83 死闘
遅くなりました。続きです。
球体だった死塊は戦闘態勢に入ったのか徐々にその姿を変形させる。まるで俺の事を少しも脅威に感じていないかのように緩慢と。
その無防備な間に攻撃をする隙はいくらでもあった、強力な魔法を放つ事も出来た、なのに俺はその場から一歩も行動を起こせないでいた。
別に目の前にいる自身より強い生物に恐怖した訳じゃない、メリダの言っていた身体の限界が来た訳でもない。
自分が死ぬかも知れないと言う瀬戸際なのに、奴の瘴気が、魔力が今までに出会ったどの魔物よりも膨大で強大で綺麗だったから、つい見惚れてしまった。
あぁ、なんて美味しそう。
「エミル様その姿は……」
「はっ!」
さっきよりもクリアに聞こえるブランの声で我に帰る。やっばい、涎垂らしてトリップしてた。しかも無意識に魔物化までしてるし、ってそうじゃない。
「なんで逃げてないの」
俺は逃げろと言ったはずなのに。いくら結界の外だとしてもここは危険だ。
「エミル様を置いて逃げれません」
「妹を残して逃げる姉が何処にいるさ」
馬鹿、現実を見てない、犬死。そんな言葉が出そうになる。俺は俺の為に二人が死ぬことを許容できない。
「……逃げて」
「しかし――」
『命令』
使う事が無いと思っていた魔法を今起動させる。それは二人の服に仕込んでいた隷属の魔法。他人を信じられない俺の弱さが産んだ醜い枷。
「ぐっ! 身体が、勝手に」
「ジークと一緒に逃げて」
「エミル、なんでさ」
「ごめん」
二人が遠ざかって行く気配を感じながら、剣を強く握りしめる。これで良かった、間違いは無い。そう自分に言い聞かせて蓋をする。
だって目の前の化物はもう待ってはくれないから。
変形を終えた死塊は人間のような二本の手足に頭、俺と同じく小柄な身体に手には剣を持つ。まるで俺の生き写しのような姿だ。
『炎槍』
『□□』
「ちぃ」
一撃と放出魔法を放てば寸分違わず同じもの、いやそれ以上のを撃ち返される。それに舌打ちしながら俺は死塊を中心に回るように駆けることで回避し、魔法を放ち続ける。
瘴気だけじゃなく魔法でも攻撃してくるとか、こいつ知能が高すぎる。どれだけ俺を真似してやがる!
魔物狩りのセオリーは瘴気を削り魔力を消費させ弱らせてから止めを刺すか、死線を掻い潜り致命の一撃で一気に片をつけるかの二つ。
俺には後者しか勝ち目が無い。今も俺の魔法の悉くが底の見えない瘴気と魔力で防がれている。このまま行けば先に力尽きるのは間違いなく総力で負けている俺の方だ。
なのに奴の急所、魔力の源である心臓が見つけられない。全身の何処を見ても魔力が集中している部分が無いのだ。
「一か八かの勝負か」
けど、 一方的に蹂躙はされずとも刺し違えてギリギリ勝てるかどうかの相手には分が悪いな。
『死んじゃったらごめんね』
この身体だけはあの子と一連托生。だから先に謝っておく。
『貴方に全てを委ねたのは私。だから気にしないで』
返ってきた言葉は俺の予想通りだった。怒ることも、諦めることもせずに何もかもを俺に任せる。そこにあるのは信頼関係では無い、あの子は俺に依存して逃げているだけだ。
まだ俺は死ぬこと許されていない。
『範囲重力“滅”』
制御できるギリギリの最大威力で魔法を放つ。出し惜しみは無しだ!
『黒い茨』
ほんのわずかだが死塊の動きが鈍ったのを逃さず、瘴気で作った茨でその場に縛り付ける。けれど、それは一瞬で振り払われてしまう。
まだまだぁ!! 振り払われたならまた拘束すればいいだけの事。
『黒い茨』
そして俺は回避から一転して一気に距離を詰める。
でも、そこまでしても死塊の魔法は止まることはない。
『瘴纏魔装!』
両手足を瘴気で変化させ火、水、風と迫りくる魔法を相反する属性で正面から相殺し、更に前進する。一度でも判断を間違えればそこで終わりだ。
「うぉぉ!!」
瘴気と魔力が急速に減り倦怠感で吐きそうになるが気にしない。弾け、かき消せ、前進しろ。
『□□□』
苛立ちを覚えたのか死塊はさっきまでとは比べ物にならない魔法を放ってくる。相殺は無理、ならば。
『黒壁の楯!!』
残り少ない瘴気で作った楯は上半身だけを防ぎながら突き抜ける。下半身が焼ける痛みに気が遠くになるのを歯を食いしばって耐え、最後の踏み込みで前進する。
これで距離は詰めた。
「勝負、だ!!」
やっぱり物書きは難しい。




