第155話 突入
タケトとシャンテは魔獣に興味を持っている振りをして、ひとつひとつの檻を見ていく。時間稼ぎのためと魔獣の健康状態をチェックするためだったが、新しい檻の前にくるたびにロッコは得意満面でソレがいかに貴重で凶暴な魔獣なのかを説明してくれた。
そうやって順々に見ていくうちに、ついに一番奥にある一際大きな檻の前までくる。
そのとき、隣にいたシャンテが突然タケトの腕にぎゅっとしがみついてきた。
「?」
どうしたのか彼女を見ると、シャンテは目をまん丸くして固まったかのようにその檻を凝視していた。しがみつく腕を通して、彼女の震えが伝わってくる。
その檻に閉じ込められていたのは、一頭のフェンリルだった。
闇のような漆黒の毛並みがウルとよく似ている。しかしその大きさは、ウルよりもさらに二回りほど大きかった。
「どうしたの?」
小声で尋ねると、シャンテは震える唇でひと言呟いた。
「ガルン……」
それまで目を瞑って静かに横たわっていたフェンリルが、シャンテの言葉に呼ばれたようにうっすらと目を開けた。ウルと同じ、吸い込まれそうなほどの真っ黒な瞳が薄暗い檻の中で鈍く光っている。フェンリルは、狭い檻のなかでのっそりと首をあげると、檻に鼻をくっつけてクンクンとこちらの匂いを嗅ぐ。そして、キューンと小さく鼻を鳴らして、数度パタッパタと尻尾を動かした。尻尾も、森に生えるもみの木のように太い。
(え……!?)
それはウルがシャンテに対してよくやる、親愛を示す仕草。フェンリルの視線は、シャンテだけに注がれていた。
(え…………、シャンテ。このフェンリルと知り合い?)
しかしロッコはフェンリルの様子の変化には気付かなかったらしく、意気揚々と説明を続ける。
「ああ、この檻には近づかない方が良いですよ。このフェンリルは凶暴でしてな。近づくものを誰彼関係なく攻撃してくるもんで扱いに困っとるんですよ」
「あの。このフェンリルは、どこから持ってきたものなんですか?」
気になってタケトはロッコに尋ねてみる。
ロッコは、ん?と一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに弱ったようにハゲかけた頭を撫でた。
「いやぁ、こいつは私が手に入れたものではないんで、わからんのです。共同経営者が持ち込んだものでしてね。アイツは帝国に強いパイプをもっておるので、おそらく帝国のどこかなんじゃないでしょうかね」
共同経営者といわれてすぐに思い浮かんだのは、以前、ロッコの屋敷で顔を合せたあの紳士のこと。なぜかあっちの世界の腕時計を嵌めていた、妙な奴のことだ。
(あいつか……)
グラシャ=ラボラスとかいう、見たこともない犬型の魔獣を連れていた。たしか、ヴィンセントとか言ったか。ロッコのような裏家業の人間とも、商人とも違う空気を纏った男だった。
ロッコの目的は、明快だ。違法な魔獣取引を通して荒稼ぎすることだろう。彼は見るからに単純明快なので、そこはわかりやすい。しかし、あのヴィンセントという男の目的はタケトにはまだいまいち掴めていなかった。共同経営者というのだから彼の目的もロッコ同様金目当てなのかもしれないが、それだけではないような不気味さがあるのだ。
そんなとき、先程タケトたちが入ってきた扉の方からパラパラといくつもの足跡が聞こえて来た。そちらに目を向けると扉を開けて数人の男達がこちらに駆けてきた。さきほど『店』の中で見た記憶がある顔だ。従業員たちだろう。
彼らは慌てた様子でロッコの元に走り寄ってくる。
「ロッコ様! 騎士団です! それに沢山の兵が店の周りを囲んでいます!」
その報告を受けて、ロッコの顔がさっと青ざめる。それと同時に、天井の方からドーンという音と震動が伝わってきた。上からパラパラと小石も落ちてくる。
一斉突入が始まったのだ。
カロンが鞄から取り出した精霊銃をタケトに投げてきた。それをキャッチすると、タケトはロッコに向ける。ついでに鞄の中から飛びだしてきたトン吉が、ぴょんとタケトの肩に乗った。
ようやく身分を明らかにする時が来たようだ。
まだ状況が飲み込めていないらしいロッコに精霊銃を向けたまま、タケトは撃鉄をガチャッと起こした。
「動くな。オルロフ・ロッコ。動けば、公務執行妨害で罪が重くなる」
そしてタケトは凜とした声で宣言した。
「オルロフ・ロッコ及びその一味。魔獣の違法取引及び虐待の現行犯、並びに十五年前の同様の施設運営により、お前たちを逮捕する。なおこの施設は捜査のため王法に従って接収する」
タケトの声は地下空間によく響いた。
「アイゼン……様……?」
なおも信じられないという顔をするロッコに、タケトは苦笑を返す。囮捜査だったとはいえ、騙していたことに罪悪感を覚えないわけでもない。
そこへ従業員の男が一人、抜刀してタケトとシャンテに斬りかかってきた。
しかし、タケトはちらとそれを視線で確認しただけで銃口をロッコから放さず、代わりにカロンが動く。男の振るう切っ先がタケトに達する前に、素早く男の背後に回ったカロンが男の首を鷲づかみにすると、そのまま力一杯、床へと叩きつけた。カロンの身体がみるみる獣化していく。その金色の瞳で周囲を見渡すと、他の従業員たちも抜刀はするものの間合いをとったまま様子見をしていた。隙を見せればすぐにでも一斉に襲いかかってきそうだ。
カロンはそのまま静かに、ロッコへ目を向ける。
ロッコは一瞬カロンを見てハッとした顔つきになったが、はたして彼はカロンがかつて彼の店にいた少年と同一人物だと気付いただろうか。
次いでシャンテの声が辺りに響く。
『大気の精霊よ。彼らに雷神の鉄槌を』
彼女の声とともに、地下空間の天井間近でバリバリバリと一筋の稲光が走った。そして従業員たちの上に、ズドンと幾筋もの雷が落ちる。
雷の直撃により彼らはバタバタと膝を突き、床に倒れ込んだ。
「抵抗しても無駄だよ」
タケトの言葉に、ロッコは憎々しげにタケトを睨み付けたままジリジリと後ずさりした。
そして憤怒に表情を歪めながらも、こちらにくるっと背を向けて扉の方へと走り出す。タケトはすぐに彼の背中に照準を合わせる。逃亡されないよう風の精霊で攪乱しようと思ったのだ。
しかしタケトが引き金をひこうとした、そのときだった。
ロッコの行く手を遮るように、その目の前にどこからともなく突然一つの人影があらわれた。
それはまるで瞬間移動してきたかのような、唐突な現れ方だった。
タケトたちに緊張が走る。
その人影には見覚えがあった。豊富な髭を蓄え、仕立ての良いダークブラウンスーツに身を包んだ男。ロッコの共同経営者、ヴィンセント・シャムロックだった。
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