92 強烈な出会い
続きです。
「お……おきて……起きてよ太陽」
「うーん、もう朝なの?」
「もう、寝ぼけている場合じゃないんだから」
幼さを残す少女の小さな声とぺちぺちと頬に軽い衝撃を感じて目を覚ます。目を開けるとすぐ近くに人間の姿になった黒豆の可愛い顔があり、僕と同じ黒髪黒目で何故か和服を着た少女は、仰向けに寝ていた僕の腹の上に跨り覗き込むような姿勢でいた。そして僕が目を覚ましたと分かると嬉しそうに表情を緩める顔は近さも相まって不覚にもドキリとさせられた。
「な、何を……」
「しー、静かにして。ここはちょっとやばいから」
僕が慌てて起き上がろうとするのを黒豆の小さな手が拒み、静かにと口元に人差し指を立てながら辺りをキョロキョロと見渡す。その真剣な様子を見て、僕はようやく自分がどうなったかを思い出す。
「ここは?」
「えっとね――」
黒豆が言うには僕達が落ちた穴はかなり深く、最初は守りきれないと諦めていたが下には地下水脈があったみたいで事無きを得たそうだ。それから気絶した僕を連れて地上に戻るのが無理だと思った黒豆は、僕が起きるまで待っていようとしたみたいだが、地下水脈が何処かに流れているのに気づいて、もしかしたら地上に出られるかもと流れに身を任せたらしい。結果、地下水脈は湖に繋がっていたみたいで、そこから運良く地上に戻ることができたそうだ。
「ありがとう黒豆。助かったよ」
「安心するのはまだ早いよ、太陽。この辺り今までにないぐらいに瘴気の濃度が高いの」
「それって魔物のレベルが高いってことだよね?」
「うん。多分、私や太陽が手も足も出ないような魔物が、ごろごろいると思うの。いざとなったら私が囮になって太陽が逃げる時間を稼ぐけど、あまりあてにならないかも」
黒豆が申し訳なさそうに言うのを聞いて、僕は背中に変な汗をかく。黒豆の見た目は弱そうだけど本当はかなり強い。実際に今まで遭遇した魔物は黒豆1人でも余裕を持って倒せていた。そのおかげで僕のレベルはあんまり上がらなかったけど、黒豆のレベルは50を超えている。そんな黒豆が戦う前から弱気になるなんて初めての事だ。
と言う事はつまりこの辺りの魔物は少なくとも黒豆のレベル以上の存在ってことになる。
「だから早く安全な場所を探しに行こう。私が擬態して匂いや気配を誤魔化すから、太陽はなるべく音を立てずに移動して欲しいの」
「う、うん。やってみるよ」
「よし、じゃ早速行こ――ッ! やばいのが来てる!!」
「えっ」
僕達が湖面近くから移動しようと立ち上がった瞬間、空から何かが降ってきた。それはドボォンと音を立てて勢いよく湖に落ち水飛沫を上げる。
「何が……」
あまりに突然の事で呆然と湖を見ると、背中に大きな翼を生やした女の子と目があった。
「あ、ごめんなさい」
僕は顔が赤くなっている事を自覚しながら咄嗟に謝罪して目をそらす。だって、初雪のような白い肌に純白な髪を腰まで伸ばした彼女が全裸だったから。
何でこんな所に獣人の女の子がと疑問を抱いた時、黒豆の悲痛な叫びが聞こえた。
「ごふ……」
何がと言葉を返そうとして口から溢れてきたのは真っ赤な血だった。
「お姉ちゃんを傷つける人間は許さない」
最後に僕が見たのは二本の角を額に生やした1人の鬼の姿だった。
鏡太陽 残機2
窓から眺める雨は割と好き。




