82 死塊
遅くなりました。続きです。
「ここは通さ――ぐはぁ!」
「貰っ――ぐぼぉ!」
建物の上から、横の脇道からと絶え間なく襲撃してくる有象無象達を、俺達は家を出てから既に二桁に及ぶほど始末している。少なくとも何人かは目の前で殺されている姿を見ているはずなのに、奴らは未だ俺達を畏怖する事なく襲ってくる。人間なら少しぐらいは躊躇って欲しい。
「はぁ、はぁ。鬱陶しいですね」
「ふぅぅ、まだ来そう?」
あちこちからやってくる馬鹿共は、一人一人は強くないがその数が異常だ。まるで初めから俺達の通る道が分かったていたかのように次々と襲ってくる。しかも、こちらはかなりのスピード移動し続けていると言うのに、俺の範囲の魔法には常にこちらを追ってくる人を感知していた。
おそらく奴らも魔法を使って追いかけているのだろう。市街地の中、それも少なくない人が入り乱れている中で迷うことなく一直線に俺達を追跡して来ている。
魔法さえ特定出来ればそれを阻害することぐらいは訳ないのに、この非常時で多種多様な放出魔法が入り乱れている状態では流石の俺でも無理だった。
「まだ来る。やれる?」
「お姉ちゃんに任せるさ」
「私も大丈夫です」
ちらりと横を走る二人の身体を確認して考える。ブランもノワールも一騎当千の強者では無い。俺のように並外れた魔力があるわけでも、ジークのようにユニーク魔法があるわけでも無い。口では大丈夫だと言っているけど、確実に魔力と体力を消耗しているのが身体強化の斑を見てすぐに分かった。
もし万が一を考えたらこれ以上待ち伏せされている道幅の狭い通路を通るのは危険か。それなら罠の可能性が高いと分かっていても広場を選んだ方が俺も動きやすいし良いかも知れない。
「次は広場を通る。注意して」
「分かったわ。確かそこを越えたら待ち合わせ場所よね?」
「うん」
広場を抜けたらジークとの待ち合わせ場所であるイージスアートはもう目と鼻の先。そして住民の避難所にも指定されているそこに入ってしまえば、国騎士と討魔者が警護しているので俺達に簡単に手出しすることは出来なくなる……と思いたい。
「敵影無しさ」
「了解です。このまま突っ切ります」
え、敵影無し? けど俺の魔法には――
「危ない!」
ガァァン!!
「きゃ! エミル様!!」
「エミル!!」
俺は咄嗟に盾を取り出しブランに迫っていたものの攻撃をなんとか防ぐ。まさかこいつ目に見えないのか?!
金属同士が激しくぶつかったような音と共に腕が痺れる程の衝撃を味わった俺は、自身の最大限の身体強化でいたのにもかかわらず、それを相殺することが出来ないでいた。くそ! こんな化け物がいるなんて思わなかった。
「ぐぅぅ、二人共逃げて!!」
「くっ! 退きます」
重力魔法を持ってしても地面を抉りながら何かに押し負けている俺を見て、二人共一瞬逡巡したが素直に退いてくれる。よし、これで俺も離脱して、とわざと重力魔法をきって自ら後ろに吹き飛ばされた、が。
「がはっ!」
突如として現れた壁によって遮られ、受け身も取れぬままに叩きつけられる。その衝撃は全身を襲い、骨が軋み肺の空気が吐き出される。
「こ、これは……」
「まさか……まさか、まさか!!」
二人の驚愕した声が壁の後ろから微かにくぐもって聞こえる。そのことに俺はまず安堵した。二人はこの檻の中に閉じ込められていない。
追撃がない事を確認しながら深呼吸をし乱れた呼吸を整える。俺と化け物を包むように張られたドーム型の、壁と勘違いした瘴気と魔力で構成された結界を見て、覚悟を決め魔剣を取り出す。
「これは死んだかも」
本性を現したのか俺の目の前から放たれる瘴気は龍型と同等かそれ以上。そいつは生物と呼んでいいのか分からない球体状の形をした塊だった。手足も無く、頭も無いそいつは文献でしか知らない存在。
曰く、変幻自在な魔物である。曰く、龍型と並び称される魔物である。
その魔物の名は『死塊』




