第122話 怪我をした、ウサギ?
「ちょっと、手伝って欲しいんだ」
そう言って、トン吉をタライから抱き上げる。いつものように自分の肩に乗せようかと思ったけど、トン吉がぐっしょりずぶ濡れ泡だらけなのを見て、井戸の縁に乗せておいた。乾くまでここに置いておこう。
「なんですか? ご主人」
トン吉はふるふるっと小さく身体を震わせて水をきると、縁の上からタケトを見上げる。
タケトは腰のホルスターから精霊銃を取り出すと、回転式弾倉を引き出して魔石弾を取り出し、色を見てから並び替えた。
「風と、水でいいかな」
そして弾倉を元に戻すと撃鉄を上げる。
「水と風の精霊を混ぜてさ。こう、竜巻みたいに回転させることってできるよな。その中に洗濯物混ぜたら、簡単に洗えるんじゃないかなって思ってさ」
要は、洗濯機の要領だ。
トン吉は、ぴょこんと耳を立てる。興味を持ったみたいだ。
「できるでありますよ。やってみるです!」
「んじゃ、いくぞ。あ、シャンテ、ちょっとタライから離れてて」
「うん。いいよ」
シャンテが足を井戸の水で洗い流して靴を履き、タライから離れたのを確認すると、タケトはタライの中の洗濯物に照準を合わせ引き金を素早く二回引いた。
風と水の精霊が銃口から飛び出し、それがトン吉の力で上手く合わさると、タライの中でつむじ風みたいになる。
「よっしゃ、うまくいったかな」
洗濯物は石鹸水を含んだつむじ風に吸い上げられて、上手い具合につむじ風の中でぐるぐると回転した。しかし、
「むむむ、これ、案外制御が難しいであります」
とトン吉が唸った瞬間、つむじ風の土台になっていたタライがパカっと真っ二つに割れた。
「げ」
このままだと地面の土を舞上げて、かえって洗濯物を泥だらけにしてしまいかねない。
トン吉が力の制御を弱めると、勢いよく回転していたつむじ風の威力が弱まり、下から消えていく。巻き上げられていた洗濯物も次々に放り出されて宙を舞った。
「わ、まずい!」
せっかく洗ったのに、落としてしまったら、洗濯をもう一度やりなおさないといけなくなる。タケトは落ちてくる洗濯物をシャンテと一緒に必死でキャッチした。
ほとんどは地面に着く前にキャッチできて事なきを得たが、タライは真っ二つ。もうこれでは使い物にならない。
これは井戸を使う近隣住民が共用で使っているものなので、弁償するしかない。どうして壊れたのか突っ込んだ話を聞かれても困るので、あとでこそっと買いに行って、こそっと交換しておこう。
「途中までは上手くいってたんだけどなぁ。精霊を使った洗濯機……」
実用化にはまだまだ改良の余地がありそうだ。少なくとも、使うタライは石とか金属とか割れにくいものにしなきゃならないだろうな。
裏庭に洗濯物を干し終わると、市場へ買い物にいくというシャンテと別れて、タケトは斧を手に、『王宮の森』へと入っていった。
「ご主人。森に何しに行くんでありますか?」
頭に乗っかっているトン吉に、タケトは肩に担いだ斧を見せる。
「枯れ木を採ってこようと思ってさ。薪にするんだ。煮炊きするのにいるだろ? それに、薪は炎の精霊を溜めるのにも使うしさ」
魔石弾に精霊を溜めるには、その精霊の力が強い場所に一定時間、魔石弾を置いておく必要がある。水の精霊なら川の中。風の精霊なら風がよく吹き付ける屋根の上。火の精霊なら、焚き火や竃の中だ。
火の精霊は、やはり攻撃力が高い分、一番使用頻度が高い。そのため、頻繁に魔石弾を火にくべておく必要があるのだ。
「人間は、よく火を使うでありますね」
「そうだな。料理したり、暖をとったり。野生動物は火を怖がるのも多いから、野宿するときの動物避けに使ったりもするもんな」
「焚き火の前にいると、濡れた毛もすぐふわふわになるから吾輩は好きであります」
そんな雑談を交わしながらも、枯れ木を探しながら森の中を歩いて行く。
しかし案外、ちょうどいい枯れ木がなかなか見つからない。
「ないでありますね」
「そうだなぁ。この辺りのは、近隣の人たちに刈り取られちゃってんのかな」
もうちょっと森の深くまで行ってみようか。そう思ったとき、突然近くの茂みの葉っぱが揺れた。それにあわせて、ガサガサという音も聞こえてくる
小動物でもいるのかな?と思ってじっとしていると、再び茂みがガサゴソ揺れた。今度は、バタバタと地面を叩くような音まで聞こえてくる。
「なんだ?」
その茂みに近寄って低木の葉っぱを掻き分けて見てみると、そこには一匹の白いウサギのような生き物が倒れていた。
「怪我してるでありますか?」
その生き物がハッとこちらに顔を向ける。
長い耳に白いふわふわした毛。黒く丸っこい目。どこまでもウサギそっくりなのだが、ただ一点。ヒタイの部分にとぐろを巻くような長い角があるのだけが、普通のウサギとは違っていた。
「あ。これ、魔獣図鑑で見たことある。たしか、アルミラージとかいうやつだ」
魔獣アルミラージ。一応魔獣に分類されるが、比較的繁殖が容易なためペットとして飼われることも多い。また、その肉は軟らかく旨味が強いため、高級食材として食用にされることもあるらしい。
タケトとトン吉が茂みを覗いたことで、アルミラージは怯えて逃げようとした。しかし駆け出したのもつかの間、すぐに後ろ脚を引っ張られるようにしてアルミラージは地面に倒れ伏す。
よく見ると、左後ろ脚の毛が赤く血に染まっていた。さらにその脚にはがっちりと鉄の刃が食い込んでいる。罠だ。以前、フォレストキャットの森でウルが脚に傷を負った、あの罠とよく似たタイプのものだった。
ただし、こっちは小動物用のもののようでかなり小型だ。
「ちょっと待てって。今外してやるから」
なんとなく気の毒になって、タケトは茂みを掻き分けるとアルミラージのそばにいく。そして、キョロキョロと辺りを見回した。
(よし、罠を仕掛けた猟師とかは周りにいない)
仕掛けたヤツらに罠を外しているところを見られたら、トラブルになるのは明らかだからだ。
アルミラージは一応魔獣ではあるが、そこそこ数が多いので保護対象にはなっていないはず。なので、狩られそうだからといってそれを阻止する権限はタケトにはないのだが、単純に罠にかかっていて可哀想だったから助けたくなったに過ぎない。
前にウルが罠にかかったときに外した要領で、両側面にあるレバーを押し開けると罠が開いた。
アルミラージは、ぴょんと一跳び大きく跳ねると罠から跳びだす。しかしすぐに脚を投げ出して地面に横たわってしまった。罠が強く食い込んでいたせいで、後ろ脚の怪我が酷くて動かないようだ。
もう他の動物がこの罠にかからないように、罠の真ん中の可動部を手で押して罠を作動させ、刃が噛み合った状態にして捨てておく。タケトはアルミラージをそっと抱き上げた。嫌がって暴れるかとも思ったが、そんな気力もないようでタケトの腕の中でぐったりしていた。
トン吉はタケトの肩につかまって、興味津々といった様子でアルミラージを眺めている。
「持ってかえって、食べるですか?」
「いや。ついでだから、怪我の治療もしてやろうかと思ってさ。たしか、ウルがこないだ怪我したときに貰った薬がまだあるはずなんだよな」
と、そのとき。
バコッ
タケトは後頭部を突然何者かに強く叩かれた。




