78 忠告
続きです。
いつのまにか寝てしまっていた俺は片腕に違和感を感じて目を覚ました。何か左腕が変だなと、朧気に確認すると見覚えのない物が腕に刺さっていた。それを見つけた瞬間に眠気はどこかに吹き飛び、背中に嫌な汗がにじむ。
慌ててそれを引き抜こうと身を起こした所で、聞き覚えのない声がすぐ近くから聞こえてくる。
「おはよーさん、エミル君。体調はどうだい?」
まさかもう攫いに来たのか!?
腕に刺さっていた針を無理やり引き抜き、いつでも戦えるように武器を片手に取り出す。
「誰だ」
「うんうん、元気になったみたいで良かったけど、少し混乱しているみたいだね。安心してくれ、ここはエミル君の自室で私はジーク君に呼ばれた、しがない医者だよ」
「医者?」
医者を名乗る女性は両手を上げて敵意がない事を示したので、冷静に辺りを確認すると見慣れない器具が置いてはあるが、所々に置いてある大小のぬいぐるみ達は確かに俺が和の国で貰った物で相違無かった。
それに咄嗟の事で気付かなかったけど、薬が抜けて普段通りの動きが出来るまで身体が回復しているようだ。
「そうだよ、私は医者。どうやら落ち着いてくれたみたいだね。貴女の事はハザックから色々と聞いているよ。と、話しはこれぐらいにして、腕を見せなさい」
「嫌」
「無理矢理抜いたから血が出てるわ」
「嫌」
「見せなさい」
「嫌」
まだ信用していない医者とのくだらない子供じみたやり取りは、ジークが部屋の中に入ってくるまで続いたのだった。
「エミルと一度だけ面識があるはずだが、改めて紹介すると、こちら法の国で医者をしている、ハーフエルフのメリダだ」
リビングにブランとノワール、それにジークに連れて来られた俺は、医者の自己紹介をしてくれたところで思い出した。確かヴァールテクスについてからジークとお役所回りに行った時に、挨拶した人だ。
「やあやあ、メリダさんだよ。エミル君は思い出してくれたかな」
「一応」
「それは上々、しばらくこの家にお世話になるからよろしくね。家賃の代わりと言ったらなんだけど、君達の診断もついでにしておくとしようか」
大方ジークの考えだろうけど、また居候? がこの家に増えるのか。ジークって他種族の女性が好みなのかな?
「うぅ、私あんまり好きじゃないさ。薬の匂いがどうも苦手でさ」
「ノワに同感です。私達の種族は鼻が敏感なので、薬品の独特の香りは少し辛いですね」
あぁなるほど、今日に限って誰もいなかったのはそのせいか。
互いに軽い自己紹介を終えるとメリダからしばらくは絶対安静を言い渡された俺は、許可が降りるまでは学校すら休む羽目になってしまった。
それ以外にも身体を動かす鍛錬や身体強化といった蓄積魔法もなるべく使用しないようにとのお達しだ。
そこまでしなくても大丈夫だし、俺は次の襲撃やあの不思議な魔法に対抗するための準備に集中しないといけない。ジークもそれは理解しているはず、だと思ったのにブランとノワールを見張りに付けてジークは何処かに一人で出かけてしまった。
どうして置いていくの?
結局俺が出来るのは一人ベッドの上で考え事をするだけだった。
道化の救済者はあの子の何を知っているんだ? 最初に会った時から俺達の存在を知っていたし、今回は聞いた事も記憶にも無い事を言っていた。
唯一魔物から進化した魔人、恐らくこれは真実だろう。今更自分が人間だとは思わないし、逆に魔人の方がしっくりくる。でも、その情報源は何処からだ?
……考えられるのは俺の魔眼を奪い、思う存分身体を弄ってくれたクソ野郎共の生き残り、か。つくづく嫌になる。
それに奴等はジークといけ好かない野郎が言っていた転生者についても何か知っている口ぶりだった。
だとするなら道化の救済者達はジークと同じ転生者なのかもしれない。元々その可能性は高いってジークも言っていたしな。
奴等は魔王の厄災で人類を救済するために俺を犠牲にしたいらしいが、どういう風に使うのか分からない。何かしらの実験、又は何かの生贄に、それとも魔石を生み出す装置として使われるのか。まぁ、どちらにせよごめんだ。
そうならない為にも早くあの魔法の対応策を考えないといけない。結界も俺の瞳にも映らないとなると、魔法や魔力を使う物では効果が無いのかも。となれば、残すは……
コンコンコン
「誰?」
「少しメリダさんとお話ししないかい? エミル君」
「やだ」
「お邪魔するよ」
人の意見を聞くつもり無いなら初めからノックするなよ。思考まで邪魔するつもり?
「出て行って」
「そう邪険にしないでよ。私は君に有難い忠告をしにきたんだ」
「それはもう受けた」
「あれは忠告じゃなくて、命令だ。全く、君は自分の身体に鈍感すぎる」
はぁ? 俺の身体は俺がよく理解しているし。
「君、この国に来てから前に一度死にかけたでしょ?」
「……それがなに?」
「何、じゃないよ。診断で分かっただけでも、外皮の損傷、複数箇所の骨折、内蔵の一部にも真新しい傷跡を見つけたわ。見るからに重症なのにその時は私の所には来なかったよね?」
「自力で治したから、行ってない」
その傷はたぶん蠍の魔物の時に受けたもの。あの時は魔物化したおかげで再生したから大したことないはずだ。
「そんな事だろうと思ったよ。でも、問題なのはそこじゃない。今回件で君がまた死にかけた事だ」
「何が問題なの?」
「はぁ、君いつから生理が止まってる?」
あぁ、もう言い逃れは出来ないか。
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