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第135話 華やかさの裏側

 新月の夜。

 月の光に邪魔されないおかげで、いつもは見えないような小さな星の光までもが地上に届く。そんな、今にも落ちてきそうなほどの満天な星空だった。


 静かな闇に包まれる深夜、街の外れに建つ古い劇場にはランタンをつけた馬車が次々と集まってきていた。劇場の前に列となって連なるほどだ。


 タケトたちが乗る馬車もその列に並ぶ。その車内で、カロンはカバンから取り出した仮面をタケトとシャンテに渡した。目元だけを覆うタイプのものだ。


「あのオークション会場では、お互い素性が知れぬよう顔を隠す決まりになっているようです」


「あ、ありがとう」


 渡された仮面を付けると、ぐっと視界が狭まくなった。隣に座るシャンテに目を向けると、彼女も白地に美しい模様が描かれた仮面をつけている。さらに扇子で顔の下半分を隠せば、ほとんど素顔は見えない。


 なんだか、いつもよりも妖艶な雰囲気を感じてしまって、ちょっとドギマギする。こういうとき、自分の表情を見られない仮面は便利だなとしみじみ思った。


 そうこうしているうちに、馬車は劇場のエントランスに着く。


 タケトが先に降りると、シャンテの手を取って降りるのを手伝った。シャンテは地面に足をつけると、タケトの腕に手を回してくる。そして、二人で並んで入り口へと歩いて行った。


 このあたりの仕草は、「ちゃんと貴族のカップルらしく見えるように」とカロンに事前指導されたおかげだ。カロンはその後ろに控えるようにしてついてくる。


 大きく開かれた一枚板の両開き扉を抜けて劇場のロビーに入る。中は思いのほか広く、着飾って仮面をつけた男女があちらこちらで談笑していた。百人近くがいるだろうか。さながら社交パーティのようだ。


 すぐに仮面を付けた黒服のボーイが、銀のお盆片手に近寄ってきた。お盆の上には、ワインの入ったグラスが乗っている。


「……ありがとう」


 軽く礼を言うと、タケトとシャンテはワイングラスを受け取った。


 できれば、ボロが出ないようにあまり他の人と会話を交わしたくなかったが、不審がられても困るので全く話さないわけにもいかない。


 そもそもパーティなんて、友人の結婚式くらいにしか出たことの無いタケトには、どう振る舞っていいのかさっぱりわからない。どうしようと困っていたら、近くで談笑していたスマートな男性が話しかけてきた。


「今日は気持ちの良い夜ですな」

「そ、そうですね」


 何とか会話を繋げる。

 個人的なことを訊くのはタブーなようで助かった。男は最近の市場の相場はどうとか、金相場はどうとかを得意げになって話してくる。話の内容からするに、西部に大きな流通網をもつ商人らしい。


 タケトは「自分は事業のことはまだまだ勉強中で」と言って、ニコニコと相づちを打つのに徹していた。


 シャンテも、その男性の傍にいたレディと差し障りの無い会話を交わす。


 そんな風に過ごしながらも、タケトは男の連れているレディが胸元につけている赤い大きなペンダントに気付いていた。あれはおそらく、カーバンクルの額にある赤い石を加工したものだ。


 幸運のアイテムとして闇取引されているとは聞いたことがあるが、現実にアクセサリーになったものを目にしたのは初めてだった。


 よく見ると、毛皮のショールやコートを身につけたご婦人方、象牙のような柄の短剣を自慢げに腰に下げている紳士、シカのような角の兜をかぶった人など多数見受けられる。


 さらに、魔獣を連れている者までいた。牛のような上半身に人の足を持った魔獣。あれはミノタウロスだろうか。口輪と首輪に鎖のついた手足のかせまでされて、従者に牽かれていた。


 まるで自慢するかのように取引の禁止されている魔獣を連れ、その毛皮や角で華やかに着飾っている人たち。


 ここに集っているのは、わざわざ禁止された魔獣を買いにくる奴らだ。その趣味嗜好に、タケトは内心反吐が出そうな気分だった。


(少しでも情報を覚えて帰ろう。少しでも。いずれ、全員検挙してやる)


 客の特徴、会話の内容、持ち物……いまここでメモを取り出して記録することはできないけれど、少しでも記憶していずれ検挙に繋げられるように。


 そんなマグマのような強い想いがふつふつと湧いてくる。


 獣人を従者として連れている者も多かった。獣人はかつては奴隷のように使役されていた歴史があると聞いたことがある。現在では獣人差別は禁止されているが、獣人に対し差別意識を持つ人間が特に古い貴族や領主には多いと聞いたことがある。


 そういう意味では、獣人であるカロンを従者に連れているタケトたちも、端から見ると充分ここの連中と同族に見えたことだろう。


 ちらっとカロンの様子を伺うが、彼は澄ました表情でタケトの後ろで控えていた。その内心でどのような思いが渦巻いているのかまでは伺い知ることはできないが、いまはポーカーフェイスに徹しているようだ。


 タケトも怪しまれないように、ここでは彼らと同類に見えるよう振る舞うしかなかった。


 そうこうしているうちに、劇場のボーイが手に下げた大きなベルを振りだした。

 それが開場の合図だった。奥にある観客席への扉が開かれ、人々がそちらに移動する。


 タケトはシャンテをエスコートして観客席へと足を向けた。

 ゴクリと生唾を飲み込む。

 いよいよオークションが始まる。

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