94 逃げられない
続きです。
僕が呆けているいる間にも女の子は勢い良く大空へと羽ばたき、みるみるうちに見えなくなっていく。そして、飛び立つ瞬間にちらりと盗み見たステータスによってさっきまで感じていた恐怖は忘れてしまった。
「魔人ってあんなにデタラメなのか……」
人間や魔物は身体の自己修復は出来ても、最初から無かった機能を欲しいままに作り出すことは出来ない。もし欲しいと思っても長い年月をかけてゆっくりと進化していく必要がある。機械の部品のように取り外しが出来るなら話は変わるけど、そうなるともはや生物の枠を超えている。
元々背中に最初からあって収納していただけなら、そういう種族だと思って納得したかもしれないけど、全裸だった女の子の背中には確かに何も無かった。それなのにあの女の子は立ち上がるその一瞬で元々無かった翼を生やした。
魔人は単に翼や尻尾が生えるだけだと思っていたものが、自分の思った以上の可能性を秘めていた事に嬉しくなりつつ、ふとさっきの女の子の素性を考える。確かレベルがはてなマーク四つってことは少なくとも千はいってるから……
「ひょっとして、あの子がラスボスだったりして」
『ギャオォォォォ』
「……とりあえず逃げよ」
遠くから響いてくる破壊音やら何かの叫び声に聞こえないふりをしながら、一回死んだ事によって強制送還されていた黒豆を再び召喚し、最初の予定だった安全地帯の確保ために行動を開始する。早く人が住んでいるような文明的な場所に帰りたいけど、まずここが何処なのかも分からないのではどうしようもない。それに、ここの場所に生息する魔物達のレベルがあの子の程では無いと思いたいが未知数なので、ある程度把握してからの方が今後の方針も決めやすい。まぁ、それを決めたり考えるのは何故か僕じゃなくて黒豆がするんだけどね。
ちなみに僕が別に提案したレベル上げ大作戦は却下されました。
『ちょっと私の話し聞いてるの?』
「ちゃんと聞いてるよ」
それから拠点探しのために僕のいた湖面から二時間程歩いた距離にある、何もかもが巨大に成長した壮大なジャングルの中を探索していた。そこまでの移動中に何度か僕よりレベルの高い魔物と遭遇して緊張したけど、黒豆の擬態によって見つかることはなかった。それが一度だけでなく二度三度と続くと弱気になっていた黒豆も自信を取り戻し、今度あったらあの女しめてやるぐらいにまで回復した。本当に黒豆様様である。だから念話でしか話せない黒豆から危機感が足りないとか、見た目に騙されてるとかありがたい小言を沢山頂戴しても何とも思わない。
でも確かに僕の不注意で残機は減ってしまったけど、どの道結果は変わらない気がするんだよね。
『もう、今は目の前の事に集中してよね。それに拠点さえ見つかれば、太陽の言ってた作戦も考えてあげるから』
「本当に?」
『本当に』
「やった。テンション上がってきた」
『やっぱり今の太陽はちょっと変だよ? あの女に何かされたんじゃ――』
「何もされてな……い」
調子を取り戻した黒豆と何時ものように雑談しながら探索していると突然、バキバキと木の枝やらをへし折りながら前方に見覚えのある女の子が降ってきた。あれぇおかしいな、僕今擬態しているはずなんだけどなぁ。何でこっちに向かってくるのかなぁ……
「なんで逃げるの?」
どうやら僕はラスボスからは逃げられないらしい。
もう6月も終わりか。




