第73話 運河の開発現場
「ったく。あいつら、魔獣絡みならなんでもうちに押しつけりゃいいと思ってやがる」
なんて官長は悪態をついているが、他の部署では魔獣に関する知識も経験も無いため対処できるとしたら魔獣密猟取締官事務所しかないだろう、ということでこの手の相談はいつも魔獣密猟取締官事務所に回ってくるんだそうだ。
「で。それはそのゴーレムたちに関する管理日誌だよ。何かの手がかりになるかもしれんから読んでおくといい」
カロンから日誌を受け取ってタケトもざっと捲ってみる。日付とともに、ゴーレムの様子、行った作業、時間などが事細かに記されている。が、ページをめくっていくと、途中で文字が変わることにタケトは気づく。
ある日を境に日誌を書く人間が変わったようだ。それまでは綺麗な字でびっしりと事細かに書いてあったが、その日よりあとは字が変わり空白も目立つ。
「わかりました。んで、今すぐ発たなきゃいけないんですよね?」
タケトの言葉に、官長は「ああ。急で悪いが行ってきてくれ」と答える。
詳しいことは現地にいる工事責任者に聞けばいいと言われ、早速タケトたちは現地に向かった。
「うわー。すごいねー」
ウルの背に揺られながら、シャンテが感嘆の声を漏らした。
「たしかに一大事業って感じだなー」
シャンテの後ろでタケトは日差しを手で遮りながら、その光景に目を細めた。
ウルは今、荒れた赤土の大地に穿たれた巨大な溝の横を併走している。
この国に流れる大河の二つを繋ぐ、工事途中の大運河だ。
「全長千五百リークランの予定で、現在約三分の二まで工事が進んでいるそうです。幅は広いところで二百リー。深さも三十リーぐらいはありそうですね」
と、これはウルの隣を馬で併走しているカロン。その前には、ブリジッタが乗っている。
カロンの背中には今回の保護作戦に使うものが詰まったリュックが背負われていた。もちろん、他のメンバーもそれぞれ分担して持っているのだが、どうしても一番体力のあるカロンが一番多く持つことになってしまう。
人化しているときは細身なので、大きな荷物を背負うとなんともアンバランスな印象だ。しかし、それでもタケトの数倍の荷物を持ってもケロッとしているので、そもそもの基礎体力が違うらしい。
リーは約一メートル。クランは、だいたい千倍なので一リークランで一キロメートルくらいだ。
「へー。すげえなぁ」
今はまだ水が通っていないので巨大な溝という感じだが、ここに大河からの水が流し込まれれば二つの大河を結ぶ商業や交通の大動脈になるだろう。
「なんでも、数十万人の人間がこの工事に投入されてるらしいですわよ。一日工事が遅れるだけでも、大損害でしょうね」
と、ブリジッタ。
それだけの人間をこんな辺鄙な土地に毎日雇って連れてくるわけはないので、ある程度長期雇用で雇い入れているのだろう。そうなると、確かに工事が一日遅れるだけでも一日分の全員の日当分、国家財政から無駄にお金が出ていくわけだ。そりゃ、大臣も慌てるわな、とタケトは出発前に会った開発大臣のことを思い出していた。
開発大臣はなんと、式典で話が長いと官長が愚痴っていたガルガチュア卿だった。彼はまだ暑い季節でもないのに綺麗にアイロンされた真っ白いハンカチでしきりに額の汗を拭きながら、くれぐれも頼む、なんとかしてほしいと官長に頼み、タケトたち一人一人の手を握って「頼みますよ」と何度も念を押していた。
悪い人ではないんだろうなという印象だったが、やっぱり話は長かった。我が国の国土開発の歴史から話しはじめたときは、どうしようかと思った。黙って聞いていたけど。
「ほら。見えてきたよ」
シャンテの声でタケトは視線を前へと向ける。
ずっと先まで続いているまだ水の入っていない運河の、その先。
小さなテントや木造の平家がたくさん集まった一帯が見えてきた。あれが運河工事の先端のようだ。
運河近くの一際大きな木造の建物の傍でタケトたちはウルから降りた。
「ウル、ありがとう。あとでお水もらおうね」
シャンテが優しくウルの前脚を撫でて労う。
そこに、数人の男たちの一団が近づいてきた。
「遠いところをようこそお出でくださいました。さぁ、どうぞ。こちらでお休みください」
先頭にいた長身の優男がニコニコと笑顔を貼り付けて声をかけてくる。他の男たちはみな着古したツナギのような作業着に長靴姿だったが、この男だけ砂埃ひとつついていない裾長のジャケット姿。中のブラウスもピシッとアイロンがかかっている。一目でこいつがここで一番偉いヤツで、貴族なんだろうなというのが見て取れた。
「我々はガルガチュア開発大臣の要請でこちらに参りました。魔獣密猟取締官です。大臣からは一刻も早くとのことだったので、すぐに現場を見せていただきたいのですが」
とカロンが伝令コウモリの入っていない方のポケットから『王の身代』を取り出して見せる。
優男は頷くと、
「もちろんでございます。私どもも国家の一大事業を預かる身。それが、あのゴーレムのせいで滞ってしまい、ほとほと参っておりました。王の事業を進めるためにも一刻も早く撤去するか破壊していただきたいのです。ホッジ、こちらへ。あ、申し遅れました。ワタクシは工事責任者のビアンチャ・ベネシスと申します」
お互いに簡単な自己紹介をしていると、後ろの方から若い男が転がるように前に出て来た。
ソバカスだらけの日に焼けた顔。ホッジと呼ばれたその若い男は頭をペコペコと下げる。
「な、なんでしょう。ベネシス様」
「君はいつもそそっかしいね。もうちょっと落ち着いたらどうかね」
そうベネシスに言われて、ホッジはさらにぺこぺこと頭を下げる。
「す、すみません」
「さあ。魔獣密猟取締官の皆さんを現場にご案内して。あ、彼が掘削班の現場監督です。現場のことは何でも彼に聞いてください」
「よ、よろしくおねがいいたしますっ」
何度も頭を下げる彼は、率直に言って『頼りない』という印象しかなかった。
ホッジに連れられて現場へと案内される。途中、食堂らしき建物の横を通ったとき、厨房から美味しそうな香りが漂ってきた。この匂いは、チーズを焼いた香りだ。ホッジについて歩きながらタケトはそろそろ腹減ってきたななんて独りごちていたら、肩掛けカバンの蓋がモソモソと動いた。
「ん?」
カバンの蓋の下から、ポスッと短い鼻が出てくる。トン吉だ。ずっとカバンの中で寝ていたのに、食べ物の匂いで目を覚ましたのだろう。トン吉はクンクンと空気の匂いを嗅ぐ。
「美味しそうな匂いがするです」
隣を歩いていたシャンテが、
「トンちゃん。あとでね」
と鼻を撫でると、
「わかったであります!」
と鼻はカバンの中に引っ込んだ。
運河は地面に深く掘られているため、脇には簡易階段が設置されている。その木で組まれた階段をギシギシと軋ませて、作業員たちが行き来していた。その肩には掘り出した土を山盛りにのせた両天秤が担がれている。この階段は見た目よりもずっと丈夫なようだ。
大地の上から見下ろすと、運河掘削現場の底では沢山の作業員たちが仕事に精を出していた。それと。
「うわぁ。あれが、ゴーレムか!」
運河の中で動く小山のようなものの存在に、タケトは感嘆の声をあげた。
運河の脇の壁沿いに、岩の塊を人型にくっつけたような巨大なモノが数体配置されていた。背の高さは十メートルぐらいありそうだ。近くを行き来する人と比較すると、そのでかさがよくわかる。
「このあたりでは、いま、運河の幅を広げる拡張工事をしています」
ホッジが説明してくれる。
壁沿いに並んだゴーレムたちがその太い腕で運河の壁を殴りつけると、小さな地震のような揺れが靴底に伝わってきた。殴られた衝撃で壁の一部が崩れてバラバラと岩や砂がゴーレムに降り注ぐ。落ちてきた岩をさらに他のゴーレムが拳で砕いて運びやすいように小さくし、それを作業員たちが天秤棒の両端につけたカゴに入れて運河の上へ運び出していた。
興味津々にゴーレムの動きを眺めていたタケトだったが、一行が先に行ってしまったので仕方なく後を追う。もっと見ていたかったのに。
一行は運河掘削現場の先端、運河が途切れている場所を超えてさらに荒れ地を歩いていった。すると、荒涼とした大地にもっこりとした小山のようなものが見えてきた。
「本当は一刻も早く運河を先に延ばす工事を進めたいのですが、アレのおかげでそれができなくて困っているんです」
ホッジが足を止めて、その小山を指さす。小山に見えていたものは、ゴーレムだった。
古びて汚れた一体のゴーレムが、糸が切れた操り人形のようにそこに座っていた。




