76 暗躍と目覚め
遅くなりました。続きです。
イストピアの何処か、魔物が支配する手付かずの大自然が広がる魔境の中に何故か、かつて人が住んでいたかを思わせる人工物が存在していた。それは首都ヴァールテクスを丁度半分にしたぐらいの巨大な城塞であり、一つの山と言っていいレベルだ。
「どうだ?」
「装置も順調に稼働しているし、今の所は問題ないかな。実験を除いてはね」
「やっぱり確保しないといけないかぁ」
「嫌なのか?」
「嫌って言うか、次見つかったら絶対殺されちゃうよ? 私」
その城塞の中の一部屋に仮面を付けた人物達が集まっているが、そこに真面目な雰囲気は微塵も無く、一人はソファーに仰向けで寝転び、一人は窓辺に座り手持ちの書類に目を通しながらと、それぞれが思い思いの事をしながら会話していた。
「君もやっとエンターテイナーとしての自覚が持てたようで、僕は嬉しいよ。一緒に道化を演じようじゃないか」
「あはっ、ちょっと何言ってるのか意味わかんない」
一見、外壁は蔦に覆われ所々が風化し原型を留めているのが奇跡に思える廃れた城だが、中は廊下に至るまで全体に人工的な明かりが灯り、疎らだが家具も並んで生活感に溢れていた。そして集まっている部屋以外から時折聞こえてくる声が仮面をつけた人物達の他にも人がいる事を示している。
「あんたが煽るからでしょ? 警告だけで良かったのに」
「いやぁ、警告ってあんな感じの方が効くかなぁって」
「だからって、足震わせて帰ってきたら世話ないわよ」
「あはっ……本当に漏らすかと思った」
あの時二本の角を生やし光を映さない虚ろな瞳でこちらを睨み、瘴気を放っていた少女は、抑制剤を二本も投与したにも拘らず今にもこちらの喉元を引き裂かんと動きだそうとする猛獣に変わっていた。目の前に鎖から解き放たれそうな猛獣がいたら、見つからないと言っても恐怖を感じるには十分だった。
「出来れば当日は、私抜きでお願いしまーす」
「駄目だ。お前にはしっかりと働いて貰う」
「いくら魔法があっても怖いものは怖いんだよ! 私女の子なんだよ?!」
「自業自得だろうが馬鹿者。お前の役割は事前に伝えているはずだが」
「分かっているけど、分かりたくない」
「全く、計画に変更は無しだ」
互いに気心の知れた仲なのか冗談を交えつつ会話する様子は内容を除けば友達同士の掛け合いに思えるのだが、テーブルの中央に浮いている球体が一際異彩を放っていた。魔法なのか魔道具か分からないがゆっくりと回転するそれは地球儀に似ており、この世界を表しているかのように思える。
「そうそう、教授から被検体をもっと増やして欲しいって要請が来てるけど、何時もの感じでいい?」
「あぁ、頼んだ。俺はこれから籠の鳥と計画を詰めてくる」
「あれ? 今日はあの子の所に寄って行かないんだ」
「約束したからな」
「約束って、意識の無い相手に何を言っているのかしら。全く、あんたも含めて狂人ばかりね、ここは」
「まともな奴がこんな計画を実行するわけないだろ。勿論、お前も含めてな」
「あはっ、言えてる」
「さぁ、世界を救う為に俺達は道化を演じようか」
◇
五感のほとんどを失っているのに未だに消えない身体の痛みと倦怠感、目を覚ましても変わることの無い世界。鎖に繋がれ自由を奪われた俺が唯一感じることが出来たのは体内に出入りする異物だけだった。他人の思うがまま、されるがまま、劇が終わるまでは永遠に踊り続ける俺は人形。
次があるなら今度は好きに生きよう、誰にも左右されず自分の足で、意思で踊り続けよう。そうすれば少しは人間に近づく気がする。そうじゃないと俺はーー
「変な夢……」
「やっと起きたか。おはよう、エミル。身体の調子はどうだ?」
パーティー会場で倒れたエミルは会場の医務室では無く自宅のベッドで目を覚ました。それは突然倒れたエミルを心配した周りの人間を一人も近づかせずに、適当な言い訳を上手く繕って帰宅したジークのファインプレーのおかげであった。
「ここは? 私、何日眠ってた?」
「自宅だ。エミルが気を失ってから、まだ一日も立っていないぞ。それより一体何があった?」
時間があまり経っていない事に安心するが、薬がまだ抜けきっていない為に寝たままでジークに俺に接触して来た道化の救済者について説明する。詳しい効果が分からない魔法に、次の襲撃で俺を迎えに来るといっていたこと、そして魔王の厄災と言う与太話まで話した所で明らかにジークの様子が変った。
まさかあいつらの言っていることは本当なのか?
最近暖かくなって春の訪れを感じました。




