押しかけ女房?
「私も明日からご飯作りに来るー」
………なんで?
「いや、わざわざ大変だろう?」
「大丈夫だよ」
「おばさんに聞いたのか?」
「お母さんはたぶん、いいって言ってくれると思うよ」
香の決心は固いようだ。
ただ、おばさんはよくても、おじさんに殺されると思うんだよな。
「まずは、おばさんに聞いてみたら?」
「わかった、聞いてくるね」
携帯を持ってきてなかったのか、慌てて出て行った。
………大丈夫か?
「………恭弥さん、いいんですか?」
「いいもなにも、もう香の中では決定のようだし」
その後には、言っても無駄だろう、というのが付くのだ。
ああなると、香は人の話を聞かないからな。
「………恭弥さんが決めたことなら、いいんですが」
いいけど、別に決めたわけじゃない。
そもそも、選択肢がないんだから。
「………輪は何も言わないんだな?」
さっきから、ずっと黙々とご飯を食べている。
「ワシか?ワシは別にお主がよければ何も文句はないぞ」
左様でございますか。
だがその言葉、全部俺に押しつけると聞こえるんだがな。
………なんで、こうも面倒を背負い込むのかな。
「恭ちゃん、ただいま」
「おかえり」
なぜ、おかえりの言葉にそんな嬉しそうなだ?
「お母さん、いいって」
「よかったな」
「うん、だから明日朝から来るね」
「………うん?」
「だから、明日の朝から来るね」
………なんで?
「朝から来るんですか?」
「そうだよ、元々恭ちゃんを起こすのは私の役目だからね」
そんな役目に任じた覚えはないぞ。
「それだと、香さん大変じゃないですか?今は私達もいますし大丈夫ですよ?」
要約すると、由貴は来なくていいんですよと言っているようだ。
「ううん、由貴ちゃんもいつも大変だろうから大丈夫だよ」
「いえいえ、私の方が大丈夫ですよ」
「いや、私の方が………」
「私が………」
……… なんか、2人が言い合いを始めたぞ。
「よいのか?」
「いいんじゃないか?」
とりあえず、2人が気の済むまで放っておこう。
もうちょっと、かかりそうだからな。
俺はひとまず、使った食器を洗い始める。
輪はお腹一杯になったのか、船を漕ぎ始めたようだ。
こういう所は相応だな。
そのままだと風邪引くぞ。
仕方ない、先に輪を部屋に連れて行く。
離れた部屋まで聞こえるくらいには、大きな声でまだやっているようだ。
「………ドタドタドタドタ」
なぜか、2人が部屋に突撃してきた。
「恭ちゃん!」
「恭弥さん!」
「………ハイ?」
「「どっちにするの?(ですか?)」」
「とりあえず、2人共静かに。輪が寝てるから」
質問の意図はわからないが、さすがにこの声だと輪が起きてしまうだろう。
布団には寝かせたから、部屋を後にリビングに戻る。
2人はさっきの注意を受けてか、静かに後ろをついてくる。
「………で、なんだって?」
「ご飯の件だよ」
そんなことで、未だに言い争っていたんだな。
だが、どうしよう。
別にどっちが作ってもいいんだが、それでれ2人が納得しないのだろう。
いっそのこと、2人でもいいんじゃないかと思ったが、それは効率が悪い。
それなら、朝昼と夜の2つに分けた方がいいだろう。
香はおばさんから許可を得たようだし、最近は由貴にずっと早起きしてもらっていたからな
ここは朝昼→香、夜→由貴の方が無難かな。
してももらってる側で何様かと思うが。
「えっと、ひとまず朝昼は香、夜は由貴でいいか?」
香はあからさまに嬉しそうに、由貴は落ちこんでいる。
………なにか悪いことしたかな?
「じゃあ、明日から頑張るね」
「ちょっと、待て。これ家の鍵」
なぜか、鍵を貰って嬉しそうにしている。
……… 香って鍵好きだったか?
「無理はするなよ」
「大丈夫だよ」
大丈夫ならいいんだが。
それだけ言って、また家に帰って行った。
早いな。
ちなみに、食器はちゃんと流しまで持って行ってくれている。
「………私は、いりませんか?」
由貴ななぜか、声まで沈んでいる。
霊だからか、背後に何か黒いのが見えるぞ。
「………いや、由貴にはいつもお世話になってるよ。ただ、食事だけじゃなく、家事全般してもらってるからさ、ここは香の好意に甘えようかとね」
「そう………だったんですね。私のために………」
香は香で申し訳なく思っているが、ここは折衷案ということで受け取ってくれ。
「恭弥さんの好意というなら仕方ありませんね」
いや、俺じゃなくて香………。
まぁ、納得してくれるならいいか。
香には後で謝っておこう。
「そういえば、2人共仲悪かったか?」
「そうですね、仲をどうこう言う程の関係ではなかったです」
この前、買い物行ったのはなんだったんだ。
「それに………」
「それに?」
「いえ、あの人は………なんでもないです」
なんでもないなら、これ以上聞くのは止めておこう。
「そうか………じゃあ、俺食器洗ってるから先にお風呂入ったら?」
「ありがとうございます、お先にいただきますね」
………行ったか。
これで、やっと1人だな。
「ハァー………」
疲れた。
明日から、朝から香が来るだろうし、早く起きなくては。
どこぞの主人公があるまいし、朝からラッキースケベ的展開は御免被りたい。
お風呂に入ったら、さっさと寝てしまおう。
うん、そうしよう。
その方がいい。
そうと決まれば………危ない危ない。
このままだと、お風呂イベントに突入してしまうところだった。
そんなところで、俺の些細な幸運値を使用するわけにはいかない。
そういうわけで、由貴が上がるのを部屋で待つとしよう。
「………チャプ、チャプ」
幽霊でも、お風呂って気持ちよく感じるものなんですね。
たぶん、汚れや匂いは付いたりしないんでしょうが、そこは女の子なので身だしなみは大事なんです。
それにしても、恭弥さんはどうしましょう。
私のためと言われるとありがたいですし、断れないのですが。
………うーん。
幼馴染の香ちゃんは私よりずっと長く恭弥さんを見てきているのでしょう。
でも、時間は問題ではないです。
例え、私と恭弥さんが過ごした時間が短くても、幽霊だとしても関係ありません。
私は他人から見たら同居している従姉妹ですから、そのアドバンテージを利用しないといけません。
例え幼馴染だろうと負けるわけにはいかないのです。
そう思い、力強く拳を握る。
「お母さん、明日から朝から恭ちゃん家に行くね」
「恭弥君はいいって?」
「うん!」
「そう、なら頑張ってきなさい」
恭ちゃん家の冷蔵庫は確認したし、明日何作ろうかな。
お弁当は………。
恭ちゃんはいつも早く起きるからな、そのためにも早く行かないと。
最近の分も取り返さないないと。
よーし、明日から頑張るぞー。
そう意気込んで、恭ちゃんから貰った鍵を握りしめる。
「早く、明日にならないかな」




