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第133話 こんなときは、情報屋

(裏社会での売買に詳しいってなると、やっぱアイツに話を聞いてみるか)


 というわけで、タケトは一人、フィル川のほとりにある商業都市フィリシアにきていた。以前、カーバンクルの保護で訪れたことのあるあの街だ。


 街に着くとすぐに裏町にある、場末の大衆酒場へ向かう。ここはいつ来ても酒と腐臭で満ちていて、昼間でも店内は薄暗かった。


 そこの隅っこの席で安いエールをあおっていると、背後から聞き覚えのある声が話しかけてきた。


「よぉ。旦那。久しぶりだな」


 近寄ってきたのは、背が低く細身で、ぎょろっとした目が印象的なハゲかかった中年男。この裏街で長年うさんくさい商売をしていた古物商のダミアンだ。


「ああ。悪いな呼び出して」

「なに水くさいこと言ってるんすか」


 ダミアンは同じテーブルの向かいに座ると、タケトと同じモノを注文する。

 彼とはカーバンクル事件以来の付き合いだ。


 彼自身はあの事件の後、タケトの助力でフィリシアでの正式な商人資格を取り、今は裏商売から手を引いてまっとうなあきないをしている。


彼が用事で王都へきたときなど、仕事抜きで一緒に飲みにいくこともあるくらい、なんだかんだいってタケトにとっては王宮関係者以外の数少ない知人でもあった。


 それでもいまだに彼は長年築いた裏社会での人脈や情報網を保っている。タケトにとっては金次第でこちらへ有益な裏社会の情報を流してくれる貴重な相手となっていた。


 店員が運んできたカップになみなみと注がれた安酒を、ダミアンはチビチビと大事そうに飲む。


 タケトも黙って酒を飲んでいたが、しばらくして独り言のようにぽつりと言った。


「グリナーデって街、知ってるよな」


「もちろん、知ってやすぜ。南の方にあるでかい商業都市だ。俺も仕事で何度か行ったことがある」


 夕刻前のいま、店内には人は疎らだ。しかも遠洋帰りと思しき数人の漁師が騒ぎながら飲んでいるので、すみっこで小声を交わすタケトたちの声は彼らの喧噪にかき消されて他には漏れない。


「そこで、こんどデカイ魔獣の取引があるらしいんだが、なんか耳にしたことあるか?」


「あそこは闇市もデカいんで、それだけだと何とも……」


「金持ち連中相手の、オークション形式のヤツらしいんだ」


 それだけ聞くと、ダミアンはフムと唸る。

 彼が何も答えないのを、肯定と判断してタケトは話を続けた。


「今回はソレを探りたい。できれば、客として潜入したいんだが、なんかツテとかないか?」


 タケトの言葉に、ダミアンは「うーん」と渋い顔でさらに唸った。


 それをタケトは静かに見守る。彼が何かを悩んでいるのがわかったからだ。何を悩んでいるのかは大体察しはつく。彼が持っている情報をタケトに言ってもいいのかどうか、だ。


いくら情報提供をしてくれる間柄になっているとはいえ、なんでもかんでも話してくれるとはタケトも思ってはいない。ダミアン自身の身の安全のこともあるし、損得勘定もある。当然頭の中でそろばんを弾いているだろう。


 その損得勘定を少しでもタケトに有利な側にひきつけられれば、と思ってタケトは足下に置いていた自分のカバンを手に取った。


「たまたま手に入ったものがあるんだ。何なら、お前に譲ってもいいんだけど」


 カバンの中から出したのは、一本のワインボトル。もちろん中身は入ったままで、口はしっかりと封をされている。


 それを半ば無理矢理にダミアンの手に押しつけた。ダミアンは、怪訝な顔をしてそれを手に取る。


「それは、ある筋から入手したものなんだけどさ。お前なら、価値は分かるよな。マンドラゴラの成分が入ったワインだ」


 ある筋も何もジェンから押しつけられたあのワインなのだが、ダミアンはそのワインボトルを目をまん丸くしてマジマジと眺めた。そして、何度もハゲかけた頭を撫でる。


「……いや、驚いた。ここ数ヶ月、急に降って湧いたようにマンドラゴラの噂は耳にはしてたんですよ。どっかに匿われてるマンドラゴラがいて、そいつを浸したワインってのが貴族や王族連中の間に流れてる、って話でさ。でも、どんだけ調べても噂の出元も、実際のワインってのも出てこなかったからてっきり都市伝説みたいなやつかと思ってやした」


 そのマンドラゴラを匿っているのが、実はタケト自身だなんてこと言えるはずも無い。


「そいつはある組織の押収品だから、本物だっていう確証はないんだけど。飲んだやつは、それなりの効果が感じられたっていってたよ」


 なんてしれっと言いながら、エールのカップを傾ける。ちなみに飲んだヤツっていうのが、この国の王様だなんてことももちろん言えない。


 タケト自身も、あの一杯を飲んだだけだったが、その日一日妙に頭がすっきりして疲れが吹き飛んだのは確かだった。ついでに、シャンテを見ると妙にムラムラしてしまって夕飯のあと早々に納屋に引っ込んでから、そういえばマンドラゴラには媚薬としての効果もあったんだったけと飲んだことを激しく後悔したりもした。ああいうものは、相手もいないのに飲むもんじゃないな。


「いやいや……効果があるってんなら、本当にマンドラゴラかどうかを別にしても大した価値だ」


 ダミアンはなおも目を丸くして、「ほー」とか「おー」とかいいながら感心した様子でワインボトルを眺めている。


「グリナーデの魔獣オークションについて、決定的な情報があればそのワインと交換してもいい。……どうだ?」


 タケトの提案にダミアンはまだ唸っていたが、顔を上げたときにはもう彼の中で決着がついていた。


「わかりやした。そのオークションに客として入り込めるよう、手配しやす」


「助かるよ」


 エールを飲みながら、タケトはにっこりと笑んだ。しかし、ダミアンの目は険しい光を投げてくる。


「でも、旦那。くれぐれも気をつけてくださいやし。旦那の身分がバレたら、命の保証は無い」


「ああ。……わかってるよ」


 こうして、グリナーデの魔獣オークションへの道筋はついた。

 開催日はつぎの新月の日。

 その日は、あっという間にやってきた。

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