ほぼ遠足
「おはようございます。本日は天気に恵まれ…」
今は地面に体育座りしている。
………なぜかって?
今日は校外学習である。
それで、校長の挨拶を最初に聞いているわけだ。
長いから、早く終わってくれ。
校外学習とは一口に言っても、学校によって様々だ。
星蓮高校では今の5月と、9月にまた林間学校がある。
5月は日帰り、9月は泊まりだ。
今回の校外学習は、いってみれば遠足のようなものだ。
なので、今日は朝から早起きして、由貴を手伝っていた。
だから、眠い。
そして、校長のつまらない話は眠くなるのが常だ。
「おーい、向井」
「なんだ? 宮野」
「そろそろ出発だから、目を覚ませよ」
「わかった」
欠伸を噛み殺し、涙を拭う。
生徒代表の挨拶が終わったようだ。
2年A組の生徒が立ち始めている。
俺らは真ん中だから、もうちょいボンヤリしてよう。
「おい向井、もう俺達の番だぞ」
さっき、A組が出発してたと思うんだが、見間違いか?
「もう出発だから、皆立つんだよ」
そういうことか。
「じゃあ、行くぞ」
担任の先生が声をかけ、進み始める。
「宮野、目的地までどのくらいだ?」
「2時間かからないくらいかな」
2時間といえば、マラソンランナーなんて42.195km走れる距離じゃないか?
「42.195kmも無理」
「お前、なに言ってんだ? そんな長距離なわけがないだろう」
それは安心。
「せいぜい、10kmちょいって所だな」
意外と長く感じる。
「マラソンの4分の1だな」
そう考えれば楽だが、比較対象が大きすぎる。
「俺、そんな運動得意じゃないんだが」
「女子でも余裕なんだから、大丈夫だろう」
俺の体力は女子以下か。
「それに、ペースのゆっくりだからな。まぁでも、早く行きたいんなら、アイツらみたいに追い越してもいいけどな」
前のクラスから追い越していく、強者がいる。
なんのために頑張ってるんだか。
「やめとく、俺はこのペースで十分だ」
「そりゃよかった。最終手段はいらなそうだな」
「最終手段?」
宮野が指した方には、車を運転する先生の姿がある。
………なるほど。
アレは救護車というわけだな。
「アレに乗るのはまだ早い」
「俺も、お前をおぶって歩くのはなちょっとな」
それはちょっとではなく、普通に止めて欲しい。
「ちなみに、目的地はあの山だな」
もしもし、宮野さん。
高い上に遠くて、よく見えませんが。
「頑張れ!」
お前も、ついに脳筋思考になってしまったのか。
「………帰りたい」
「どうしたんですか?」
「遊守か」
いつの間にか、由貴達もここまで来ていたようだ。
君達頑張るね。
ちなみに、輪は論外。
輪は歩くのが面倒だとかで、学校自体休みやがった。
それを報告する俺の身にもなれ。
先生からの視線が痛かったぞ。
歩く時は基本2列になっているが、1人ずつ歩くペースは違うし、どうしても崩れてくる。
なので、途中からクラス関係なく、混ざるのが普通なのだ。
それで、普通は仲良い者同士で行くのだが、なぜ由貴もアメリアもここにいる?
アメリアが、意外に運動できることは今はおいておこう。
由貴も転校してから1年以上経っている。
クラスでも、話している姿を目にする。
1人くらいは仲の良い友達がいると思うのだか。
「由貴、先に行かないのか?」
「どうしてですか?」
なるほど、理解した。
ご足労痛み入ります。
「由貴って学校に友達いるよな?」
「そうですね」
「その友達は?」
「今は別の所にいますよ」
なにを当たり前な、と言いたげだ。
「アメリア、運動得意なんだな」
「運動好きだよ」
俺と同じ、インドア派かと思っていたよ。
由貴は、疲れないから無敵か。
ゲームだとスター音出てそうだな。
「空腹は最大の調味料だよ」
そうだな、美味い飯のために頑張るか。
宮野の言う通り、約2時間。
やっと目的地に到達した。
「やっと着いたー」
辺り一面芝生。
天気はよく、気温は丁度いい。
………昼寝日和だな。
「よし、寝よう」
「お前、腹減らないのか?」
「よし、飯食ってから寝よう」
「恭ちゃーん」
遅れて到着した、香がやって来た。
運動が得意でない彼女は、行きでわざわざ俺の所に来るかとはしなかった。
到着したばかりなのに元気だな。
今は俺の右に宮野、左に由貴その左にアメリアが座っている。
香は宮野と由貴を一瞥して、アメリアの左、俺の目の前に座る。
香にはアメリアことを説明しており、両親から頼まれた、と言うと納得してくれた。
ただ、なぜかそこで
「私もホームステイする」
と、意味不明なことを言い出した。
頭の良い香が、ホームステイの意味をわからないはずがないんだが。
そこは、俺と香の両親の説得で、事なきを得た。
次増えることがあれば、本当に居座りそうで怖い。
「「「「「いただきます」」」」」
俺と由貴とアメリアの弁当は基本的に一緒だ。
おにぎりが食べたかったので、各々の好みの具材を入れてる所が違う。
ちょっと、遠足感出したくてな。
俺は塩と鮭とツナマヨ。
………子供舌と侮るなかれ。
今や、大人から子供まで楽しめる味なのだ。
由貴は鯛、青菜、エビマヨネーズ。
アメリアは梅、おかか、こんぶだ。
皆、変わり種より普通のが好きなようだ。
ちなみに輪は、唐揚げ、牛すじ煮込み、塩豚バラというものだった。
全部、肉。
宮野の弁当も、輪に負けず肉食だ。
唐揚げ、ウイナー、ミートボール、エビフライ。
………見事に茶色い。
彩りは卵焼きとご飯くらいだ。
「宮野、野菜は?」
「これ」
そう言って取り出したのは、野菜ジュースだった。
そういえば、いつも野菜不足とかで毎日飲んでるんだったな。
それで、本当に補えるものなのかね?
香の弁当が1番バランスがいい。
彩りもおかずも。
まぁ、女の子だからか、弁当のサイズは小さいが。
弁当を、ジッと見ていたのに気づいたのか。
「恭ちゃん、食べる?」
香がおかずを箸で挟んだまま、声をかけてくる。
この体勢は、いわゆる「アーン」と言うやつなのか。
………待て待て。
男の夢だといっても、惑わされてはダメだ。
これを甘んじて受け入れてしまっては、由貴からも受け入れなくてはいけなくなるだろう。
そして、その光景を見る周囲の顔を考えると、享受できないな。
「いや、俺は」
香はソッと目を伏せる。
断るくらいで、そんな悲しそうな顔をしないでくれ。
「わかった、食べるから」
「アーン」
「………あーむ。うん、美味い」
「よかった、今日は私が作ったんだ」
腕を上げたな、香よ。
「恭弥さん、私もです。アーン」
そうきますよね。
「食べるから、そう慌てるな。あーむ」
「どうですか?」
「美味しい美味しい」
一緒に作って味見もしてるから、当然美味しい。
毎日のように由貴の料理を食べてるから、舌が肥えてきたかな。
その時の視線がひどく痛かった、とだけ言っておこう。
「そういえば、帰りは?」
「もちろん、来た道を引き返すんだよ」
………ですよね。




