84 足搔き
続きです。
下半身は魔力で守ってはいたが皮膚が焼けて一部が炭化しており、二本脚はボロボロ。支払った代償は大きかったが、後はこの手に持つ刃を持って仕留めるだけだ。
「おおぉぉ!!」
魔力回路を使って極限まで上半身を高め、脚を重力魔法で無理やり固定し魔剣を振るう。
身体の保身など一切なく強化したので、たった一振りでブチブチと腕の毛細血管や筋肉が千切れる音が聞こえるが、これまでにないほどの速さと威力が出ていた。
狙うは心臓、俺を真似しているなら同じ場所にあると確信も無い、一か八かの攻撃。
キィン!
けれど、その諸刃の剣であっても死塊には届かない。腕に軽い衝撃と甲高い音が響き、俺の振り抜いた魔剣は刀身の中程から折られていた。
何も反応出来なかった。何時、どうやって折られたのか手段さえ認識出来なかった。
それでも。
「まだ!!」
腕は動く、剣は握れる。なら今は全力で剣を振るうだけ。新しく取り出した魔剣を右、左、左右、斜め、ありとあらゆる方向からがむしゃらに、されど的確に致命を狙う。
でもその度に甲高い金属音が鳴り響く。 身体の悲鳴と断続的に響く音が続く毎に、少しずつ心が軋む。
押しているの俺のはずなのに、くそ、くそぉ!
猛攻は時間にして、一分も経っていないなのかも知れない。それでも諦念の感情が芽生えるには十分な時間だった。
どうすれば殺せる。何をすれば打開できる。もしこのまま――
ブシュ。
その一瞬の迷いが致命的な隙を生む。
無意識のうちに弛んだ隙を死塊は見逃すことなく、いとも容易く俺の右腕を付け根から斬り飛ばした。
「うぐぅぅぅ!!」
腕の痛みを耐えながら情けないや後悔やらの様々な感情がごちゃ混ぜになる。なんで俺ばっかりこんな目に合うんだ……
「うう、ぐがぁぁ!!」
苦し紛れに振るった左腕までもが切り落とされる。これで抵抗する術を奪われた。脚は動かず、腕は無い。命の泉がボタボタと零れ落ちるのを感じながら、この身に訪れる運命を受け入れることしか残っていない。
心はもう諦めてしまった。それなのに魔物の本能はまだ俺に戦えと言う。
俺は君が嫌いだ。
優柔不断で他力本願なのが嫌い。臆病で自信が無いのも嫌い。欲しいものを全部持っている君が嫌い。
血反吐を吐く思いで努力をして研鑽を積んだとしても、俺には何も残らない。
自分が傷付くだけだと分かっている。君が嫌いな俺はそれでも君の望みを叶える。
それが俺に出来る唯一の存在証明だから。
気付けば血は止まっていた。
◇
「どけっての!」
「うらぁ!」
俺たちは立ち塞がる魔物共を蹴散らしながらエミルとの待ち合わせ場所である学園に向かっていた。
「俺に付き合う必要は無いぞ」
「別にジークのためにじゃないわ。私の友達でもあるエミルが心配なだけよ」
「以下同文ー」
「友を見捨てるほど、俺様は落ちぶれてない」
「御身が望むなら私は何処にでもお供いたします」
今一緒に向かっているメンバーは襲撃が起こった時に丁度居合わせていた転生者達全員とプラス一人。その一人とはハシュマーの護衛で円卓に名を連ねる氷結の異名を持つ女性、シャルロット・リースである。
「無事でいてくれよ、エミル」
「エミルちゃんなら、きっと大丈夫だよー」
「そうですよ。それにブランさん達も付いてますから」
「そうだといいが、心配だ」
不安をかき消すように俺は手で握っていた物を見つめる。手のひらにはエミルにプレゼントしたネックレスとペアで買ったリングがあった。
それはパーティーの帰りに渡そうと思っていた指輪だ。
「やぁやぁ、皆様お揃いで。僕達のショーは気に入ってくれたかな?」
芝居掛かった台詞を口にしながら、この事件を引き起こした仮面付きが堂々と一人で目の前に現れた。こいつは声から察するに最初の宣戦布告をした奴と同じ人物だろう。
『氷槍』
「おっと、挨拶も無しにいきなりとは野蛮人だねぇ。当たったらどうするのさ」
「今はお前の茶番に使っている暇は無い」
「茶番なんて酷いなぁ、僕達は大真面目なのに。まぁいいや、少しお話ししようぜ。今なら何でも答えちゃう」
くそ、一々気に触る奴だ。
「ここは私達に任せて、ジーク君は先に行って」
「あぁ、任せた」
聞きたい事は沢山あるし、可能なら俺がこの手で斬り伏せてやりたいが今は一分一秒が惜しい。ましてやこいつが俺達の足止めが目的なら尚更だ。
『操り人形』
奴が魔法を発動すると、何処からともなく現れた人々が覚束ない足取りで俺達の前に立ちふさがる。
「すまない、ジーク」
「こ、殺さないでくれ。俺の意思じゃないんだよ、信じてくれハシュマー!」
「ミ、ミサキちゃん。助けて」
口々に助けを求める人達は酒場の主人や学友と言った交友関係のある顔見知りばかりだった。
「優しい優しい君達は、友達を見殺しになんて出来ないよねぇ?」
本当に俺達の事を分かっているくそ野郎だな。
GW始まったから夜更かしだ。




