65 モテ期
続きです
女性用の制服に身を包み、ジークに貰った髪留めを付け、二人で手を繋いで登校するのはもはや恒例となりつつある。学園内でもそうだが授業も訓練も食事の時も常に二人でいるせいか、ベストカップルなんて馬鹿みたいなランキングの上位を有難いことに頂いてしまった。
ついでにブランとノワールが言うには、お互いの匂いが交じり合うレベルで一緒にいるらしい。つまりジークと四六時中一緒にいると学園内の獣人の皆さんに公言しているのに等しいわけだが、実際同じ家に住んでいるから仕方がない。もういっそ一位でも目指してみるか?
「話し聞いているのか?」
「ん、聞いてなかった」
「はぁ、エミルも関係してるんだぞ」
「分かってる」
俺達は現在、食堂の個室で今回の任務についてマリ達と情報の共有をしていた。この学園には様々な人が通っている事もあって、他国の尊い身分の人も少なからず在籍している。身近で言えばマリが良い例だろう。そのため専用の個室など一般人が使用できない施設が多々あり、食堂にもそれが存在している。
「道化の救済者、ね。そんなの聞いた事も無いわ」
「俺も聞いた事がないな」
牛頭の魔物と出会う前に俺達に接触してきた存在は、マリもハシュマーもやはり聞いた事が無いらしい。
「何故エミルを勧誘しに来たのかも不明だが、一番不可解なのはユミルを知っていた事だ」
「ユミルちゃんを知ってるのは身内だけよね?」
「の、はずなんだがな」
俺の事情を知っている人は限られている。特にあの子との入れ替わりは外見は同じなので、直接会話したとしても多少の違和感を感じるだけで、バレることはないはずだ。
「身内に裏切り者がいるとは、考えたくないがな」
「そうね。でも用心するに越した事が無いわ」
「だが、どう対応する?」
「少なくとも道化の救済者と名乗った奴はーーの可能性が高い」
ジークが放った言葉にマリとハシュマー、ファルスまでの雰囲気が変わった。俺は最後の単語が聞きなれない発音だったため、何に反応したのか分からなかったが。
「それ本当なの?」
「あぁ、後でミサキ達に聞いてみるといい」
「だとしら、俺達の裏切りの可能性は低くなるな。態々自分達が疑われる事を言うメリットがない」
その後もジーク達の会話は続いたが、俺の出る幕は無く高級デザートに舌鼓をうっていた。
「俺の方でも情報を集めてはみるが、いくら法の国でもこれは手間がかかりそうだな。ミサキ達にも働いて貰うか」
小難しい会話がひと段落ついた所で、丁度よく昼の休み時間も終わりを迎え、自分のクラスに戻ろうとした時ハシュマーが俺に頭を下げてきた。
「ミサキ達を助けてくれてありがとう」
「どうしてハシュマーがお礼を言うの?」
「俺はあいつらの上司だからな」
上司? ハシュマーとミサキ達の関係って。
「あー、エミルには言ってなかったか」
「ん?」
「これでもハシュマーは帝の国の王子なんだ。そしてミサキ達はその護衛」
へぇー……えっ、じゃあミサキ達って国騎士なの?! 毎月金欠の癖に?
「これでもとは何だ、無礼だぞ」
「はいはい」
「全然気付かなかった」
「ここでは普通の学生だからな。気付かないのも無理はない」
「だってミサキ達って、私達とよく一緒にいるよ? 護衛なのにいいの?」
「あいつらより優秀な護衛がいるからな。問題ない」
そんなのでいいんだ。ファルスみたいにマリに付きっ切りが普通だと思ってた。
「お礼はミサキ達に沢山されたから、間に合ってる」
「そうか。だったら今度美味い食材を持参するとしよう」
「それは嬉しいかも」
是非高級食材でお願いします。
「それではな」
ハシュマーとミサキ達の意外な関係には驚いたが、それだけだった。俺の周りの人って年齢の割に優秀過ぎる気がする。国騎士って誰にでも就ける仕事じゃないはずなんだけどなぁ。
「んで、何か進展はあったー?」
自分のクラスに戻った途端に、食堂にいなかったミサキ達が様子を聞いてくる。そんなに気になるなら一緒に来れば良かったのに。
ジーク達が周りに内容が悟られないように、誤魔化しながら会話するのを感心しながら俺は周り様子を確認する。俺達がこうして普段通りにクラスにいられるのは、法の国の情報統制よるものだ。
アルベルトも愚痴の様に言っていたが、仮にも国騎士と討魔者の部隊が敵わなかった魔物を学生、しかも他国の子供が討伐した事は、この国の国騎士と討魔者の信用を大きく低下させるとして一般人に知られる訳にはいけないらしい。
当然俺達にも箝口令が敷かれる事になった。けれど、一部の人間には俺達の事がバッチリ知られている。それが吉と出るか凶と出るかはまだ分からないが、今は授業でも集中しておこうかな。
「今日帰りに何処か寄り道する?」
「新作が入荷されたらしいよー」
今日の授業も特出する点も無く終わり、クラスの皆んながこれからどうしようかと盛り上がっていると、見知らぬ人が複数人教室内に入って来て俺の目の前で止まる。
「君がエミル・シュヴァルツァーだね。この後お茶でもどうかな?」
「いや、私とディナーに行かないかい? いい店を見つけたんだ」
「いやいや、俺と一緒に魔法を深め合おうじゃないか」
俺の目の前には突然別々のアプローチを仕掛けてくる男、男、男。齢十四にして人生初のモテ期が到来した。




