表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/26

怒髪衝天のメイド2

「お疲れ様です。

 今朝も沢山の悪魔が来たようで大変でしたね。

 リビングに朝食の準備をしておきましたので、顔を洗って着替えをしたら、召し上がってくださいね」


 一通りの悪魔を退治し終わり、屋敷の中に戻った玲児とプラトンに、玄関を偶然通りかかったフィリナが、そう声を掛けてきた。

 彼女の腕に抱えられた洗濯物の山を眺めながら――別に彼女の下着を探していたわけではない――、玲児は大きく欠伸する。


「助かる。

 しかしクソ悪魔どもが……昨日といい今日といい、何だって朝っぱらに襲撃を仕掛けてくるかね。

 テメエらが朝型の生活なのか知らねえが、こっちの都合も――」


「あああ!

 朝っぱらだなんて!

 つまり寝起き!

 ひいては就寝!

 イコール、大人の時間!

 詰まるところ……セッ――いい……いけません、レイジさん!

 朝からはしたない言葉を使っては――はっ!

 朝から!?

 つまり寝起き!

 ひいては――」


「おーい、ループしているぞ」


 顔を赤くしたフィリナに、適当にツッコミを入れる玲児。

 するとここで、脳天に漫画のような大きなこぶを付けたプラトンが、「ふふん」と自信に満ちた笑みを浮かべた。


「泣き言をいうとは情けない奴だ。

 いっそ貴様の代わりに俺が悪魔退治をしてやろうか?

 塀の上に現れた悪魔を華麗に倒した俺の必殺技――『錐もみ回転頭突きユニバーサル・サイクロン』でな」


 塀の上に現れた悪魔は、玲児に投げ飛ばされたプラトンの石頭により倒された。

 てっきり、乱暴に投げ飛ばされて憤慨していると思いきや、意外にも上機嫌なプラトン。

 技名までつけて、初めて悪魔を倒した――のだろう多分――余韻に、気持ちよく浸っている。


 何にしろ、グチグチと文句を言われないのならば、面倒がなくて良い。

 少年の脳天にあるコブも、少年の魔術を用いれば、治療することができるだろう。

 玲児はそう考えると、もう一度大きく欠伸をして、ようやく暴走が鎮火したフィリナに、笑い掛ける。


「フィリナの料理はうめえからな、つい食べ過ぎちまうから気を付けねえと」


「本当ですか?

 ありがとうございます。

 お世辞だとしても嬉しいです」


 フィリナがニコリと微笑む。

 もちろん、玲児はお世辞を言ったつもりなどない。

 昨夜に出されたフィリナの料理はどれもが絶品で、箸を動かす手が止まらなかったのだ。


 人形に魂を憑依させている玲児は、本来であれば飲食による栄養補給が不要だ。

 食べるという行為自体は可能だが、玲児にとってそれはあくまで、嗜好品の類に過ぎない。


 食事が不要ということは、必然的に空腹を覚えることもない。

 生前と比べて、食事に対する執着が薄れたような気さえして、昨夜の食事も純粋に楽しめるのか不安があった。


 だがそれは杞憂に過ぎなかった。

 生命の維持とは関係なく、味のみに意識を傾けることができる今の食事も、決して悪いものではない。

 フィリアが用意した数々の料理に、舌を唸らせながら、玲児はそれを実感した。


 唯一の問題点は、食事に歯止めが利かないということだ。

 空腹を覚えないということは、満腹を覚えないということでもある。

 食材も無尽蔵ではないため、どこかで食事を切り上げなければならないが、フィリナの料理を前にして、それは難儀なことであった。


 何にせよ、玲児にとってフィリナの作る料理は、この死後生活における楽しみの一つとなっていた。

 朝食を前に気分を弾ませる玲児に、フィリナが僅かに眉を落とす。


「しかし、期待して頂いて申し訳ありませんが、朝食は軽いものをと思い、サンドイッチを用意させて頂きました。

 ガッカリされたら申し訳ありません」


「ガッカリなんてしねえよ。

 フィリナのサンドイッチなら、美味いに違いねえからな」


 本心でそう返す玲児に、フィリナが小さく首を傾げ、眉間に皺を寄せる。


「それならいいのですが……サンドイッチなんて誰が作っても、対して変わりませんよ」


「んなことねえさ」


 玲児はそう断言して、ふと生前の記憶を思い出し、表情を渋くさせる。


「妹が作ったサンドイッチなんて、酷いもんだったぜ?

 中身の具材はほとんどはみ出しているし、そもそも具材が切られてなくて、トマトがヘタ付きで挟んであったりよ」


「それは……豪快なサンドイッチですね」


 明らかに言葉を選んだフィリナ。

 玲児は溜息を吐いて、肩をすくめる。


「ただガサツなだけだ。

 梨々花の奴はいつもそうなんだよ。

 世話焼きのくせしやがって、やることなすこと適当でな、俺が怪我した時も、治療してやるだなんて言ってよ――」


 それからしばらく玲児は、ブチブチと妹の愚痴をこぼし続けた。

 いかに妹が厄介者であるか。

 いかに自分が迷惑をこうむられたか。

 事細かくフィリナに説明してやる。


 一分ほど話しただろうか。

 それまで彼の愚痴を黙って聞いていたフィリナが、突然、クスッと吹き出すように笑った。

 彼女の笑う理由が分からず、きょとんと目を瞬かせる玲児。

 疑問符を浮かべる彼に、フィリナが「すみません」と謝罪し、微笑みを浮かべる。


「仲が宜しいようで、うらやましいと思いましてね」


「……今の俺の話で、どこをどう解釈するとそうなるんだよ」


「私にはそうとしか解釈できませんでしたよ」


 微笑みを崩さず、そうきっぱりと言い切るフィリナ。

 彼女の断言口調に、途端にバツの悪さを感じた玲児は、「ちっ」と軽く舌打ちをして、話題をさらりと切り替える。


「……そういや、プラトンやフィリナの生前の話は聞いたことなかったな。

 名前からすると日本人じゃねえんだろうけど……出身地とか家族はどんな感じなんだ」


 玲児としては当たり障りのない質問のつもりであった。

 だが彼のこの疑問に対して、プラトンとフィリナが思いがけない反応を返してくる。


 玲児の疑問に対して、まるで意味が分からないというように、二人がただただ目を丸くしたのだ。

 二人のその反応に、玲児もまた目を丸くして、困惑顔で尋ねる。


「あん?

 何か俺、変なこと言ったか?」


「変というより……もしかしてレイジさんは知らなかったのですか?」


 眉根を寄せる玲児。

 プラトンがまた無駄に胸を張り、玲児の疑問に答えた。


「俺達に()()()()()()

 よって、貴様の質問はナンセンスなものだ」


「は?

 生前がないってどういうことだよ?」


 困惑を顕わにする玲児に、フィリナが「えっと……」と目を瞬かせる。


「私達二人の魂は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()です。

 私達にとって初めて得た体は今の体であり、ゆえに生前という概念自体が、存在しません」


「人工的に造られた魂?」


 フィリナの言葉を唖然と繰り返す玲児。

 プラトンとフィリナを交互に見やり、彼は混乱する頭を必死にまとめながら、率直な疑問を口にする。


「……人工的な魂って……魂なんてそんな簡単に造れるもんなのかよ?」


「簡単ではありません。

 恐らく死霊魔術師でもそれができるのは、ユリア様を含めてほんの一握りでしょう。

 それに、技術的なこともそうですが倫理的な問題として――」


 そこでフィリナが言い淀む。

 彼女が見せた躊躇いに首を傾げる玲児。

 フィリナが何かを振り払うように頭を振り、改めて言葉を続ける。


「何にせよ、難しい術法であるということです。

 分かりやすく言えば、人工知能みたいなものでしょうか。

 その基盤となる技術が、科学なのか死霊魔術なのかの違いだけで」


「人工知能……か」


 それならば何となく理解できる。

 もちろん技術的なことはさっぱりだが、人工知能という存在については、玲児も映画やニュースなどで耳にしたことぐらいはあった。


「それじゃあ……二人の記憶とか性格とか、そういったものも造られたものなのか?」


「そうなるな。

 ユリア殿により事前入力(プリインストール)されたものになる。

 ゆえに俺達は、日本語を流暢に話せるし、基本的な社会常識も持ち合わせているということだ」


 そう誇らしげに話すプラトンだが、これまでの様子を見る限り、二人が社会常識を正しく持っているとは、玲児には思えなかった。

 プラトンは自己主張が強すぎるし、フィリナは妄想癖と暴走癖がある。

 以前にもフィリナを見ていて感じたことだが、二人のこの性格では一般社会をまともに過ごしていくことは、難しいだろう。


 だが彼らが、生前のない人工的な魂というのなら、玲児が抱いていたその懸念も解消される。

 そういった意味では、二人が話した内容は腑に落ちるものでもあるのだが――


 その代わりに大きな疑問が生じる。


 ユリア・シンプソン=ロクスバーグ。

 その死霊魔術師が使役する三体の守護隷。

 そのうちの二体が人工的な魂により生み出された。

 だとするならば――


(どうして俺だけが……人間なんだ?)


 何か理由があるのか。

 それとも、特に理由などないのか。

 気にするほどのことでもないかも知れないが、喉に刺さった小骨のように、その疑問が頭にこびりついて離れない。


(……ちっ、まあいい。

 後でユリアにでも確認すればいいことだしな)


 一旦はその疑問を脇に置き、玲児は「なるほどな」と一つ頷いて見せる。


「つまり、二人には兄妹も家族もいねえってことか。

 それはちと、寂しいもんだな」


「どうでしょうか?

 元々いないとなれば、それが寂しいかどうかも分かりませんね」


 そう話すフィリナの表情に、特に強がっている様子は見られない。

 恐らく、彼女はそれを本心で語っているのだろう。

 玲児なりに気を遣ったのだが、どうやら無用な心配であったらしい。

 若干拍子抜けする彼に、フィリナが「それよりも」と青い瞳を瞬かせる。


「レイジさんこそ寂しくはないのですか?」


「俺が?」


 自身を指差す玲児に、フィリナがこくりと頷く。


「こうして死後の生活を手に入れたのですから、家族に会いたいと考えないのですか?」


「ああ……どうだろうな。

 どっちにせよ、死人が家に帰るわけにもいかねえしな」


「ですが、遠目から眺める分には良いんじゃないですか?

 ユリア様も多少の外出ならば許して下さると思いますよ。

 まあ遠出ともなれば難しいでしょうけど……」


 ここでフィリナがおもむろに尋ねてくる。


「ところで玲児さんの実家は、どこなのですか?

 この近くなのでしょうか?」


「実家の……場所?」


 なぜか疑問形になる玲児に、小さく首を傾げるフィリナ。

 その彼女から視線を逸らして、玲児は口を閉ざした。

 自身の実家。

 そのようなもの考えるまでもない。

 思案する必要すらなく、自然と口を突いて出る、基本的な個人情報であるはずだ。

 だが――


 玲児はそれを答えることができなかった。


(何だこりゃ……実家がどこにあるのか……どうしてそんなことも思い出せねえんだ?)


 ただ単純にど忘れしてしまったのか。

 だがそのような感覚とも違う気がする。

 曖昧な記憶を手繰り寄せるというよりも、初めからその記憶自体が、存在しない感覚。

 下陰玲児として生きた十七年間もの記憶。

 それが確かにあるというのに、そのとある一部分だけが虫に食われたように抜け落ちている、悪寒を伴う喪失感。


 この感覚は以前にも経験したことがある。

 ユリアの守護隷として、玲児が屋敷の地下で目覚めた時。

 当時の彼は、どうして自分がこんな場所で眠っているのかを疑問に感じ、意識を失う直前の記憶を探ろうとした。

 だが幾ら記憶を探ろうとしても――


 まるで闇雲に虚空を掴もうとするかのように、何の手ごたえも感じられなかった。


(そうだ……そもそも俺は、自分がどうやって死んだのかも分かっちゃいねえんだ)


 いつの間にか、当然のように死を受け入れていたが、自身がどのような経緯で死亡に至ったのかを理解していなかった。

 立て続けに起こる非日常の数々。

 その対処に気を取られ、そんな当たり前の疑問を考えることすら、忘れていた。


 自分はどこで暮らしていたのか。

 自分はどうやって死んだのか。

 なぜ記憶が不完全なのか。

 なぜ記憶が欠落しているか。

 そもそも存在する記憶自体が――


 ()()()()()()()()()()()


「何をこんなところで、立ち話をしておるんじゃ?

 お主らは」


 ここで少女の声が聞こえてくる。

 玲児はハッとすると、思考を中断して廊下の奥に目線をやった。

 金髪を縦巻きにした少女が、廊下を歩いてこちらへと近づいてくる。


「ユリア様。

 申し訳ありません。

 少し話をするつもりが、思ったより長くなってしまい」


 金髪の少女――ユリアに、フィリナが頭を下げる。

 律儀に謝罪するフィリナに、ユリアが「別に謝るようなことではないぞ」と立ち止まり、玲児に視線を向けた。


「だが丁度良い……レイジ。

 さっさと着替えを済ませてしまえ。

 出掛けるぞ」


「出掛けるって……んな話、聞いてねえぞ?」


「話しておらんからな」


 悪びれる様子もなく、肩をすくめるユリア。

 少々イラっとするも、こんなことでユリアに怒っていてはキリもないので、玲児は軽い舌打ちだけして、少女に尋ねる。


「……どこに出掛けるつもりだよ?」


「目的地は、わしら死霊魔術師にとって唯一の拠り所といえる――」


 ユリアが桜色の唇をニヤリと曲げた。


「死霊魔術協会じゃ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ