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第146話 巨人の手

 それから、どれくらいの時間が経ったのだろうか。

 チュンチュンという賑やかな鳥のさえずりで、ジェンは目を覚ました。


 身体中が痛い。酷い吐き気もあった。でも、あの胸をかきむしるような苦しみはほとんど消えていた。

 ジェンはゆっくりと起き上がる。


(生きてたんだ……)


 自分のことなのに、なんとなく他人事のようにそう思った。


 辺りを見回してみるが、周囲は気を失う前よりもさらに濃い霧に包まれているようだ。真っ白で何も見えない。


 ただ、太陽の明るさだけは感じられた。ぽかぽかと温かな日差しが、冷たい地面に長い間つっぷして冷え切っていたジェンの身体をやわらかく温めてくれていた。


(あれ……?)


 なぜ、こんなに日差しがあたたかいのに、周りが霧に覆われたままなのだろう。

 それでジェンは気付く。


(あ……僕、目が……)


 見えなくなっていた。明るさはわかる。しかし、両目とも濃霧に覆われたように真っ白にしか見えず、何も映し出さなくなっていた。

 すぐにあの毒の影響だということに思い至る。


(そっか…………)


 とりあえず命は無事だったようだ。でも、こんな知らない森の中でたった一人、視力も失った状態で取り残されて、何一つ喜べる気持ちにはならなかった。単に野垂れ死ぬのが数日先延ばしになっただけじゃないか。それなら、毒で死んだ方が楽だったのに。


 そんなことを考えていたら、酷い空腹と喉の渇きを覚えた。ジェンはとりあえず、声をあげてみる。誰かいないかと、毒のせいで痛む喉で声を張り上げた。


 しかし、何の返答も帰ってこない。それもそうだろう。ここは森の中。それも、殺したい相手をうち捨てるのに選ばれた場所だ。きっと、人が入ることのない深い森なのだろう。


 それでも喉の渇きを我慢できなくて、ジェンはのろのろと立ちあがると、手探りで森の中を彷徨い歩いた。


 途中、たまたま枯れ木の窪みに雨水がたまっているのを見つけ、貪るように飲んだ。

 そしてまた歩き出す。歩いて歩いて、ずっと歩いた。


 どこへ行ったところで助けなどこないとわかっていたけれど、それでも歩かずにはいられなかった。

 歩いて歩いて歩いて。……そして、ついに力尽きる。

 ついに動けなくなった。


 ここで死ぬんだ。もう疲れた。もう苦しいのは嫌だ。早く楽になりたい。そう思って目を閉じたときだった。

 ジェンの身体がひょいっと何かに掴み上げられる。


「え……」


 戸惑うが、抗う気力も既に無いジェン。その上から、大きな野太い声が降ってきた。


『おや。なにかと思たら、ちっこい人の子がおるで』


 そして何か大きなものに乗せられたようだったが、目の見えないジェンには周りの景色を見ることが出来ない。しかし、ほどなくして巨大な人の肩に載せられているのだとわかった。大きな声がすぐそばで聞こえる。


『人の子が、なしてこんなところにおるだで。お前、弱わっちょるんか?』


 ぐらぐらと揺れる肩の上にのせられ、不安定さに落ち着かなく手を伸ばしたジェンの指が触れたのは、もさもさとしたものだった。


すぐにそれが、その巨人の髭なのだとわかる。その髭に両手でしがみついていると、ジェンの身体にそっと優しく指が添えられた。指一本でジェンの身体よりもずっと大きな太い指。

 大きくて温かい手だった。


 巨人は『オーウェン』と名乗り、ジェンを水場に連れて行ってくれた。たらふく水を飲むことができたが、今度は腹の音が鳴ってとまらなくなる。そんなジェンを見てオーウェンは豪快に笑うと次々に木の実や果物を渡してくれた。


 彼は狩りの最中で、たまたま地面に落ちているジェンを見つけたのだという。


『気付かなかったら、危うく踏んづけちまうとこだった。危ねぇ、危ねぇ』


 そう言ってオーウェンは笑った。しかし、その声にはジェンがいままで誰にも感じたことのないような温かさが溢れている。


 数日をオーウェンと過ごしているうちに、ジェンの体力はみるみる回復した。そして狩りを終えた彼とともに彼の群れに合流する。


 オーウェンは巨人の群れのリーダーのようだった。彼らはみな目が一つしかなく、小山のように背の高い体躯をもつサイクロプスと呼ばれる巨人種のようだった。十数人で群れをつくり、フェンリルたちを数頭つれて深い森の中を渡りながら暮らしていた。


 巨人達は小さなジェンを、とても可愛がってくれる。食べ物をわけてくれ、雨が降れば葉っぱで傘をつくってくれ、毛皮の毛布で包んで温めてくれた。


 オーウェンはどこへ行くにも、ジェンを肩にのせていった。そして、目の見えないジェンのために、森の様子や色々なことを話して聞かせてくれたのだ。


 ジェンはオーウェンの肩の上で、彼の話に耳を傾けるのが大好きになった。

 ジェンはいつしか、生きてて良かったと思えるようになっていた。

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