残念だったね
「………もしかして、輪が現世で相手を探すというのは、その葦牙のことがあったからか?」
「………うむ」
………だが、待てよ。
葦牙と高天の事は分かった。
だが、1つだけまだ分かっていないことがある。
「葦牙の女を殺したのは誰だ?」
「それは………天乃、上間、常立の誰かだろう」
そこは分かってないんだな。
「………それは違う」
「何が違うんだ!」
「その女を殺したのは、ワシでもなければ、天乃や上間でもない」
「じゃあ、誰が殺したんだ!」
そもそも、こいつは葦牙じゃないだろう。
なんで、ここまで怒ってるんだ?
「それは………」
「………もういい。
君達と話すことは何もない。
本当は上間も殺したかったが、まぁいい。
天乃と常立の命をもって、封印を解き放つ」
いつの間にか、俺と由貴は壁に叩きつけられ、輪と美奈は高木に捕まっている。
「それじゃあ、始めようか」
高木は、美奈のお腹に手を差し込む。
「………ゔっ」
美奈は血まみれで倒れ、高木は手に光の結晶を持っている。
そして、輪からも同様に、光の結晶を取り出す。
その動きは無駄がなく、粛々と行っている。
「………その、光は」
「もう起きたのかい?
これは、いわゆる神格だ。
これが、神を神たらしめるものだね」
美奈や輪は、もう用済みとばかりに俺達の方へ飛ばされる。
「………由貴、2人を頼む」
「はい」
高木は、広間の中心に向かっているようだ。
広間の中心に小さな円があり、広間いっぱいに大きな円がある。
そして、中心の円から大きな円へと無数に線が繋がっている。
壁に叩きつけられたせいで、身体が上手く動かない。
だけど、今止めないと危険な気がする。
力の入らない足を拳で殴り、無理矢理に身体を起こす。
足は………動く。
手は………動く。
頭も………動く。
今は考えている時じゃない。
恐怖を押し殺し、足を踏み出す。
そのまま足を踏みしめ、高木の元へ走る。
「………まだ、そんな余裕があったんだ?」
「………グシャ」
………あれ?
なんで、血が流れてるんだ?
なんで、地面が見えるんだ?
なんで………身体が動かないんだ?
「………恭弥さーん!」
由貴の声と、近づいてくる足音はする。
その声を最後に、俺の意識は途絶えた。
「さて、邪魔者はいなくなった。
早速、始めよう」
光の結晶を手で握り潰し、広間に撒く。
そして、中心の円に手を置き、神力を解き放つ。
無数の線から光が溢れ、視界を真っ白に染める。
「………いよいよだ」
突然光が消え、視界は真っ暗になる。
それと同時に、高木の頭上に「葦牙」に顕現する。
「………ついに、一族の悲願を達成した」
だが、なにかおかしい。
纏う空気は黒く、言葉を話すこともない。
「………葦牙様!葦牙様!」
葦牙は高木に目を向けたかと思うと、高木の中の神格を手にしている。
「………ガハッ」
そして、それを喰らっているのだ。
「………それでこそ、葦牙様」
葦牙は、さっきより重く黒い空気を纏わせ始めた。
「………ギャー、ギャー」
言葉を話さず、叫び声を上げ、壁を破り上がっていった。
何も存在しない、真っ白な空間に1人佇んでいる。
血は流れていないし、身体も普通に動く。
「………俺は死んだのか?」
その疑問に答えてくれる声はない。
「………まだですよ」
その疑問に答えてくれる声は………。
「ありますよ」
………おかしいな?
声が聞こえるぞ。
なぜか勝手に、文章を変換してやがるぞ。
だが、声はすれども姿は見えず。
「詠ってる場合じゃないんですよ!」
どうやら、声の主は怒っているようだ。
「そりゃ、怒りますよ!
冗談はこの辺にして、向井さん!」
「向井です」
「あなたは、辛うじて一命を取り留めています」
「じゃあ、早く帰してください」
「わかりました………って、そうじゃなくて!」
おー、ノリツッコミ。
さては、この人お笑いに精通しているな。
「このままだと、あの世界は消えてしまいます。
本来、封印を解くには4神の力が必要です。
不完全な解放のはずが、葦牙が3神の神格を喰らったことにより、既に元のどの神よりも強力です。
それに、今の葦牙は憎悪の塊です」
「中臣塊?」
「それ、中臣鎌足」
「正解!」
「クイズしてる場合じゃないんですよ!
………どこまで話しましたっけ?」
「中臣塊」
「そうだ!
その憎悪が隠世、現世を侵食しています。
葦牙は、ただ思うがまま力を振るう暴力の塊です。
このままだと、世界が消滅することはなくても、日が登らず、光がなく、悲しみと苦しみだけの黒く暗い世界になってしまいます。
だからどうか………お願いします」
その言葉を最後に、何も聞こえなくなった。
声の主が誰かも分からなければ、世界を救ってくれと押し付けられる。
………いやいやいや。
俺、普通の人間ですから。
何の取り柄もなければ、特別な力もないですから。
どう考えても無理でしょう。
「………恭弥さん、恭弥さん」
由貴の声が聞こえる。
そろそろ、目が覚めるのだろう。
ここは、流れに合わせておこう。
ゆっくり目を閉じ、意識を手放した。




