第159話 秘策?
地下空間に残されたのはタケトとトン吉だけ。
蝶番が外れて傾いた扉の向こうには、要塞のように巨大なアースドラゴンの姿がある。
ガアアアアアアアアアアアアア
ドラゴンの低く激しい咆哮が空間全体を揺らした。
「どうするです?」
肩に乗ったトン吉が尋ねてきた。タケトは精霊銃のシリンダーを横に引きだす。使い終わって黒い色に戻ってしまった魔石を手の平の上に出してポケットにしまった。代わりに、ポケットの中にあった魔石をすべて取り出す。
「なあ。あの空間の気温をできる限り下げたいだけどさ。どの魔石を使えばいいと思う? 雪の魔石なら三つある。それと水と火と風。火はいまは必要ないか」
幸運にも、いまは冬だった。王都周辺は比較的温暖なので冬でも雪がふることはないそうだが、山間部は違う。先日王都に近い山の山頂付近へとウルと一緒に登って、そこに積もった雪に魔石を浸すことで魔石に雪の精霊を補充してきたのだ。
タケトの問いに、トン吉はウーンと唸る。
「一番良いのは、雪の精霊を沢山使うことです。でも、三つしかないとすると、あとは雪と風の精霊を混ぜるといいです。それから、水もあるとさらに威力を増せるですよ。雪と水は相性がいいでありますから。雪の力で水を凍らすです」
「水なら、まだ沢山ある。よし、それでいこう」
タケトは精霊銃のシリンダーに雪の魔石を三つと、水と風を一つずつ装填した。その他、右手のヒラに残りの水の魔石をにぎり込む。
タケトは精霊銃のグリップをにぎると、傾いた扉の下をくぐって地下空間へと踏み込んだ。
アースドラゴンもすぐにタケトの侵入に気付いたようだ。巨体の割にはつぶらな瞳がタケトをとらえると、その大きさからは意外なほど素早い動作で太い尻尾をしならせた。尻尾が、タケトめがけて振り下ろされる。タケトは横に転がるようにして何とか尻尾を避けるが、さっきまでタケトのいた一帯は床ごと深くえぐられていた。
あんなもの一撃でもくらったら、人間なんて簡単に潰れてしまう。そのうえ、あんな攻撃を何度もさせれば、この地下空間がもたない。いずれ、ここは崩壊してしまうだろう。
タケトが逃げた先に、今度はアースドラゴンは大きく開いた口を向けた。
(ブレスか!?)
こんな密閉空間で毒でも吐かれたらひとたまりもない。
一か八か、タケトは逃げずに足を踏ん張ると銃口をアースドラゴンに向けた。
「空間全体に暴れるイメージで放つです!」
「了解!」
アースドラゴンがブレスを吐き出す直前に、タケトは立て続けに引き金を引いた。
雪の精霊、ついで水の精霊が銃口から勢いよく飛びだし、アースドラゴンの顔にあたる。そのまま霧散するかに見えた精霊たちは、白と青の筋をつくってアースドラゴンの周りを回り始める。そのスピードはどんどんと加速し、二つの色は混ざり合って大きくなった。
タケトは精霊銃のシリンダーを引き出して下に向け、使い終わった魔石を床に捨てた。いつもなら使い終わった魔石は回収するのだが、いまはそんな余裕は無い。右手ににぎり込んでいた水の魔石をすべて装填して、すぐにアースドラゴンに向けて放った。
アースドラゴンは周りを飛ぶ精霊たちを振り払おうと身体を大きく揺すったり、尻尾で払おうとするが、精霊達はすぐに霧散して尻尾の攻撃を避ける。そして再び集まると、追加された水の精霊とともに、グルグルとアースドラゴンの周りを回りはじめる。
その動きはどんどん加速していき、加速すればするほど白い雪の量が多くなっていく。ブリザードのようになった精霊たちは、すぐにアースドラゴンを覆い尽くして、さらに空間全体を満たしはじめた。
「タケト! 吾輩たちも逃げるです! このままだと巻き込まれるです!」
「わかってる」
タケトの身体にもドンドンと雪が降り積もってくる。すっかり全身真っ白だ。トン吉なんて、白いボールみたいになっていた。
タケトは、さっき入ってきた扉のほうへと駆けた。すでに、ぐんと気温がさがりはじめている。まるで吹雪く雪山にいるように、視界も悪い。それでも、なんとか扉を見つけてその向こう側に避難した。
扉の後ろに隠れて、タケトは安堵の息を漏らす。
できれば扉を閉めたいところだったが、あいにく扉は壊れていて閉まらない。それでも、あの猛烈に吹雪く雪山のようになりつつあった地下空間にいるよりは随分マシだった。
ピッコマさんなどでコミカライズ更新中!




