88 別れ
またまた遅くなりました。続きです。
「何を言って……」
魔王。その言葉で頭に上っていた血が引いて冷静になっていく。
「お前はこの子が魔物化した姿を見た時から懸念を抱いていた。そして元から人間では無い事を知って、それは更に強くなっていった。もしかしたら、エミルは魔王に至るかもしれない存在だと」
「……」
悔しいが言う通りだ。口に出したことはないがエミルを知っている俺やマリ、ミサキ達ですら一度は脳裏をよぎっただろう。何せ神からの忠告に出てきたキーワードなのだから。
「これは我々転生者ならば誰しもが考えるだろう。そして、それは正しい」
「--ッ!」
「結局じぃーくはさ、エミルちゃんの事を本当の意味では愛していなかったんだよ。だって、たった一つの真実だけで、揺らいじゃう程度のものなんだから。前世の彼氏彼女みたいな感覚だったんでしょ。それに無意識だとしても、心までも破壊しようとするじぃーくは最低で屑だよね」
「きっともう少し踏み込んでいたら、エミルの抱える苦痛を一欠けらでも知る事が出来たはずだわ。けれど、貴方は踏み込まなかった。魔王である可能性を僅かでも否定したいがために」
二人の女は俺の内心を見透かしたかのように、嘲笑う。そんなもので彼女を愛しているのかと、何も分かっていないと。
「我々は本来なら、手を出さないつもりでいた。だが、今この子を放置すればそう遠くない未来に自我を失い、魔王に至る可能性が高くなった。お前のせいでな」
「俺の……せい?」
言っている意味が分からず困惑したが、次に発せられた言葉で愕然とした。
「そうだ。お前が幸福と言う名の毒を与え続けるせいで、この子は壊れかけている」
幸福が毒……頭を鈍器で殴られたかのような感覚だった。
「う、噓だ……」
「噓だと思うなら、確かめてみたらどうだ?」
白い面を付けた男は拘束されて動けない俺の目の前まで歩み寄ると、肩に担いでいたエミルを地面にそっと降ろす。降ろされたエミルは二本足で立っている事すら出来ないのか、糸の切れた操り人形のようにその場にへたり込んでしまう。
「エミル」
俺は俯いて顔をが見えないエミルに少しでも近づこうと、自らの両膝を地面につけて優しく声をかける。
「いやぁぁぁ!!」
「教えてくれ、エミル」
「いや、もういや!」
けれど、小さな子供が駄々をこねるように首を横に振って拒絶し、俺の言葉をかき消すように声をあげる。
弱々しく抵抗するエミルは記憶にある姿とは程遠く、罪悪感に押しつぶされそうになるが、今の姿が俺の犯した過ちならば自覚しなければならない。
「エミル」
「いやなのぉぉ!!
「えみーーぐっ!」
拳を強く握りしめ何度も何度も呼びかけいると、いきなり何かに首を掴まれ息が詰まる。
「……ねぇ。私を傷付けるのは誰? あなた?」
さっきまでとは打って変わって、底冷えするような声が聞こえてくる。感情の無い無機質な声はエミルでもユミルでもなかった。
けれど、息苦しさや疑問などは何時の間にか俯いていた顔を上げたエミルを見て、どうでも良くなった。
何故なら、僅かに頬を血で赤く染め、光を映さない瞳で俺を見つめているエミルが、泣いていたから。
作りものめいたシミ一つない真っ白な肌を化粧し、ぽろぽろと大粒の涙が零れ落ちる姿に、何もかもを忘れてしまった。
そして、涙を拭おうと無意識に手を伸ばそうとして我に返った。
「もしこの子が人間によって完全に壊されたら、この化物はきっと許さない。お前一人で済めばいいが、最悪の場合人類に仇なす脅威と成り得る」
様子を見ていた男が手を振るうと、首を絞めつけていた物が霧散して消えた。
「この子を思うなら、何もかもを忘れて関わるな。今のお前では毒でしかないのだから」
いつからだろう、エミルの隣を並んで歩みたいと思うようになったのは。どうすれば俺だけに微笑んでくれるのかと考え始めたのは。
そうして気付いたら、エミルを深く知るのが怖くなっていた。知れば知る程に自分がエミルにとって必要な存在で無いと、取るに足らない人物だと自覚するのが嫌だった。
いつかは俺を置いて何処かに行ってしまうような気がした。
だから俺が唯一エミルを繫ぎ止めれるもの、幸福を与えて楔にした。
結局全ては自分のエゴだと理解して目を逸らして、都合のいいものだけを見ようとして、一番大切な人を泣かせしまった。
こいつらの言う通り俺は……
「やめて! 私は、俺はこんなつもりは……違う。違う、違う!!」
「……これ以上の長居は無用か。じゃあな、健一」
『座標転移』
最後に男は懐かしい呼び名を残して、エミルと一緒に姿を消した。
これにて二章終了。
三章に入る前に今までの登場人物のまとめを作ろうと思います。




