3って何かと都合がいい
ここ最近は、落ち着いた生活を送っている。
香が来るようになって、そろそろ1ヶ月だ。
「香、おはよう」
「恭ちゃん、おはよう」
今では香に起こされずとも、自分で起きている。
最初の方は、なぜか香が来る時間を早めて、わざわざ起こしに来ていたのだが、それだと香に負担がかかるから止めてほしいと言って今に至る。
俺も香が来るより早く起きなくていいから、助かっている。
睡眠は大事だと思うんです。
今日もいつも通りに起きた。
いや、いつもよりは遅いくらいか。
いつもは微かに聞こえるキッチンの音が、目覚ましになっているのだが、今日は聞こえない。
顔を洗いに下りるが、いつも聞こえるキッチンからの音がしない。
キッチンに行ってみるが、香の姿はない。
「珍しく、寝坊かな」
今までこういうことはなかった。
昨日も特に体調に変化はないようだったし、至って健康だったと思う。
この時間に電話するのは迷惑だろうし、メールだけ送って、朝食の準備をする。
「おはようございます」
「なのじゃ」
「おはよう」
2人共、起きてきたようだ。
「あれ?今日は恭弥さんが作るってるんですか?」
「うん、珍しく香が来てないみたいだからさ」
時間もあまりないので、ハムエッグとサラダとパンだ。
洋食の3種の神器だ。
もちろん早い、美味い、安いと3拍子揃っている。
携帯を確認するが、返信はない。
………どうしたんだろうな。
「悪いけど、今日のお昼売店でいいか?」
朝食単体で作ってしまったので、弁当のおかずを作っていないのだ。
「私、今から作りましょうか?」
「………今から作って間に合うか?」
「簡単なものを作りますから、大丈夫だと思いますよ」
「すまん、それなら頼む」
「はい、頼まれました」
久しぶりに弁当を作るからか、気合いが入っている。
じゃあ、先に朝食を食べてしまおう。
輪は先にモソモソと口を動かしている。
おーい、目が閉じてるぞ。
「恭弥さん、できました」
「ありがとう」
「朝食は食べたか?」
「もちろんです。恭弥さんが作った物を、私が残すわけがありません」
お粗末様です。
それは、作ったかいがありました。
「じゃあ、学校に向かおう」
「はい!」
「………」
「おい、輪早くしないと置いてくぞ?」
「わ………ワシは起きてるじょ」
それどう考えても、寝てたやつの言い訳だぞ。
「由貴、輪は無視していいから行くぞ」
「わかりました」
「お主、それはヒドいのではないか?」
置いてかれたくなければ、さっさと準備することだ。
「「いってきます」」
「お主らー」
◯月◯日
今日も輪は元気です。
学校に着いたが、まだ香は来てないようだ。
………寝坊?
香が寝坊したのなんて見たことないが。
授業が始まるが、香は学校に来なかった。
昼休み、2人は先に屋上に行くように言って、1人で職員室に向かう。
「失礼します」
職員室に入り、担任の加賀先生の下に向かう。
外見は美人だか、内面が強面という噂だ。
いわゆる、ギャップ萌えってやつか。
「どうした、向井」
こ………心を詠まれたか?
いや、どこぞの幽霊じゃあるまいし、それはないか。
「香………いや、福田のことなんですけど、なにか知りませんか?」
「休みの理由なら………風邪だぞ」
「 そういう、個人情報って言っていいものなんですね」
「ん? 別に住所みたいに特定できるものではないからな」
そういうことですか。
「お前、今日行くんだろう?」
「えぇ、まぁ」
「それなら、さっさと治せって言っとけ」
「わかりました」
……… 香との関係言ったっけ?
「不思議か?」
「なにがです?」
「福田のと関係を知っていることだ」
「まぁ、ちょっと」
なぜ、わかった?
「そんな顔してたぞ」
思わず、手で顔を触る。
それを見て、加賀先生はニヤリとした顔をしている。
「お前は、自分が色々噂になってることを知らないんだな」
………噂?
なにか変なことしたか?
由貴や輪のことは表には言ってないし、香との関係は特に変化していないが。
「まぁいい。さっさと行け。昼休み終わるぞ」
「ありがとうございます」
噂の真相はわからずじまいで、職員室を後にする。
それにしても、香が風邪とは珍しい。
バカは風邪を引かないと言うが、そういう意味では頭のいい香が風邪を引いても当然か。
逆に今まで引いてないのが、珍しいくらいか。
風邪引いたのは、俺の家のことが負担になっていたからだろう。
帰りにお見舞い行かないとな。
放課後、2人には先に帰るように伝えて香の家に向かう。
「ピーン、ポーン………」
「あら、恭弥くん久しぶり」
「おばさん、久しぶりです」
おばさんとは言っているが、香の姉といっても遜色ない程若く見える。
「高校入ってから全然遊びに来てくれないから、おばさん淋しい」
その淋しさは旦那さんに埋めてもらってください。
俺には荷が重いです。
「香が風邪引いたって聞いて」
「わざわざ、ありがとうね」
「………すみません」
「どうして謝るの?」
「たぶん、家のこととか色々任せちゃったからだと思うんです」
「それは関係ないと思うけど、香も嬉しそうだったから」
香が嫌々やっているわけじゃなくて、少し安心した。
「これ、香の好きなやつとか買ってきました」
「ありがとう………そうだ、香に会ってくる?」
「………寝てるんじゃ」
「さっき起きたから、まだ起きてると思うわよ」
「わかりました。じゃあ、ちょっと行ってきます」
「行ってらっしゃーい」
体調悪い娘の部屋に、男を入れてもいいものなのか?
昔はよく来ていたから、香の部屋も覚えている。
階段上がって、すぐの部屋だ。
「………トン、トン。香、起きてるか?」
「え! 恭ちゃん⁉︎」
ドアの向こう側でドタバタ音がしているんだが、大丈夫か?
ベットから落ちてないといいが。
「あの………どうぞ」
ようやく落ち着いたのか、ドアを開けてくる。
「おじゃま………します」
「私………お茶持って来る」
ドア開けて、そのまま飛び出しそうになった所を止める。
「病人は寝てろ」
そのまま、ベットに案内する。
「………大丈夫か?」
「うん、大したことはないけど、お母さんが今日は休めって」
「よかった」
「………心配してくれたの?」
「まぁ、俺のせいだからな」
「恭ちゃんのせいじゃないよ。これは私のせいなの」
「いや、お前のせいではないだろう」
「うぅん、私のせい。私が張り切って頑張りすぎちゃっただけ」
こういうところは強情だ。
昔とちっとも変わらない。
「ごめんな、俺のせいで」
「だから、恭ちゃんのせいじゃないよ。これ以上言ったら怒るよ」
今回も俺の負けですか。
「私は謝られるよりもお礼言われた方が嬉しいよ」
「そうだな………ありがとう」
「………うん」
「お2人共、いい雰囲気のところごめんね」
音も立てずに、ドアを開けておばさんが入ってくる。
もしかして、聞いていたのか?
「お………お母さん」
「これ、恭弥くんに」
そう言って、差し出されたのは皿にのったバームクーヘンだ。
「ありがとうございます」
「美味しそう」
「香はこっち」
俺が買ってきた果物だろうか、ヨーグルトに果物を混ぜたもののようだ。
「私もバームクーヘンが食べたい」
「また、今度ね。じゃあ、恭弥くんごゆっくり」
また、音も立てずに出て行った。
………忍び足とかいうレベルじゃないぞ。
「そうだ、家のことなんだけど、ひとまず香は来なくていいから」
「………私迷惑?」
「そうじゃなくて、香に負担かけてただろう?」
「そんなことないよ」
「そんなことある。だから、今こうしてるんだからな」
ここは譲るわけにはいかない。
「だから、まずは完全に体調を戻してくれ」
「………わかった」
納得してくれたようで、よかった。
「恭ちゃんが譲らない時って、他人のためだもんね」
………そうだろうか。
そんなこと考えたこともなかったけど
「気のせいだろう」
「気のせいじゃないよ、それとこの前の約束」
「約束?」
なにか約束してたか?
「買い物!」
「あー」
そういえば、してたな。
「元気になったら、買い物につれて行って」
「………わかったよ」
元々、約束してたことだからな。
そのくらいなら別にいいか。
その頃、家では
「恭弥遅いのー」
「………そうですね」
「………ズズズズ」




