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傍若無人の死霊魔術師1

 神奈川県小田原市立花北地区。

 閑静な住宅街が広がる地区のとある一画に、その景観には似つかわしくない、一棟の洋館がぽつんと立っていた。


 一般的な住宅が軒を連ねるこの地域に、突如として現れる一昔前の西洋的な洋館。

 それは、まるで貴族が暮らしていた中世ヨーロッパの屋敷を、そのまま現代日本に切り張りしたかのような、不自然な印象を抱かせる建物だった。

 しかしその実、時代を匂わせるその建物は、まだ築一年にも満たない新築であった。


 屋敷の敷地には広大な庭園があった。

 人の身丈を優に超える巨大な噴水を中心として、定規で計ったように歪みなく舗装された石畳が、門扉と屋敷、そして彩り豊かな花弁を咲かせている花壇を、つないでいる。


 その広大な庭園を含めて、屋敷は手入れが良く行き届いていた。

 目立つ汚れがないことはもちろん、窓ガラスのくもりさえ丁寧に拭きとられている。

 その細部に至るまでの美しさが、この屋敷の存在感をより一層と引き立たせていた。


 維持費だけでも相当の額になるだろうと予想される。

 だがこの屋敷の所有者にして家長は、その容姿がせいぜい十歳半ばという、まだ幼い少女であった。


 その事実を知った人々は、屋敷で暮らす少女の正体を、海外の有名な資産家の親族なのだろうと安易に予想した。

 まだ成人すら達していない少女が、これほどの資産を独力で得るなど、不可能なことだと考えていたからだ。


 だがそれは的を外した推測であった。

 屋敷の建築費から土地代、それらの維持費から税金に至るまで、全ては少女の稼ぎにより得た貯蓄により賄われている。

 さらに言うならば、少女に親族の類は誰一人として存在せず、さらにさらに付け加えるならば――


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 少女の名前は――


 ユリア・シンプソン=ロクスバーグ。


 ドイツの首都、ベルリンで生まれ育った彼女は、()()()()()()()()()()()

 否。

 正確に言うならば、八年前に齢八十一を迎えた時点から、彼女はその()()()()()()()()


 なぜなら彼女は八十一歳の時に、()()()()()()()しているからだ。


 今の彼女は、()()()()()()()()()()()()()()()()ことで、現世に留まっている。

 それを可能としたのは、彼女が生前より会得していた秘術であった。


 その秘術とは降霊術――


 つまり死霊魔術師による術だ。


 卓越した死霊魔術師として広く名を知られていた彼女は、老衰により亡くなる直前、降霊術により自身の魂を人形に封じ込め、()()()()()()()()


 そして彼女は、穏やかな()()()()を求めて、ドイツから遠く離れた日本に移住した。

 生前より付き合いがある日本の知人を仲介し、土地を購入して住居を構え――


 現在に至るという。


==============================


「……その話を信じろってのか?」


「お主は信じられぬのか?」


 ヤギの頭部を持つ怪物を殴り飛ばした後、そこに姿を現した金髪の少女、ユリア・シンプソン=ロクスバーグ。

 彼女の案内により、玲児は四方をコンクリートに囲まれた奇妙な部屋を出て、今は洋風の家具に囲まれた広いリビングにいた。


 どうやら、玲児が眠っていたコンクリートの部屋は、この屋敷の地下に設けられた一室のようで、ユリア曰く、降霊術やそれに伴う試験を実施する場所らしい。

 もっとも、少女にそう説明されたというだけで、玲児がその意味を理解したわけではない。


 ユリアに案内されたリビングには、一般市民の玲児でも分かるような、如何にもな高級家具が揃えられていた。

 複雑な文様が編み込まれた赤い絨毯に、これまた複雑な意匠が施された金縁のテーブル。

 まるで雲を詰め込んだような柔らかい革張りのソファに、煌びやかな洋食器が飾られた硝子戸の棚。

 人ひとりを圧し潰せそうな大きなシャンデリアに、人ひとりを殴り殺せそうな水晶の置物。

 等々。


 平凡な家庭で育った玲児にとって、それら高級家具に囲まれたこのリビングは、正直に居心地が良くない。

 尻がムズ痒くなり気分が落ち着かないのだ。

 だが当然、この屋敷の主たるユリアは、非常にリラックスした様子で、ソファに腰掛けていた。


 ユリアが、テーブルに置かれていたカップを手に取り、その縁に唇をつける。

 カップに注がれたレモンティーを口に含み、少女が喉をこくりと鳴らす。

 テーブルを挟み、少女とは対面のソファに座っていた玲児は、流麗な所作でカップをソーサーに戻す少女を眺めながら、少女の話を頭の中で反芻する。


 神奈川県小田原市立花北地区。

 そこに建てられた古風な洋館。

 玲児は今、その屋敷の中に居る。

 その洋館なる屋敷の外観を眺めたわけではないが、確かに廊下やリビングの雰囲気を見る限り、映画などに登場する洋館然とした佇まいは感じられた。


 そして驚くべきことに、その屋敷の所有者にして家長は、どう見ても十代半ばにしか見えない、目の前の少女だという。

 しかもそこに掛かる費用の全額を、誰の援助を受けることなく、自身の稼ぎにより得た貯蓄により賄っているらしい。


 にわかには信じがたい話だ。

 だがまったくあり得ない話でもない。

 日本の片田舎に洋館を建築しようとする物好きな外国人もいるだろうし、若くして大きな事業を成功させ、多大な資産を手にする者もいないわけではない。

 ゆえに、ここまでの話であれば、肯定的に捉えるという前提で、理解できなくもないだろう。


 だが問題は()()()だ。

 少女は自身の実年齢を八十一歳だとして、八年前に老衰により、一度死亡していると語った。

 さらにあろうことか、少女は降霊術により、少女を模した人形に、自身の魂を封じ込めたのだという。


 少女は自身を死霊魔術師だと説明した。

 ゆえに魂の扱いに長けており、そのような芸当を可能にしたという。

 つまり目の前にいる少女は、八十余年あまりの生前を終えた――


 ()()()姿()だということになる。


 しかしそのような話、どれほど肯定的に捉えようとも――


「信じられるわけねえだろ」


 玲児は舌打ち混じりにそう呟いた。


 玲児は頭の良い方ではない。

 学校の成績でも、下から数えた方が早いほどだ。

 だが降霊術や魂といった存在が、()()()()()()()()()()()()()ぐらい理解していた。


 玲児の率直な言葉に、ユリアが困ったように眉をひそめる。


「意外に頑なな奴じゃのう。

 わしの想像では、『降霊術なんてスゴイでげす!

 ユリア様さま尊敬のまなざしでごじゃい!

 』とワキ毛を抜きながら叫ぶと思うておったが」


「誰だソイツは!?」


 表情を一切変えずに、淡々と変態予想を繰り広げたユリアに、声を荒げる玲児。

 ソファを勢い良く立ち上がり、目の前のテーブルを靴底で踏みつけようとしたところで、ぴたりと脚を止め――テーブルの値段が脳裏をかすめた――、玲児はさらに唾を飛ばす。


「テメエ、このくそガキが!

 一体全体なにが狙いだ!

 宗教の勧誘か何かか!?」


「わしは無神論者じゃ。

 わしが信じておるのは、自分自身だけじゃよ」


「んじゃあ金か!?

 俺を誘拐して身代金でもせしめようって魂胆か!?」


「馬鹿いうでない!

 貴様を誘拐したところで、一銭の身代金とて取れぬものか!」


「何か怒られた!?」


 何かしらの逆鱗に触れてしまったのか、厳しい表情で反論するユリア。

 だがすぐに彼女は、すっと表情を穏やかなものに変えると、のんびりと紅茶を一口すすった。

 カップをソーサーに戻し、桜色の唇を舌で舐めて、ユリアが碧い瞳を玲児に向ける。


「もし身代金を要求するなら、お主ではなくテレビのリモコンあたりを誘拐するわ」


「俺の存在価値はリモコン以下か!?」


「まあ冗談はさておき――」


 目を尖らせる玲児を適当にいなし、ユリアが軽い調子で肩をすくめる。


「このあたりを信じてもらえなんだ、話が進まんのじゃがの。

 どうしたものかのう?」


「知るかよ。

 もしテメエの話が本当なら、その証拠の一つぐらい見せろってんだ」


「ふむ……証拠か」


 思案するように沈黙するユリア。

 しばらくして、ポンと手を打った彼女が、ソファに座ったまま腰を屈めた。

 何をするつもりなのか。

 訝しく眉根を寄せる玲児の前で、ローブの裾を手で掴んだ彼女が、そのローブをガバッと一気にめくりあげた。


 下着が見えないギリギリのラインまで、躊躇なくローブをたくし上げ、顕わとなった少女の白い太腿。

 視界に映ったその流麗な脚線美に、思わず玲児は声を裏返す。


「な……ななななな、何してやがんだ!

 テメエは!?」


「ん?

 わしの体が人形のソレであると証明しようと思うてな」


 狼狽する玲児を他所にして、ユリアがローブの裾を掴んだまま、淡々と話をする。


「この人形の体は、飲食が可能な高級品じゃが、排泄する機能はないからの。

 下半身の穴の数を数えてみれば、わしの体が人間でないことは一目瞭然であろう」


「ふざけんじゃねえぞ!

 誰がそんなもの数えるか!

 さっさと服を下しやがれ!」


「何をそんなに興奮しておる?」


 顔を赤くして怒鳴る玲児に、ひどく怪訝な顔をするユリア。

 めくり上げていたローブの裾から手を離し、彼女が乱れた服装を整えながら、首を傾げる。


「よもや、八十を超えた老婆に欲情したわけではないじゃろうな?

 それとも、この少女の容姿が、お主の好みであるのか?」


 どちらかと言えば後者だが、それをおくびにも出さず、玲児は眉を怒らせる。


「アホ言うんじゃねえ。

 後からテメエが、無理やり下半身を覗かれただの、これは痴漢だのと騒ぎ立てかねねえから、止めただけだ。

 テメエの貧相な体に欲情するわけが――」


「うりゃ」


「だから服をめくるんじゃねえ!」


 またもローブをたくし上げ、白い太腿を顕わにしたユリアに、玲児は喉が裂けんばかりに絶叫した。

 さらに顔を赤くする――今度は少女の純白の下着までも見えた――玲児に、ユリアがカラカラと愉快そうに笑い、再びたくし上げたローブを下す。


「からかうのはこれぐらいにして、はてさて困ったのう。

 どう証明したものか」


「いい加減にしやがれ!

 魂だ人形だと下らねえ!

 話がそれだけなら俺は――」


 帰らせてもらうからな!

 玲児はそうユリアに吐き捨てようとした。

 するとその時、ポンッと何とも間の抜けた音が鳴る。

 そして、有名な某黒髭の玩具のごとく――


 少女の首から上だけが上空に跳ね上がった。


 バカンッ!

 とユリアの頭部が天井に突き刺さる。

 その天井にめり込んだ少女の頭部を、きょとんと目を丸くして見上げる玲児。

 相当の力で撃ち出されたのか、天井に突き刺さった頭部は、すぐに落下してはこなかった。


 玲児はしばらく少女の頭部を見上げた後、その発射台となる少女の体に、視線を移した。

 背筋を伸ばした姿勢でソファに腰掛けている少女の体。

 当然ながら、少女の頭部は天井に埋もれているため、胴体の首から上は空白となっている。


 再び天井に突き刺さった少女の頭部を見上げる玲児。

 そしてすぐに、ソファに座る少女の体に視線を移す。

 それを幾度か繰り返していると、天井に突き刺さっていた少女の頭部が、ソファに座る少女の体のすぐ横に、ポテンと落ちてきた。


 頭部のない少女の体が、天井から落下した頭部をおもむろに掴み、空白となっていた首から上に、頭部を装着した。

 少女の碧い瞳がパチパチと数回瞬きをして、ニコリと笑う。


「これで証明になったかの?」


 平然と尋ねるユリアに――


「うぉおおああああああああああああ!」


 玲児は絶叫で応えた。


 バタバタと無駄に足音を立てて、ユリアから数歩距離を取る玲児。

 混乱からグルグルと回転する思考と、逆にまるで回転しない舌を懸命に動かし、微笑むユリアに叫ぶ。


「テ……テテテ……テメエ!

 まさか人間じゃねえのか!?」


「じゃから、初めからそう話しておるじゃろう。

 この体は作り物の人形であり、死霊魔術師たるわしが、自身の魂を封じ込めるために用いた、単なる器に過ぎぬとな」


 ユリアの説明に唾を呑み込む玲児。


 確かに、少女が普通でないことは、これで証明された。

 だが少女の体が人形であり、死霊魔術師などという荒唐無稽な存在であるかなど――


(どこまで……信用すりゃいいんだ?)


 困惑する玲児の様子を見てか、少女がおもむろに右腕を持ち上げ、その拳をこちらに突き出してきた。

 少女の奇妙な行動に眉根を寄せる玲児。

 すると――


 ボスンと少女の右腕が撃ち出され、玲児の顔面を強かに殴りつけてきた。


「ごはあ!?」


 堪らず背中から転倒する玲児。

 痛みに呻きながらも、顔面を殴りつけてきた少女の右腕に視線を向ける。

 肘のあたりで切断された少女の右腕。

 その断面から釣り糸のようなものが伸びており、ソファに座る少女の腕の断面とつながっていた。


 腕の断面から伸びていた糸がキリキリと巻き上げられ、飛ばされた腕が少女の体に引き戻されていく。

 手首にある装飾品が外れないよう慎重に糸を巻き上げた少女が、足元まで近づいた右腕を左手で掴み、カシャンと自身に装着した。


 具合を確かめるように、右手の指をワキワキと動かし、少女がふんと胸を張る。


「どうじゃ?

 信じたかの?」


「何でだあああああああああああ!」


 玲児は声を荒げると、手を戦慄かせてガバリと立ち上がった。


「仮にテメエの体が人形だとして、何だってそんな無駄な機構が組み込まれてんだ!?

 首を飛ばしたり腕を飛ばしたり、一体それが何の役に立つってんだ!?」


「それだけではない。

 口からおみくじを出すことだってできるぞ」


「ことさら何でだああああああああ!」


 地団太を踏む玲児に、ユリアがハラハラと手を振りながら、口を開く。


「せっかく機会じゃ。

 この人形の体に色々なオプションをつけてみたのじゃよ。

 それよりも、いい加減にわしの言うことを、信用してくれる気にはなったかのう?」


 ぐっと歯噛みをする玲児。

 それこそ作り物であるかのような、まるで濁りのないユリアの碧い瞳を鋭く見据えて、彼は不承不承に口を開く。


「……テメエの言葉を信用するしないは別にして、何だって俺がこんなところにいるのか、知っているなら教えやがれ?

 意識を失う前のことがまるで思い出せねえんだ」


「……やれやれ。

 まあ質問するということは、多少なりと信用を得たと捉えるかのう」


 そう独りごちて――


 ユリアが決定的な言葉を口にする。


「まず前提として……レイジ・シモカゲ。

 お主はもうすでに――死んでおる」


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