綺麗な花には棘がある
ハッと目を覚ます。
………今のは夢か?
すると、横にいた輪が
「夢ではないと思うぞ。その証拠に腕を見てみい」
腕を見ると、ナイフで切られたような跡がある。
慌てて、身体を起こす。
「そういやどうなった!?」
「犯人は無事逮捕です」
由貴が声をかけてくる。
「お主以外、怪我人は0じゃ」
………そうか、よかった。
俺は救うことができたんだな。
「そういえば、あの後どうしたんだ?」
「お主は揉みあいになった犯人にナイフで切られたが、警官に取り押さえられた。まあ、お主は安心したのか気絶したのだがな」
あんまり必死だったから覚えてない。
「驚きましたよ! それに、そちらもデートしてたのですか?」
「ああ………まあな」
それよりもだ。
「輪、お前あの時なにしたんだ?」
「なんじゃ?」
「とぼけるな!」
「突然大声を出さないでください。ここは病院ですよ?」
………そうだったのか。
でも今は、由貴の言葉を無視する。
もちろん、声は抑えるが。
「お前があの時何かしたから、捕まえられたんだろう?」
「ワシを買ってくれているのか?」
「………普通なら、あんな風にうまくいくはずがない。一直線に向かった俺がああも簡単に男を気絶させられるはずがないんだ」
「別に悪いことをしたわけではないのだから‥‥‥」
由貴が俺を諌めようとする。
「………それで、どうなんだ?」
「………やりはしたが、そんな大袈裟なものではない」
やっぱしてんじゃねーか。
「ワシは話しただけじゃ」
………はい?
「ワシは中の奴と話をした。ただそれだけじゃ」
「話すって‥‥‥お前ずっと俺の側でじっとしていただろう」
「テレパシー?のようなもので話すから、外からはわからん。話す時はそちらに集中しなくてはならんからな、それで金髪の動きが鈍ったのじゃ」
こいつの言うことには何度も驚かされてきたが、本当にそれだけだったとは。
こいつが、なにを話したのか気になるところではあるが‥‥‥まだ話は終わっていない。
「………まだ説明してないことがあるよな?」
「………なにをですか?」
「霊にとり憑かれると生命力を吸われ、いずれ死ぬという話だ」
「その話は私も聞いていません」
2人で輪を凝視し、圧力を掛ける。
「前にも言ったが、言う必要がなかったからじゃ」
そういえば、そう言っていたな。
「なぜなら、お主は生命力を吸われてはいないからじゃ」
‥‥‥矛盾してないか?
「いや、正確には途中から」
「わかるように説明してください」
左に同じく。
「それは、お主が由貴に憑かれてすぐ、ワシに出会ったからじゃ」
「それがなんで‥‥‥」
「お主はワシの共鳴者じゃ」
それは聞いた
「由貴の未練を聞いた時、こちらで人間となるために身体が必要だと思いたった」
なるほどね。
「そして、こちらに存在している身体のある者が生命力を吸い取っては不味いと思い、切り離した」
………ん?
「いちいち、茶々をいれるでない!」
「‥‥‥いや、ちょっと待て! 切り離したってことは、俺は由貴に憑かれてないんじゃ‥‥‥」
俺の役目も終わったんだなと思ったのも束の間
「残念じゃが‥‥‥」
そう言って、首を左右に振る。
「なんですか、人を背後霊みたいに」
いや、そのまんまじゃないか。
………自覚なかったんだな。
「………違うのか?」
「切り離したのは、生命力が流れる部分だけじゃ」
「単刀直入に訊くが、とり憑かれた人間と、とり憑いた霊を切り離すことはできないのか?」
「それができたら。最初からやっておる」
………まぁ、そうだよな。
それじゃあ、やっぱり成仏させるしかないのか。
「なにを。そんな残念そうな顔をしてるのですか?」
「そんなこと‥‥‥ないぞ」
慌てて、顔を背ける。
「そういえばお主、大事なことを忘れておらんか?」
まだ、他に大事なことがあったか?
「あったぞ、一番重要といっても過言ではないものが!」
「そうなのですか?」
‥‥‥そんな大事なことが‥‥‥思い出せない。
忘れているということは大したことないんだな、きっと。
「俺が忘れている一番大事なことってなんなんだ?」
「それは‥‥‥」
「それは?」
「ワシとの子作りじゃ!」
………。
大したことあった!
いや、俺にとっては大したことないが、覚えられていることがマズイな。
「それは一番必要ない。それに結局、関係なかっただろ」
「お主は、なんでもすると言ったじゃろう」
「なんでもと言ってもそれは違う。その上なんでもすると言ったのは、あの状況下でだ」
残念だったな、あの状況下だったらよかったのにな。
とりあえず、ここはなんとしても死守せねば。
「お主、男じゃろう。男のくせに、二言も三言も言いおって」
「男のくせに諦めが悪いですよ」
………いや、男は諦めが悪い生き物だと思うぞ。
それに、そもそも諦める必要がない。
諦めるのは俺じゃなくて、輪の方だろう。
「輪、大人しく諦めろ!」
「嫌じゃ! なぜ言いたい放題のお主が妥協せぬのに、ワシがせねばならんのじゃ」
お前も結構言いたい放題じゃねーか。
「なら、ワシの言うことを1つ聞け!」
「聞くだけなら構わない」
「望みを叶えよ」
‥‥‥またこれか。
流石に同じ手は二度も喰わないだろうし。
「ちなみに言うことを聞くと‥‥‥」
「それじゃあ‥‥‥」
「まだ言い終わってない!」
というか、既に考えていたのか。
用意周到なやつだな。
「もし、聞くとすると何を望むんだ?」
「‥‥‥うーむ、もう1度デートを所望する」
‥‥‥意外だな。
もっと難問を突き付けてくると思った。
今日そんなに楽しかったのか?
「いや、今日はお主がダレておったからの」
それで‥‥‥。
「そういうことなら別に構わないが」
今日は正直わるいと思ってたし、まぁ素でもあのテンションにはついていけないが。
「それじゃあ、交渉成立じゃな!」
………まあ、いいか。
子を為すとか言われるより全然マシだな。
この場に及んで、また無理難題を突き付けてくると思ったが、一安心か。
これ以上、問題を増やされても面倒なので話を逸らす。
「そういえば、由貴の方はどうだったんだ?」
途中から、輪についていくので精一杯だったため、尾行はしていたがよく観察をしていなかった。
「私は‥‥‥楽しかったですよ」
‥‥‥?
なら、なんでそんな顔をしてるんだ?
楽しかったと言うわりに、そこまで嬉しそうな顔もしていない。
「キャプテンのこと‥‥‥どうだった?」
「どう‥‥‥、どうにもなりませんでした。そのため断ってきました」
‥‥‥どうにも?
断ってって、交際をだよな。
………いい雰囲気のように見えたんだが。
まぁ、色々あるんだろう。
「そうか‥‥‥ということは、また相手探しからか」
「いえ、その必要はありません」
‥‥‥ということは
「気になる相手が見つかったのか?」
「はい!」
由貴は満面の笑みで答える。
それはよかった。
………これだけ笑えるのなら大丈夫かな?
「どこで見つけたんだ?」
「街で!」
………こいつが気になるような奴がいたか?
よく観察してない上に、俺は由貴じゃないからわからないな。
同性から見たのと、異性から見たのは違うと言うし。
「それでどこのどいつだ、それは」
「ここのこいつ、です」
俺の方に指を差しているように見える。
振り向くが、後ろには誰にもいない。
「後ろには誰もいませんよ?」
立っている位置をズラしてみるが‥‥‥、指は俺の方向とピタイチずれない。
やっと事実を理解し、ビックリして自分を指差す。
「‥‥‥俺‥‥‥ですか?」
「はい!」
さっきと同じ笑顔で答える。
……… いやいやいやいや、 それはないでしょう。
ザ・平凡を絵に描いたような俺が?
………ないない、それはないでしょう。
さっきのことも含め、まだ頭の整理が追いついていないようだ。
「………気になっているんであって、好きではないんだろう?」
「いえ、好きだと思いますよ」
グハッ………。
京介に2000のダメージ。
さて、ここで2度あることは3度あるか。
それとも、3度目の正直か。
さて、どっちだ!
「………由貴さんが好きになっているのは俺である。ふ………ファイナルアンサー?」
「ファイナルアンサーです」
………ドゥルドゥン………。
………えーっと、テレフォン使ってもいいかな?
京介選手ここで無念のリタイアです。
「………輪、いいのか?」
「なにがじゃ?」
「由貴が俺のこと気になると‥‥‥」
口に出して言ったからか、由貴が顔を赤くする。
その顔を見て、今更ながら自分も照れて顔を伏せる。
「男なら女の1人や2人、3人や4人背負いこむ甲斐性をもて」
いや途中から、どう考えても数がおかしいぞ。
そもそも、この国では重婚は認められていません。
それは倫理的にアウトです。
他の人は知らんが‥‥‥、それに俺はそんな器用ではないし。
古い人間というか、相手に失礼なそんなことはできない。
………まぁ俺の場合、相手は人間じゃないんだが。
「お主が、ワシら2人を幸せにすればそれで問題ないじゃろう」
問題大ありだ!
それに幸せって‥‥‥、当初の目的から離れてんじゃねえか。
「そんなことはないぞ。幸せにすることが、成仏することにも子作りにも繋がる」
余計にややこしくなってきた。
「両手に花じゃな」
花は花でも毒を持ったヤツだがな。
正しくは、両手に霊か。
とりあえず、辞書に載るように打診してみるか。
「失敬な!」
いや、既に毒が身体に回った状態か。
………既に末期だな。
さてさて、俺1人でできることになったとはいえ、どうしたもんかね。




