59 一陣の風と共に
大変お待たせしました。続きです。
第三歯車は蓄積魔法と放出魔法を同時に強化することによって、一時的に通常の数倍の力を発揮する。
けれど第三歯車の発動時間は僅か一分にも満たない。何故なら、魔力を湯水の如く消費してしまうから。
しかしその僅かな時間の間、ミサキの魔法と自身の魔法によって極限まで高められたレオンは、魔物の認識でさえ置き去りにする。
「グオォォォ!!」
先程とは違い表皮を削る程度の威力では無く、ゴキリと片脚の骨を完全に砕かれた魔物は初めての強烈な痛みに絶叫する。
それは瞬きの一瞬で魔物の視界から消えたレオンが、目にも留まらぬ速さで蹴り砕いたのだ。
魔物は血眼になってレオンを捕捉しようとするが、もはや目で追うことが出来ず、残光の様な魔法の残滓しか捉えられなかった。
ならば近づけまいと両手の大剣を振り回そうとするが、その前にボキリと嫌な音が響き魔物の右腕があらぬ方向に曲がる。
「オオォォ!!」
ここで普通の魔物であれば魔力を消費して自身の負傷を治癒する事を優先するのだが、この魔物は知能を持つが故に違った行動をする。
使い物にならない片腕と片脚を捨て、レオンを迎撃するためだけに魔力を使用したのだ。目に魔力を集中させ、折れていない片腕にとっておきの武器を持ち、片脚で全身を支える。
更に本能によって魔物は、急所である心臓に迫るレオンの必殺の拳に咄嗟に反応する事が出来た。
ガキンと金属同士がぶつかる音が鳴り響く。それは魔物が滑り込ませた大剣とレオンの拳が当たった音だった。
「おらぁぁぁ!!」
大剣と拮抗していたレオンの拳が、雄叫びと共に更に魔力を帯びる。
「くたばれ! 牛頭野郎!!」
過剰な強化によって拳だけでなく腕からも血を流しながら叩き込んだ一撃は大剣をも砕き、深々と魔物の胸に突き刺さったが、僅かに狙いをずらされた。
「グオォォ!!」
心臓を破壊させなかった魔物の動きに迷いは無く、残った腕でカウンターとばかりにレオンに殴り掛かかろうとする。
「終わりだ、『衝撃』」
でもそれが当たる前にレオンは最後の仕上げに突き刺した拳から体内に放出魔法を放つ。それを受けた魔物は口から大量に血を吐き出しながら、そのまま倒れていった。
「やっと終わった…」
魔物の死を確認して安堵からレオンもその場にへたり込む。
「お疲れ様ー、私もヘトヘトだよー」
「最後はひやりとさせられましたよ」
「勝ったから問題ないだろ」
駆け寄ってきたミサキとマキに、レオンは座った状態でボロボロの拳を合わせて軽口を言い合う。そして生き残った騎士達も実感が湧いたのか、顔色は悪いのにその顔には笑みを浮かべていた。
「時機に増援が到着すると連絡が入った! なのでそれまで全員この場で待機だ。せめて各自で家に帰れるぐらいまで回復しておけよ」
「了解!」
「後は油断はするな。ここはまだ安全じゃない」
リーダーが命令を出し、各自アイテムボックスに入れて置いた傷薬や魔力の回復を促進させる液体を飲み、次の行動を開始していた。
「お薬塗るよー、沁みるけど我慢してねー」
「はい、これ飲んで下さい」
消耗が激しいレオンはミサキ達が甲斐甲斐しくお世話をしていた。
「そういや、あの通信用の魔道具って古代遺産か?」
「じゃないかなー? まだ携帯みたいな魔道具は開発されてないでしょー?」
「それか軍部のみに配備されている、なんて事は?」
「ありうるな」
「「今はそんな事はどうでもいいから、レオンさん(君)は休んでて」」
「うす……」
「お話の所申し訳ないですが、よろしいでしょうか?」
くだらない事を話していたら、1人の国騎士が妙に畏まって話しかけてきた。
「貴方達の尽力のおかげで、新種の魔物を討伐する事が出来ました。ですがこの魔物の死体、こちらで預からせてくれないでしょうか?」
「……」
「勝手なのは重々承知しておりますが、どうかお願いします」
国騎士は本来なら今は唯の学生でしかないレオン達に強制的に命令する事が出来る立場であるが、態々頭を下げて頼みにきた。その事にレオンはこの騎士も損な役回りだなと思いながら答える。
「一つだけ条件があります」
「それは何でしょうか?」
「それは――」
けれどレオンの言葉は最後まで紡がれることはなかった。
「嘘でしょ……」
「そんな……」
ついさっき討伐した魔物と全く同じ個体が三体、それがレオン達の視線の先にいた。それぞれが片手に持つ武器を投擲する構えをして。
道化の救済者を名乗った奴の時と同じく、音も気配も無く突然と現れた魔物に、この場所にいる全員が反応出来なかった。
放たれた死を纏う凶器を見て、避けられないとレオンは悟る。異変に気付いた周囲が悲鳴や怒号をあげているのを、どこか他人事のように感じながら、諦念して目を閉じる。
「よかった。間に合った」
でも訪れるはずの死は来ず、一陣の風と共に聞き覚えのある声が近くから聞こえた。
不思議に思って目を開けると、そこには漆黒の鎧を着た1人の女性が立っていた。
もうそろそろ小説を書き始めて1年経つと考えると、自分だけ時間軸が違うんじゃないかと思う今日この頃。




