62 私と言う存在
続きです
「やっと帰ってきたー」
「お前らの家じゃないんだが」
「気にしない、気にしないー」
三日間の任務が終わり紆余曲折あったが俺達は家に帰り着いた。
「それじゃ色々聞かせて貰うよー、エミルちゃん」
やっぱり入れ替わったのバレてるよな。でも、今の最優先事項はそこじゃない。
「その前にご飯」
「あー、誤魔化したー」
誤魔化したとかではなくて、割と切実にお腹が空いてやばい。あの子に格好付けようと、ぶっつけ本番で瘴気を扱ったおかげでごっそり魔力を持っていかれた。そのせいでさっきからお腹の音が鳴り止まないんだ。
「んー、何か食材あったか?」
「今日は私が作るから問題ない」
ジークがアイテムボックスの中身を探りながらキッチンに向かうのを止めて、先にテーブルに座ってて貰う。何せ今の俺にはとっておきの食材があるからな、自分の好きな味付けで食べたいのだよ。
「エミルさんって料理出来たのですね」
「和の国で習った」
「えっ! 和の国って事はまさか和食!?」
「そうだけど」
「よっしゃ!!」
和食と知るや否や急にテンションが上がった3人に対して苦笑しているジークも小さくガッツポーズをしていた。そんなに俺の手料理が嬉しいなら、言ってくれれば良いのに。
ジーク以外の人に自分の手料理を食べて貰うのは初めてで少し自信が無かったけど、ミサキ達は美味しいと言って手を止める事なく完食してくれたのでちょっと嬉しい。カナンとスズに教えて貰った甲斐があったよ。
「じゃ、今度こそ話して貰うよー」
「もし私達に言い難い場合は、ジークさんだけにでも大丈夫ですよ」
「ま、俺達が知り合って一年も経ってないからなぁ。エミルちゃんが信用できないって事なら仕方ねえか」
「ううん、ちゃんと話す」
とはいえ、いざ言葉にして伝えようと思うとなかなか難しい。
「皆んなが聞きたいのは、瘴気の事だよね?」
「そうだねー、後はユミルちゃんの事もかな?」
「分かった。なら、まずはこれを見て」
俺はジーク達に見える様に上半身の服を脱ぎ捨て、肌を晒す。
「ちょっ」
「気にしないから、ちゃんと見て」
「……それが」
「うん、これが私の中にあるは、多分ジークから聞いていると思う」
「ええ、話には聞いていました」
「私には本来人間に無い物を持っている、それがどういう経緯であるのかは、分からないけど」
俺の始まりの記憶を辿っても、これを植え付けられた記憶は無い。
「この臓器は徐々に侵食している、そう医者が言っていた。だけど、私の身体の調子は、どんどん良くなっていった」
外見がどうなっているかは、瞳が無いから確認出来ないけれど、その侵食が進む程身体は自分の思い通りに動く様になった。
「変化があったのは、初めて瘴気を肌に感じた時。その時私はあの子に出会ったの」
「あの子って、ユミルちゃんの事?」
「うん」
俺の中でずっと蹲っていた泣き虫に、初めて出会ったんだ。
「二重人格とかじゃ無くて、あの子はちゃんと意思と心を持っていた」
「二重人格じゃない?」
「うん、私も不思議に思った。二重人格じゃ無いならどうして一つの身体に、何で二つの心があるのかって」
あの子は俺に苦しみを押し付けてしまったと言っていた。そう考えるとあの子が痛みから逃げるために俺を作り出した? もしそうならこの断片的にある謎の知識はどこからきている? 分からない事がまだまだ沢山ある。
「あの子の事は私も分からない。けど、一つの疑問は時間が経つにつれて氷解した」
そこまで言って、俺は左手に持った刃物で右手の指を切り落とした。
「まじかよ……」
ミサキ達は動揺を隠せないでいた。それもそうだろう、だって切り落とした指がひとりでに生えるのだから。
「この身体は最初から人間じゃなかった。瘴気を扱えるのも、あの姿になるのもこれが原因」
肉体の再生は魔物のみが許された唯一無二の事象だ。これは人間がどうあがいても真似出来ない代物。
「だから、魔物の臓器も適合出来た」
他にもまだ言えてない事はあるけど、それはミサキ達にもジークにもその時が来るまで内緒だ。
「私が話せるのはここまで。ミサキ達は私を討伐する?」
俺は人間の皮を被った化け物、魔物という存在は人間にとって害でしかないのだから。
どんな答えを出すか分からない、けれど、もしこの身に火の粉が降りかかると言うのならば俺はそれを全力で払う。もう二度とあんな目に合わないように。
暫く互いに無言の時間が続いた後、ミサキ達は徐に口を開く。
「魔物って言っても、エミルちゃんはエミルちゃんのままなんだろ? だったら何の問題も無いな」
「もし仮に理性を失くして、人を襲う様になったとしたら、その時は私達がこの手で止めてあげるよ。まぁ、実力的に返り討ちに遭うのは私達かもだけどねー」
「事実は小説よりも奇なり、でしょうか。ユミルさんの事と言い、世の中分からない事だらけですけど、こんな世界ですし、イレギュラーが世の中に一人や二人いても良いんじゃないですか?」
ミサキ達の答えは俺という存在の肯定だった。その言葉を聞いて無意識に身体に入っていた力が抜けていく。良かった、この手を汚さずに済んだ。
「とりあえず、ひと段落って事でいいか?」
俺の話しが始まってから一度も口を開かなかったジークが場を締めたことによって、僅かに残っていた緊張感も無くなり、ミサキ達は夜飲タイムに突入した。
「ジーク、先にお風呂」
「はいはい、って引っ張るなよ」
ジークも一緒にミサキ達と飲もうとしていたのを強引に引き止め、お風呂場に連れていく。そして2人っきりになったのを見計らって誰も入って来られないように結界を張り、一糸纏わぬ姿になってジークの前に出る。
「急にどうした?」
「洗って、いつもみたいに」
「……分かった」
微妙な間はあったものの、まるで壊れ物を扱う様に優しくぎこちない手つきで私を洗うジークは何も変わっていなかった。
「傷、無くなったな」
やっぱり、身体にあった傷はもう無いのか。
「何で黙ってたの?」
「……タイムリミットだと思ってたんだ。でも違った」
「幻滅した?」
「何に?」
「私が人間じゃ無いと知って」
「いいや、むしろ安心したぐらいだ」
「どうして?」
「それは……内緒だ」
「うふふ、そっか」
ジークはいつもと変わらない。それだけでこの胸の不安は薄れていく。そして、一度手にしたこの幸福からは逃れそうにないと悟った。
今年初めての雪を見て、外に出ないと決意した作者であった。




