80 始まりの日
遅くなりました。続きです。
予告されていた襲撃は未だ訪れることは無く、その兆しすら見えぬまま早くも一週間の時が過ぎた。その短いような長いような時間の中、俺の生活は少し変化していた。
「はい、あーん」
「あむ」
「次は何が欲しいですか?」
「お肉」
「かしこまりました。あーん」
メリダから直接忠告があった後、当たり前ではあるけど一緒に住んでいるジークやブラン達にも俺の現状を知られてしまった。
その内容を聞いたジーク達にそれぞれ心境の変化があったみたいで、元々過保護だったのが今や赤子と接するまでは言い過ぎだが明らかに軟化し、度を越していた。
「栄養はバランス良く摂取しないと。メリダさんが野菜を食べさせてあげる」
「ねぇ、自分で食べれるよ?」
「これ食べるか?」
「あ、うん」
「ほら口開けろ」
「んっ、美味しい」
「もう。駄目だよ、二人共」
今行われている行為は普段の日常生活の中で消費する魔力が他の人より極端に多い俺に、少しでもそれを抑えるためにと、ブラン達が考案したのがこれである。
正直、真面目に考えたのか怪しいところではあるが、何を言っても押し切られてしまうのでされるがままだ。やっぱり、人の厚意を受けるのは慣れない。
その他にもあの子との入れ替わりの時に改造された家が、俺が車椅子なる車輪の付いた椅子に乗って移動出来るように更に改造したりと、やりたい放題していた。
ジークの発想した車椅子は想像以上に便利で俺のために考えてくれたと思うと何だかムズムズする。嬉しいけどちょっと恥ずかしい。
「ご馳走さま、俺はまた出かけるから後を頼んだぞ」
「承知しました。エミル様の事は私にお任せ下さい」
「私もお世話するからね。ブランだけに独り占めはさせないさ」
「あぁ、任せた」
食事もそこそこに切り上げ、ジークは今日もまた俺を置いて何処かに出かけてしまう。ここ最近一緒にいられる時間がめっきり減ってしまってちょっと寂しい。でも、この気持ちを口にすることはない。
以前は俺が何も言わなくても日を跨ぐ前に必ず家に帰って来てお休みを言ってくれたのに、今はブラン達がいるからか帰ってこない日もあるけれど、理由をちゃんと知ってる。
だって帰ってきたら自分から何処で何をしていたかを逐一報告してくるからね。その真面目さがジークらしくて笑ってしまった。
「今日も行かせて良かったの?」
「いい。私もやる事あるから」
ジークが頑張っているなら俺も頑張らないとね。
◇
「は……生理が止まってる?」
「やはりジーク君は気づいていなかったか」
メリダさんからエミルの容体を聞かされた時、自分がどれだけ未熟だったかを痛感させられた。魔物化しないだけで安心しきっていた俺は大切にしたい、守りたいと思うばかりでエミルの身体の事を何も分かっていなかった。
「彼女は例えるなら蝋燭の火と同じね。魔力と言う火を燃やし寿命である蝋を溶かし続けている。それも、ただでさえ短い蝋をね」
「どんなに優秀な医者でも、一度消えてしまったものを元に戻す事は出来ないわ。唯一出来るのは今ある物を延ばす事だけ」
「それでも彼女は火を消す事をしないみたい。何が彼女をそこまでさせるのか、詳しい理由は私には分からないけれど、一つだけジーク君の心に留めておいて欲しい。次に今回みたいな重症をもう一度負った場合、彼女が助かる確率は限りなくゼロに近いわ。だから覚悟しておいて」
助かる確率がゼロ、その言葉だけがずっと頭の中に残っている。俺はエミルが目の前で傷ついているのを目にしていたはずなのに、忠告されるまで意識しなかった。……いや違う、エミルなら大丈夫だと勝手に思い込んでいた。今回もきっと普通の怪我だったなら、メリダさんに診てもらうなどと考えもし無かっただろう。
けれど今は自身の過ちに囚われている場合では無い。俺は最悪の未来を回避するために、今度こそ本当の意味でエミルを守るために死力を尽くす。
「レディースアンドジェントルメン! 紳士淑女の皆さん、おはようございます、こんばんは!! そして、さようなら!」
そんなふざけた台詞から世界は転換する。
令和になりましたね




