第158話 全員避難
「シャンテ!?」
さっきまですぐ隣にあったシャンテの姿がない。彼女の腕を掴もうとしたタケトの手は、ただ空を掴むだけだった。
何が起こったのか、わからなかった。
混乱するタケトのもとに、ふわりと一枚の白い羽が落ちてくる。
タケトはその羽をつかみ取って手の平でぎゅっと握る。弾かれたように頭上を見上げたが、見えるのは剥き出しの岩肌のみ。どこを探しても、たったいままで傍にあったはずのシャンテの姿が見つからない。
ヴィンセントが現れたのと同じく唐突に、二人の姿は一瞬にして掻き消えてしまった。
「シャンテー!!!!」
空しくタケトの声が地下空間に木霊する。
そこに入れ替わるようにウルとブリジッタが到着した。
ウルはガルンの存在にも気付いたようだったが、今は再会を喜んでいる余裕は無かった。
「ブリジッタ、シャンテが……シャンテが……!」
目の前で何が起こったのか理解できず、酷く混乱したタケトはどうしていいのかわからなくてブリジッタにそう繰り返した。
なんで、シャンテはここにいないんだ? なんで? なんで?
頭の中にいくつもの疑問符が湧いてくるが答えは出ないまま、ただ全身が一瞬にして冷え切ったかのように血の気が引いていく。
「ワラワも見ていましたわ。あの子は、あの男に攫われたので間違いないでしょう。でも」
ブリジッタが、つ……と視線を穴の方にやる。床にぽっかりと開いた穴からは、いつの間にか巨大な腕が二本突き出していた。モグラのような大きいな爪のある太い腕に、びっしりと頑丈な鱗が貼りついていた。その爪を床につきたてて、こちらに登ってこようとしているようだ。
「こちらも、切羽詰まってますわね」
ブリジッタの言葉にカロンが言う。
「アレは、シャンテを攫ったヴィンセントという男に召喚されたようです。ブリジッタ。魔獣たちを避難させましょう。ここにいると危ない」
ブリジッタは頷いて、いま入ってきた扉を指さした。トンネルの入り口のような所に木製の両開き扉がついている。ウルが無理矢理押し開けたからだろう。扉は蝶番が外れて傾いていた。
「あそこから、地上に出られますわよ」
「じゃあ、あちらに誘導しましょう。ブリジッタも手伝ってください」
「ええ、もちろん」
そしてカロンはタケトの両肩を揺さぶると、身を屈めて目線を合わせる。
「タケト。しっかりしてください。今はまだ、呆けてる場合じゃありません」
「…………」
タケトは応えられない。それでも、カロンはタケトに言い聞かせるように続けた。
「まずは、ここから魔獣たちを連れて避難します。シャンテを探して、取り戻すのはそれからです」
シャンテを取り戻す。その言葉にようやくぼやけていたタケトの目がはっきりと焦点をむすび、目の前にいるカロンを見た。
「タケト、しっかりしてください。あなたがしっかりしないと、シャンテを取り戻すこともできません」
「……わかってる。すまない」
唸るようにそう返すのが精一杯だったが、やるべきことはわかった。
地中の穴からアイツが這い上がってくるまでもう時間がない。
「みんなで。ここから脱出しなきゃな」
それまでタケトの肩でおろおろしながら様子を伺っていたトン吉も、ホッとしたようにコクンと頷いた。
「吾輩も手伝うです! そんで、シャンテさん探しにいくです!」
トン吉はタケトの頭の上にピョンとしがみつくと、魔獣たちに向かって声を張り上げた。
「そっちの扉から外に出られるです! はやく、そっちから出るです!」
なぜかわからないが、魔獣たちはトン吉の言葉に従って扉の方へと移動をはじめた。本来、獰猛なはずのマンティコアでさえ大人しく避難行動をとっている。あの雌のペガサスもちゃんと逃げ出していた。
しかし、逃げようにも怯えてしまって動けなっている魔獣も何頭もいた。
それらは、ガルンとウルが背中にしがみつかせたり咥えるなどして運ぶことにする。
「ブリジッタ。こいつらもお願いします。重要な証人なので」
カロンがロッコと構成員たちを無造作に掴んで連れてくる。
ロッコは青い顔をしてブルブル震えていた。他の構成員たちもシャンテの一撃でいまだに動けずにいるようだ。
そこにさらに念のため、ブリジッタが異形の目を向けて石化させた。そして完全に動けなくなった彼らを、カロンがぽいぽいとウルの背中に放り投げる。
「さあ、タケトも急いで」
「うん」
そうこうしている間にも、ヴィンセントが呼び出した魔物は穴の外へ這い上がってこようとしていた。既に上半身が穴の中から出ている。あとは後ろ足が床にひっかかれば全身が出てくるだろう。
それはまるで巨大なアルマジロのような姿をしていた。太い手脚に、ずんぐりむっくりした身体。しかしその表面はまるで鎧のような固い表皮に覆われていた。しかも、とにかくデカイ。背丈だけでも十メートル、頭から後ろ脚までの長さはその三倍くらいはありそうだ。さらにその大きな身体に太く長い尻尾が巻き付いていた。さすがドラゴンの名がつくだけある大きさだ。
「これが、アースドラゴン……」
タケトはよじ登ったウルの背中から、ついに全身が這い出てきたアースドラゴンの姿にそう呻いた。ウルが扉の外へと出たため、アースドラゴンの巨体はすぐに見えなくなる。扉の向こうからは大きな咆哮が聞こえて来て、鼓膜を揺らした。
扉の向こうは魔獣搬出用の昇降口となっていた。二メートルほどの高さの段差の大きな階段がずっと地上まで続いているようだ。本来ならそれぞれの段に昇降装置がついていて、一段ずつフォークリフトのような装置で上り下りしていくようだ。しかしいまはその装置を使っている暇もないし使い方も分からない。大きな魔獣たちはそのまま駆け上り、小さな魔獣たちもガルンやほかの大型魔獣にしがみつくようにして一斉に上を目指していった。
一番しんがりにいたウルも、段を上ろうと最下段に前脚をかける。そこでふと、タケトは思った。
(このままみんな上に行くと、あのアースドラゴンも追いかけて登ってくるよな)
ようやく頭がちゃんと回るようになってきた。一刻の猶予のない事態の中にあって、色々なケースを想定して思考が駆け巡りだす。
あのアースドラゴンが地上に上がってくれば、地上にある『店』の建物も破壊されてしまうかもしれない。せっかくカロンたちが長年かけて追い求めてきた組織の帳簿や証拠資料も土砂に埋もれてしまう可能性も高い。それに、魔獣や協力してくれている騎士団や兵たちにも被害がでるかもしれない。
そもそも、遅かれ早かれあのアースドラゴンをどうにかしなければ危険だ。
(あいつ、アルマジロみたいな姿してたな)
そうすると、生体もアルマジロと似たような部分があるんじゃないか?
そんなことを考えていたら、タケトの脳裏にあることが思いつく。
(この方法を試すなら、閉じられた空間の方がやりやすい)
他にアースドラゴンを鎮める方法なんて思いつかなかった。やるなら、いましかない。
タケトは段を上り始めていたウルの身体から、するっと毛をすべって下に降りた。
タケトの肩にしがみついていたトン吉も一緒だ。
「タケト!?」
ウルの首元に跨がっていたブリジッタが、タケトの行動に気付いて驚いた声をあげる。
「ちょっと先行ってて。試したいことがあるんだ」
そう返すと、タケトは今登ってきた段を降りていった。アースドラゴンが今にも暴れようとしている地下空間に戻ろうとする行為は狂気の沙汰に見えたかもしれない。
「ちょ、待ちなさい! タケト!!」
ブリジッタが焦った声で叫ぶのが聞こえる。次いで石化した人たちが落ちないように両手で押えていたカロンがタケトに叫ぶ。
「みんなを避難させたら、すぐに戻ってきます!」
「ああ、頼む!」
タケトは彼らに軽く手を振る。
ウルはタケトを振り返るとクーンと一声鳴いた。しかしすぐに、ブリジッタたちを乗せたまま地上へと段を駆け登っていく。すぐに彼らの姿は小さくなっていった。
ふぅ、とタケトは小さく息をつく。
いま、扉の前に残っているのはタケトとトン吉だけ。
ガアアアアアアアアアアアアア
低く激しい咆哮が空間全体を揺らした。蝶番が外れて傾いた扉の向こうには、光の魔石のおぼろげな光の中、要塞のように巨大なアースドラゴンがこちらに一歩一歩近づいてきているのが見えた。
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