呑みを左手に持ち、キシリアが一切の表情を変えないまま、きんつばと湯呑みを交互に口に運んでいる。
フィリナは小さく首を傾げると、自身の座っているソファを指差し、キシリアに告げた。
「えっと……キシリアさん?
どうかこちらに座り、一緒に食べませんか?」
「……平気」
そう端的に述べて、またきんつばとお茶を交互に口に運ぶキシリア。
特に頑なという様子でもないが、誘いを拒まれる理由も思いつかず、フィリナは怪訝に思う。
「しかし、立っていては疲れませんか?」
「……疲れたら座る」
もしかすると、人見知りする性格なのかも知れない。
そう思うフィリナ。
少なくとも、短い言葉で返答を繰り返すキシリアが、社交的ということはないだろう。
ただ――フィリナは何となく思ったことを口にする。
「そこにいられると、まるで監視されているようで落ち着かないのですが……」
「…………勘違い」
心なしか、キシリアの沈黙した時間が長いような気がした。
だがフィリナは、あまり無理強いするとキシリアに悪いと考え、この話題をこれ以上続けることを止めた。
フィリナは傾げていた首を元の位置に戻し、今度は逆側に傾けて何の気なしに言う。
「ところでトイレに行かれたキリウさんですが、場所が分からないのではないです?」
「……この屋敷、キリウが仲介して発注した。
屋敷の構造はキリウも理解している」
多少の長文を口にしたキシリアに、フィリナは「そうでしたね」とパチンと手を打つ。
「では安心ですね。
少し長いようでしたので、気になったのですが」
「……こちらも気になることがある」
そう言うと、キシリアが右の黒い瞳と、左の赤い瞳を音もなく細める。
「……小さい男はどこ?
いつの間にか姿が見えない」
「小さい男……プラトンさんのことです?
あら、そういえば姿がありませんね」
きょろきょろとリビングを見回した後、フィリナは視線を上げて思案する。
「きっとまた、どこかで高笑いをしているのだと思います。
いつものことですよ」
「……」
フィリナの答えに、キシリアが無表情のその顔に、不満げな色を覗かせた。




