60 可能性の証明
続きです。
時は少し遡り、レオン達が戦闘を始める少し前。
レオン達と別れエミルを背負って走るジークは何も話さず、森の中を疾走していた。
「ジーク止まって」
「……」
「止まって」
「……」
「ふん」
「ぐはっ!」
俺は話を聞かないジークの足を止めるために、そっと首に手を回して一気にチョークスリーパーをかける。
「ごほっ、何だいきなり」
「無視をするジークが悪い」
「それはユミルが……エミルか?」
何をするんだとこちらに首だけ振り返って一目見てユミルじゃなく俺だと気付いたジークには、俺達を見分けるセンサーでも搭載されているんじゃないだろうか。それかユミルの言う通り、本当にフェロモンの違いでもあるのかもしれない。
「よく分かったね」
「俺が分からない訳ないだろ」
「そんなに違うかな?」
どこで判断しているのかは知らないけど、少なくとも顔や匂いでは無いはずだ、多分。
ちょっと気になって自分の顔や匂いを確認するけれど、そもそもユミルの時を知らないから、意味が無かった。
「そういう意味じゃないんだが……取り敢えず、お帰りエミル」
「うん。ただいま」
ユミルと交代してから一ヶ月以上経ったから、こうして会話するのがちょっと久しぶりな気がする。
「それで、なんでいきなり変わったんだ?」
「彼女の願いを叶えるのと、可能性の証明」
「彼女って、ユミルのことか?」
「そう」
「可能性の証明ってのは?」
「それは内緒」
「何でだよ」
「これは私と彼女の問題だから、ジークには内緒」
「はぁ、また内緒かよ。だったらせめてこの前の事は、詳しく教えて貰うからな」
「分かってる」
まだ色々と話をしたいけど、そろそろ行動しないと間に合わないかも知れない。まぁ、ミサキ達だけで魔物を倒しているならそれに越した事は無いんだけどね。
「レオン達の所に戻るのか」
ジークの背中から降りて準備運動していると、今から俺が何をするかを見透かした様な質問がくる。
「うん、それが彼女の願いだから」
「……俺の助けは必要か?」
「愚問。いるに決まってる」
「ふっ、了解だ」
ジークが来てくれると色々と助かるからね。俺にミサキ達以外の人間の対処は無理だ。
「でも、大丈夫なのか? この前みたいに……」
「安心してジーク。私は日々進化しているから」
「何だよそれ」
「ふふ、じゃ先に行くから」
よく見ておいてね、ユミル。これが君の持っている力だ。
「あ、おい!」
俺は全身に張り巡らした魔力回路に魔力を流し込み、自由自在に森の中を駆け巡る。
◇
レオン達に投擲された3本の大剣を範囲重力の魔法で撃ち落とし、安堵から自然と声が漏れる。
「よかった。間に合った」
魔法が間に合わなかった場合を想定して肉壁になるために鎧をつけていたけど、その出番は無かったな。本当に皆んな別々に攻撃されてなくて良かった。あれは当たったら相当痛そうだもん。
「え、えぇっ! ユミルちゃん?!」
今はゆっくり事情を説明している暇がないから、そこを動かないで欲しい。
「この中でじっとしてて、『聖域の繭』」
鎧に変形させていた瘴気を解除し、今度はミサキ達を守るための結界を張る。
「これはまさか! 瘴気ですか!?」
「本当だ!! でもどうしてユミルちゃんが……」
「マジでジークが言ってた状態になっちまったのかよ、ユミルちゃん」
驚くのは分かってたけど何で凄い悲壮感を漂わせているんだ?
「グオォォォ!!」
そんな疑問も魔物達の雄叫びによって霧散した。左右から二体が迫り、残った一体は俺に向かって性懲りも無く武器を投擲してきたからだ。
魔物がアイテムボックスを使ってくる事に驚きはしたが、ちょっと残念でもある。新種だから期待したけど、その能力はいらない。
投擲された物を今度は魔法ではなく強化された身体能力だけで難無く掴み取り、投げ返す。
「お返し」
「グボォ!」
まさか投げ返されると思っていなかったのか魔物の無防備なお腹に命中し、吐瀉物を吐き出しながら膝をついた。てっきり物理攻撃に耐性があるから、蠍の時の様に瘴気で身を守らないのかと思ったら違うのか。
瘴気とは魔力の攻撃、すなわち魔法には耐性があるから形作る必要も無く、身に纏うだけで防ぐ事が出来るけど、それ以外の物理的な攻撃には意味をなさい。
これぐらいは鬼ごっこに興じるぐらいの知能持ちなら、理解していてもおかしくは無い。魔境で生きていたならこれは死活問題だろうに。
「エミル! 俺は援護に回る!!」
「ジークは、私以外の他の皆んなを守って」
魔物に違和感を覚えつつ、少し遅れて到着したジークに他の騎士達を守って貰うようにお願いする。
「相手は三体だぞ!?」
「問題なし」
見たところ魔力量自体は蠍の半分以下、しかも人型に近い姿をしているとならばやりやすい。さて、心配性なジークを安心させるためにさっさと片付けるとしようか。
俺は残った瘴気を槍に変形させ、右から来る奴を足止めするために投擲する。けれど、今度は警戒されていたのか片手に持っていた武器で弾き飛ばそうとする。でも、それは悪手だ。
「爆ぜろ、『自壊の槍』」
槍は弾かれる前に自ら爆発する。その指向性を持った破片混じりの爆風は散弾のように飛び散り、たった一発で魔物の上半身をボロボロにさせた。こういうのを初見殺しっていうんだよね。
「グガァ!」
碌に防御が出来なかった魔物は目を潰され、足が止まる。それを確認しながら左から迫りくるもう一体を、アイテムボックスから魔剣を抜刀しながら迎え撃つ。その鈍刀と筋肉だけでは案山子と変わらない。
「はっ!」
自分の身長より少し小さいぐらいの太刀で、大剣が振り下ろされる前に腕を付け根から切り落とし、魔物が声を上げる間も無く返す刀でそのまま袈裟斬りにする。
ずるりと音を立てて血を大量に吹き出しながら崩れ落ちる魔物には目もくれず、膝をついてゲロを吐いていた魔物に向かって魔法を放つ。
放つ瞬間に魔物が微かに笑った気がするが、第2級放出型魔法をたかが身に纏っただけの瘴気だけで防げると思うなよ。
「紫電」
バリバリバリと空気を切り裂きながら降り注いだ1つの細い雷の刃は、周辺一帯に被害を出さずに的確に魔物だけを唐竹割りにした。
ただの脳筋だった、そんな感想が浮かんだがやっぱり普通の魔物より違和感がある。正体が分からない事にモヤモヤしながら、最後の瘴気を形作り再生が終わったばかりの魔物の心臓だけを貫いて戦闘は呆気なく終わった。
その一部始終を見ていた騎士に、更にはジークとミサキ達がものすごい勢いでこちらにやって来るが、それはご飯食べた後にして欲しいなぁ、お腹減った。




