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87 沈む心

遅くなりました。

あの子を殺して奪えばいい。そうすれば苦痛から解放と考えることがあった。けれど、その度に俺の願いは絶対に叶わないのだと自覚する。


だから見ないように気付かないように、あの子のためだと偽って逃げてきた。


きっとあの子が知ったら俺に全てを譲るだろう。抗う事も、嘆く事もせずに全てを俺に委ねる。


それが堪らなく気に障る。あらゆる可能性が詰まっているのに、俺の欲しいモノを全部持っているのに、未来があるのに。


憤怒、嫉妬、羨望。あの子に抱く、ぐちゃぐちゃに混ざった醜い感情が溢れ出す。


身勝手で無い物ねだりのエゴイスト。そんな自分が大嫌い。


ちょっとした拍子で開いた蓋はもう閉じれない。




知られたくなかった――知って欲しかった。


違う――違わない。


見ないで――見て。


消さないで――消して。




嘘と本音が混ざりあう。




「エミルッ!!」



もうこれ以上私を苦しめないで。




ブラン達二人から聞きつけた広場は襲撃があったと言うのに不自然に人がおらず閑散としていた。不気味に思いながらも辺りを見渡すと、ここで戦いがあったのだと直ぐに分かった。


あちこちに魔法がつけた爪痕が見えたのだ。石畳の一部が未だに燃え、凍り、放電している。それは中心に向かうほど酷かった。そこにいるのか? 散々走って息も上がっているがはやる気持ちを抑えられなかった。


中心はもはや別次元だった。大きなクレーターが出来上がっており地面の殆どが焼け焦げていた。しかも所々がまだ赤熱し融解している。その第一級魔法でも放ったかのような惨状に足が竦んだ。


再び辺りを見渡すと中心にエミルでは無い誰かが見える。そいつは何かを担いでいた。


まさか……。最悪の状況を仮定しながらユニーク魔法で両手に武器を創造し、近づく。一歩また一歩と距離が縮むほどに微かな血の匂いが鼻につき、何かの残骸が散らばっているのが目に入る。


そしてそれが何か分かった途端にドクンと心臓が波打つ。


ふぅ、大丈夫だ、落ち着け。深呼吸をしろ。まだ決まった訳じゃない。


相手も近づく俺に気付いたのかこちらを向いた。そいつは先程俺達を足止めしていた男が着ていたのと同じ黒色のローブで全身を覆い、真っ白な仮面をつけていた。こいつも奴等の仲間か。


奴は俺を見て何を思ったのか戦闘態勢には入らず、担いでいる物を強調するように揺らした。


「エミルッ!」


それは全身を布に包まれており、顔が血で汚れているが間違いなくエミルだった。くそっ、自分の不甲斐なさに奥歯を噛み締める。


診断(ディアノーズ)


急いでメリダさんに教えて貰った魔法をエミルに使う。距離はまだ離れているために僅かしか調べられないが、居ても立っても居られなかった。どうか軽傷であってくれ。


けれど、その願いも虚しく結果は最悪だった。両腕の欠損に下半身の火傷、今までにないほどに重傷だった。


次こそはと言って、一体何度失敗すれば良いんだ俺は!!


「エミルッ!」

「いやぁぁぁ!!」


先程から何度か呼びかけてみたが激しく拒絶するだけで聞く耳を持たないエミルを見て、全身が沸騰したように熱くなる。こいつが何かしやがったのか。射殺さんばかりにエミルを担いでいる仮面付きを睨み付ける。


「エミルに何をしたっ!」

「何もしていない。少し会話をしただけだ」

「噓をつくな!」


会話だけでエミルが錯乱するわけないだろ。


「やはりお前はこの子の事を何も分かっていない」

「御託はもう沢山だ。エミルを返してもらうぞ! 『焔之刀』!!」

「いいから話しを聞いときなよ、じぃーく」

「ーーッ!」


突然耳元に響く女の声に反応して周囲をきりつけてみるも手ごたえはなく、気に障る笑い声が聞こえる。


「あはは、当たらないよー?」

「ちっ」


蜃気楼のように揺らめき、存在が希薄なファントムマスクを付けた奴が目の前に現れる。こいつがエミルの言っていた女か。


「あはっ! エミルちゃんご機嫌だねぇ」

「気安く触れるんじゃねぇ!! 『焔之苦無(ほむらのくない)』!」


ゆらゆらとエミルに近づき、無造作に触れようとする女に向かって変形させた苦無を投げつける。


『拍手』


しかし、またも何処からともなく現れた仮面付きに防がれてしまう。そいつがパンと両手を合わせるだけで苦無だけでなく、俺にかかっていた蓄積魔法までもが霧散した。


「なっ! ぐがっ!」


動揺して動きが鈍った瞬間、地面から飛び出た黒い鎖が四肢に絡みつき拘束さてしまう。これは瘴気か!?


「それに抵抗するのはお勧めしませんわよ。何せ、この子をこんな姿にした魔物ですもの」


能面をつけた女はエミルを指差しながら忠告してくる。舐めやがって!


「うおぉぉ!」


一度消された蓄積魔法を再度発動し、手足の鎖を力任せに振りほどこうとするがびくりとも動かない。


「この子の事が大切なら、お前はこれ以上関わるな」

「大切だからお前らには渡せないんだよ!!」

「我々はこの子を犠牲にするが殺す訳では無い。殺すことしか考えていないお前達と違ってな」

「じぃーくも酷いよねぇ? エミルちゃんは君のせいでこんなにも苦しんでいるのに、まったく気付いて無いんだから」

「何をーー」

「気付く訳ないわよね。だって貴方は心の奥底ではエミルのことを、()()だと思っているのだから」


なんだかハイファンタジーと言うより恋愛な気がしてきた。

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