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第134話 グリナーデのスイートルーム

 王都の南東にある商業都市グリナーデ。

 商業ギルドやそのパトロンである貴族が強い影響力を持っており、一応ジーニア王国に所属してはいるものの実質的には都市国家ともいうべき大都市だった。

 人口も王都より多いらしい。

 その潤沢な資金力を元に多くの芸術家が居を構えており、劇場も大小様々なモノが都市のあちこちに点在していた。


 ダミアンの話では、今回の魔獣オークションが行われるのはグリナーデの旧市街にある古い劇場とのことだった。

 かつては貴族が所有していたらしく、夜な夜な豪華な演目が行われていたらしい。しかしいまは新しい劇場が他にも沢山作られたため、人気がなくなって長らく閉鎖されていた。それが最近、所有者が変わったからというもの急に人の出入りが多くなった、というところまではカロンが調べてくれた。


 名義はとある地方領主の名前らしいが、その領主というのはとても劇場を購入し維持するような資金力がありそうには思えない、没落寸前の領主だった。おそらく名義だけ借りて裏でオルロフ・ロッコが実質的に経営しているのだろう、というのがカロンの見立てだ。


 魔獣オークションが行われる数日前、タケトとシャンテはグリナーデ入りした。ついでに、付き人役としてカロンも同伴してくれている。


 タケトははじめシャンテには王都に残ってもらうつもりでいた。しかし、カップルの方が怪しまれにくいというダミアンの助言で彼女も一緒にオークションへ参加することになったのだった。

 泊まる予定になっていたのは、都市の中心部にある高級ホテルのスイートルーム。


「うわぁ。天井たっけー」


 案内してくれたベルボーイとメイドさんたちが部屋を退出してから速攻、タケトは感嘆の声をあげた。

 三階分はありそうな天井の高さ。さらに天井では羽の生えた天使たちが楽しそうに踊る見事なフラスコ画が描かれていた。あれだけで、一体いくらするんだろう。足下にはふかふかの絨毯が広い室内一面に敷き詰められており、足音すら立たない。天井だけでなく壁や柱も、どこもかしこも『豪華』のひと言だった。


 玄関ホールだけで、普通の部屋くらいの広さがあった。さらに、そこから大きな扉を抜けると、いまタケトがいる客間に出る。客間にはふかふかとしたソファセットがおかれ、奥にまた大きな扉がある。一体何部屋あるんだろう。その扉を開けたシャンテが歓声をあげてタケトを呼んだ。


「ねぇ、タケト。こっち、すごいよ」


 客間の隣は寝室だった。広い室内の中央奥に天蓋付きの大きなダブルベッドが置かれている。


「すげぇ。本とかで見るヤツだ」


 シャンテは早速ベッドに乗って、そのフカフカさに嬉しそうに埋もれている。でも、ふとタケトは気付いた。


「え……これ、夜、どうすんの?」


 ベッドは一つしか無い。カップルという設定なのだから、当たり前だけど。


「あちらに、使用人の小部屋がありました。僕はそちらで寝ます」


 と、カロンには先手を打たれる。


「俺もそっちに行く」


「残念ながら、使用人用のベッドは小さなモノが一つしかありませんでした」


「……一緒に寝る?」


「嫌です」


 カロンにきっぱり断られてしまった。


「……ソファで寝るか」


「見たところ、一人がけタイプのものしかありませんでしたね。何日も横になれないのは、身体にこたえますよ?」


「……いいよ。もう。床に寝転がってるから」


 ここの絨毯ふかふかしているから、それでも全然構わない。むしろ気持ち良さそうだしなんて思っていたのに、カロンにはやれやれと首を横に振られてしまった。


「それだけは、やめた方がいいかと。ホテルの人間が入ってきたときに、大騒ぎになりますよ」


 たしかに、ここのメイドさんが入ってきたときにスイトールームの客が床でつっぷしてたら、まず間違いなく死んでると誤解されるだろう。


「許可無く入ってこないように申し伝えてはおきますが、絶対とはいえませんし」


「うーん」


 悩んだものの相談したあげく、結局使用人部屋でシャンテが一人で寝て、こちらのダブルベッドではカロンとタケト二人が寝ることになった。

 ベッドは大きいので、二人で横になっても十分な広さがある。


 そして翌朝、『許可無く入ってこないで』と言ってあったにもかかわらずホテルのメイドさんが朝食を持って入ってきて、カロンと二人でベッドの上にいるところをバッチリ見られてしまった。

 硬直してかたまるタケトを余所に、メイドさんは朝食の準備を済ませるとペコリと頭を下げてにこやかに去って行った。あれは……絶対、そういう目で見られてた気がしてならない。


 そして、オークションが行われる新月の日がやってくる。

 タケトとシャンテ、カロンの三人は馬車で会場に向かうことになった。


 ダミアンの話によると、タケトはグリナーデから遠く離れたとある地方都市で最近商売に成功していた商人の三男坊という肩書きでオークションに参加することになっていた。


 成金商人のドラ息子という設定なので今日はいつもの服装ではなく、金糸や銀糸で精巧な刺繍が施された裾の長い青いジャケットに、胸元にフリルのついた真っ白なシャツという貴族の息子然とした格好をさせられている。服装がかっちりしすぎて、動きにくいのが内心ちょっと辛い。ただ、裾が長いため、腰にホルスターで下げている精霊銃はすっぽりと隠れてしまっていた。そのうえ、精霊銃は元々銃身に装飾が施された造りをしているため、貴族の装いをして身につけると思いのほかしっくりと馴染んでしまった。


 トン吉もいまは、精霊銃の中だ。

 シャンテは今日は貴族のお嬢様風に青と白を基調としたふわりとしたドレスを身につけている。頭には青い大きなリボン。白磁のような白い肌に長く艶やかな銀糸の髪をした彼女は、いつも一緒にいるタケトですら見取れてしまうほどの美しさだった。


「ど、どうかな……」


 メイドさん達に手伝って貰って着替えを終えたシャンテは、客間のソファで待っていたタケトの前までくると、恥ずかしそうにモジモジと自分の手を握った。白い頬に、ポッと桃のような赤みが差すのも、彼女の可愛らしさを際立たせる。


「う、うん……可愛いよ、すごく」


 タケトはハッと我に返ると、顔を綻ばせる。シャンテも、タケトの表情に安心したように笑顔になった。

 ちなみに衣装は全て、マリーさんちからお借りしたモノだった。貴族の財力、半端ない。


「さて、行きましょうか」


 使用人然とした燕尾服に身を包んだ人化カロンが、鼻の上の眼鏡をくいっとあげた。

 タケトはシャンテに白手袋をした右手を差し出す。


「行こう。シャ……じゃなかった、ローザ?」


 事前に申し合わせていた偽名を呼ぶと、シャンテも「はいっ。アイゼン様」と笑んでタケトの手を握る。

 魔獣オークションへ、出発だ。

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