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第5話 いきなり魔獣密猟取締官(代替要員)



 この人、ぜっっったい、魔獣のこと大好きだと思うの! 




 シャンテのその一言は、場の空気を凍らせた。官長だけは、ふふん、と鼻を鳴らしてどこか面白そうにしていたが、突然そんなことを言われた当のタケトは慌てる。




「……ええっ!? ちょ……そんな勝手に決めつけられても……」




 魔獣って言葉の響き的に動物っぽいし、動物であるならたぶん自分は嫌いじゃなさそうな気もするけれど、化け物の類いだったらさすがにちょっと無理だから、勝手にそんな断言しないでほしい。それなのに、ほんの小一時間ほど前に知り合ったばかりのシャンテにいきなり断言されて、タケトは狼狽うろたえる。




 しかし、シャンテはそのサファイアのように美しい、けれど芯の強そうな瞳でタケトを見上げると、ゆるゆると首を横に振った。それに合わせて彼女の長い銀糸のような髪が、さらさらと揺れる。




「あなた、さっき、あのヒポグリフが保護されてるって聞いたとき、すごく優しい顔してた。あなたはきっと、魔獣のことを大事に考えられる人。それがここで働く一番の条件だもの」




 ヒポグリフって、あの鷲の頭をした馬みたいなやつのことだっけ。あいつが無事だと聞かされて嬉しかったのは確かだけど。困惑していたら、官長がアレも魔獣の一種なのだと教えてくれた。




「魔獣というのは、精霊の力を色濃く受けた特別な生物たちのことだ。寿命が人間よりも遙かに長いものも多い。魔力をもち、知力も高く、人語を理解し話せるものもいる。我々人類は長い間、ときに干渉し合い、ときに適度な距離を保ちながら、上手くこの大地で彼らと共存してきた。しかし」




 ここ数十年。様々な産業革命、構造変革を経て、人間たちはかつてない勢いで力を増してきている。都市部では加速度的に人口が増え、経済格差はどんどん広がり、新興富裕層が台頭してきた。それは一見輝かしいことのようにも見えるが、その反面、煌きらびやかな発展の裏に潜む影もまた日に日に大きくなっている。




 昔から魔獣のもつ不思議な力を我が手にせんとして、彼らを狩る者は存在していた。魔獣の中にはその肉を食べれば万病に効くとされるものもいる。収集物としてその身体の一部がまるで宝石のように取引されることもある。さらには自らの力を他に見せつけるためだけに魔獣を狩る王侯貴族もいた。




 けれど、民衆の一部が力を持ちだした現在、その狩りは『乱獲』といえるまでに頻繁になってきている。生体、死体を問わず高値で取引されることもあって、生活苦にあえぐ民衆が一攫千金を狙って密猟団をつくり、魔獣を狩ることもあった。魔獣は元々個体数が少ないこともあって、このままではそう遠くない未来、この大地から一匹のこらず消えてしまうだろう。




 そう、官長は淡々とした口調で語った。




「そうやって、激減し世界から姿を消しつつある魔獣たちの現状を危惧して、うちの王が作ったのが、この『魔獣密猟取締官事務所』ってわけだ。ついでに、我が事務所ではつい最近休職者が出てな。今ちょうど、代替要員を探しているところなんだ。それに対して、いまシャンテスティンからお前の推薦があがったわけだが、どうする? もちろん、拒否することも可能だ」




 そう官長に言われて、タケトははたと考える。仕事の内容自体は、自分が刑事として長年携わってきた業務と大差なさそうだった。




 というか、ここは異世界だというのに、あっちの世界と同じような仕事が存在しているということに、何だか奇妙な親近感を感じる。タケトは、思わず小さく笑った。ここでもまた自分の経験や知識が生かせるのなら、何を断る理由があるというのだろう。




 ついでに、もしかしたら。こっちが本当の理由だったかもしれないが、この世界にはヒポグリフ以外にももっと色んな魔獣がいるらしい。それなら、是非この目で見てみたい。




「やります。やらせてください」




 タケトの言葉に、にっと官長は笑む。




「決まりだ。ようこそ、我が魔獣密猟取締官事務所。通称『マトリ』へ」




 そんなこんなで、いつの間にか魔獣密猟取締官事務所の代替要員になってしまったタケト。その場は軽く自己紹介をしたが、もう時間も遅いので、詳しい仕事の説明はまた明日ということになった。




 窓の外に目を向けると、そこから見えていた外の森はすっかり闇に沈んでいる。この建物の周りにはあちこちに篝火かがりびが焚かれているらしくぼんやりと明るいが、一歩敷地の外に出ると真っ暗闇のようだ。




 そういえば今夜はどこで寝ればいいんだろう。あの牢屋に戻るのは嫌だなと思っていたら、シャンテが「ウチに来れば良いわ。あの家、いまは私とウルだけしか住んでいないから、いっぱい空いているところがあるもの」なんて言い出したので、タケトは内心どぎまぎする。




(え……こんな可愛い女の子と一つ屋根の下!? いいんですか!?)




 ちなみに、ウルというのはあのデカい黒犬のことらしい。あれも、フェンリルという魔獣の一種なのだという。




 解散したあと、期待半分、戸惑い半分でドキドキしながらついていったシャンテの家。そこは二階建ての木造一戸建てに、納屋がくっついたような形をしていた。




 家に着くなりシャンテは、ちょっと待っててねとドアの外でタケトを待たせて、一人室内に入っていった。そしてすぐに出てくると、手に抱えて持ってきた毛布をタケトに手渡し、




「はい。毛布。ウルと仲良くしてね」




 そう輝くような笑顔で言ったのだ。つまり、納屋でウルと一緒に寝てね、ということらしい。




「……はい。頑張ります」




(そうだよなぁ。俺みたいな、異世界から迷い込んできたとか言ってる訳わかんない男を、簡単に家に入れてくれるわけないよなぁ)




 内心ちょっぴり残念に感じながらも、まぁ当然だよなと思い直す。




 隣の納屋の両開き扉を押し開けて中に入ると、そこは二階までぶち抜きの、天井の高い作りになっていた。天井にある明り取りの窓が開いていて、そこから月の光が差し込んでいる。




 納屋の奥に視線を戻すと、一番奥にある藁の山のそばにウルが横になっていた。横になっていても、やっぱり大きい。納屋の半分くらいのスペースがウルで埋まっていた。




「……失礼しまーす」




 タケトは小声でそんなことを言いながら納屋に入る。手に持つ灯り皿の仄かな光を反射して、ウルの大きな二つの目がテラテラと光った。




「ひっ……」




 犬は好きだが、これだけ大きいと純粋に恐怖の方が勝ってくる。急に飛びかかってきたりしないよな……と心配になりながら、タケトはなるべくウルから遠い位置に干し草を集めて、その上に毛布にくるまって横になった。




 こんなおっかない生き物と一緒じゃ落ち着いて寝れないよな、なんて考えが頭に過ぎったのもほんの一瞬のことで、目を閉じるとあっという間に眠りの海に沈んでいった。


 


 こうして、タケトの異世界一日目は終わりを迎える。


 あまりぐっすり眠っていたので、ウルが夜中に立ち上がってタケトの傍までやってくると、彼をお腹に抱き込むような形で横になったことにすら気づいてはいなかった。


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