73 誘惑
続きです。
上手いことミサキ達の隠れ藁にされた気がするが、俺も助かっている部分があるのでここは利害の一致として不問にしておこう。ところで、ミサキ達が今どんな格好をしているのだろう。護衛と言っていたから一式のスーツなのかな? それとも俺と同じようにドレスを着てるかも。
「トイレか?」
「酷い誤解」
何時もの俺が知ってるジークに戻ったみたいで安心するけど、もうちょっと紳士でいて欲しかった。
「女の子に向かってそれはないよー、もしそうだとしても、恥ずかしくて言えないし」
「デリカシーが欠けてますよ、ジークさん」
「最低ね」
不用意な発言で女性陣の猛攻にあい逃げようとするが、そうはさせまいと腕に強く抱きつく。パーティーが終わるまでは絶対離れないから。
「あら珍しい、ネックレス効果かしら?」
「エミルちゃんたら、だ、い、た、んー」
「私も彼氏欲しいなぁ」
「これ地味に関節きまってるからな、微笑ましい光景じゃないぞ。俺が悪かったから力を緩めてくれエミル」
「離れない?」
「あぁ、離れない」
それなら問題なし。さてマリはどんなドレスを着ているのかな?
「ジークは将来尻に敷かれてそうだな」
「同感だ」
俺とミサキ達のガールズトークは王様の宣言があるまで続くのであった。
「今日までに魔物の襲撃事件が世界で勃発しておる。何処の国が手引きしているか分からんが、ここ法の国でも既に二回も被害にあった。気の抜けない日々が続いておるが、何時迄も気を張り詰めておく訳にはいかん。皆の者、今宵は無礼講だ。存分に夜会を楽しんで英気を養ってくれたまえ。そしてまた明日からは、その力を我に貸してくれよ」
「「はっ!」」
王様による発破をかける言葉で場が盛り上がり本格的に夜会が始まる。俺もそろそろ覚悟を決めなければならない。でもその前にもうちょっとだけご飯を頂きたい。
「そのドレスとても似合っているよ、エミル。特注で作らせたかいがあったよ」
だがやはり時間は待ってくれず、マリやいつの間にか合流していたハシュマーを差し置いて、俺に声をかけてくる者が現れた。
「僕の両親にも君を紹介したいんだ。付いてきてくれるかい」
俺の意見など関係なしに近づいてくる野郎には覚えがある。お前とは二度と会いたくなかったよ。ただでさえ気持ち悪いのに俺のスリーサイズまで知ってるとか、もう生理的に受け付けないわ。
「礼儀のなっていない野蛮な人に、私の大切なお友達は渡せないわ」
「貴様、誰の許しを得て俺の友人を連れていくつもりだ」
マリとハシュマーが間に入ってくれるのは嬉しいけど、ややこしい事にならないよね?
「これはこれは、マリティモ殿下にハシュマー殿下ではありませんか。まさかお二人の共通のご友人だとは思わず失礼しました。しかし今宵は無礼講、許していだけますよね」
うがぁー、こうプチって潰してやりたい。ほんとに。
「御歓談中失礼します。エミル様、陛下がお呼びです」
マリ達とミハエルの皮肉の言い合いをぶった切る感じに、王様の従者と思われる人が俺を呼びにきた。どちらも正直勘弁願いたいが、致し方無い。
「ジークは?」
「はい、ジーク様も一緒で構いません」
良かった。ちゃんと王様は俺の事分かっているみたいだ。
「じゃ、行こ。ジーク」
「はいはい」
これ以上イライラしなくて済んだ。あのままあいつの声を聞き続けてたら、警備隊に捕まる覚悟でやっていたかもしれない。もう話しかけるなと舌を出してから従者について行くと、一ヶ所だけ不自然なドーム状の結界が張られている場所に辿り着いた。結界の中に結界ってどんだけだよ。
「楽しんでおるかね、若いお二人さん」
入って早々に砕けた口調で話しかけて来る王様。あぁ、この感じまるっきり和の国の爺と一緒じゃん。
「ぼちぼち、です」
「はっはっは、嘘をつけい。全然楽しそうな顔しとらんぞ」
顔の事は言わないでください。感情を表に出すのが苦手なんです。
「まぁよい。回りくどいのは我は苦手なんでな、単刀直入に問う。エミル、お主の瞳を見せてくれんか?」
「陛下それはーー」
「案ずるなここは誰からも見られんし、聞かれん。当然ここにいる者にも口外させん」
どこでそれを知ったのだろう、俺の過去を調べても分からないはずなんだけどな。ジークぐらいにしかばれてないと思ってたよ。はぁ、放出魔法も使えないし誤魔化しきれないか。仕方ないとゆっくりと瞼を開けると王様と従者の息を吞む音が聞こえる。
「やはりお主、結晶化しておるな」
結晶化とは魔眼を抜かれ生き残った者だけに稀に起こる特別な現象。本来あるはずの瞳が無くなり、行き場を失った膨大な魔力が具現化した代物。俺はこれのせいで瞳を再生する事が出来ない。
「お主が強大な魔物を倒したと報告を受けた時は信じられんかったが、漸く腑に落ちたわ。それだけ強くならなければ、生きておれんかったか」
魔眼を奪われ生き残ったとしても、結晶化が知られると今度はより多くの人に狙われる。何故ならこの瞳にある結晶は魔物の魔石と何ら変わらない。ただ一つ違うとするなら、こちらは生きている限り無限に生み出し続ける点だ。もし俺に悪意を払う力がなければ、高純度の魔石を供給し続けるただの物に成り下がるだろう。
「お主の生き様には敬意を払おう、良くぞ諦めずに生き残った。そんなお主だからこそ我が国に欲しい。勿論人権は保証し、欲するならば爵位を授与しよう。どうだ?」
悪くないと思う、平民からすれば栄転だ。けど俺はまだやりたいことが残っている。




