56 人粧纏心
続きです。
私は痛いのが嫌い。怖いのも嫌い。その嫌いを人に押し付ける程に嫌い。
だから碌に戦えない私はそれを回避するために逃げる。自分の身を自分で守る事の出来ない私は、あの場所にいると皆の迷惑になる。役に立たない私のせいで友達が傷付く姿を見たくない。でも、ミサキちゃん達を置いて距離が開いていく程、何故か胸の痛みは強くなる。
こんな痛みを私は知らない。
ジークさんに背負われたまま逃げる私は、この持て余した感情の渦に飲み込まれてしまいそうだった。
『君はこのままでいいの?』
そんな時、エミルが私に話しかけてきた。
『よく分かんない』
『そう……ならどうしたい?』
このまま逃げたい? それとも戻って一緒に戦いたい? 重要な時に他人に身を委ねるだけの私に何が出来る?
『それも、よく分かんない』
私は私の理想には程遠いから。
『ならこのままミサキ達と会えなくなるのは嫌?』
『それは……』
『どうなの?』
『いや』
そんなのは嫌だ、まだお話ししたいことが沢山残ってる。
『魔物と戦うのは嫌?』
『痛いのはいや』
あの気味の悪い魔物の攻撃とか考えたくもない。
『このまま逃げるのは嫌?』
『……少しいや』
この胸の痛みが続くのなら、逃げたくない。
『君は我儘。嫌なことが多すぎ』
『ごめんなさい』
私は理想みたいに何でも出来る人じゃないから。
『まぁ、仕方ない。交代しよう』
『いいの?』
『このまま君が苦しむ姿を見たくないから』
『……そっか』
やっぱり私は要らないのかも知れない。
『君はまだ子供なんだから甘えていい。大人になるまでは俺が力になる。でも忘れないで、この身体は君の物で俺の物じゃない』
『どういう意味?』
『君がもう少し大人になったら教えてあげる』
そんなの何時になるか分かんないじゃん。
『それまでは俺が君の可能性を示してあげるよ』
『ふふふ、何それ意味わかんない』
あぁ、私の理想はまだまだ遥か高みにあるみたい。
『それじゃ、お願い』
『了解、任せて』
『『人粧纏心』』
◇
「行っちゃったね」
「だな」
「さて、私達は私達の仕事をしますか」
「「了解」」
ユミル達が逃げてからすぐに奴は現れた。
「来たぞ! 魔導部隊は準備しろ!!」
奴は国騎士と討魔者に囲まれている事に気付いても、その歩みを止める事なく向かって来る。それがただの蛮勇なら良かっただろう。
「放て!!」
この場にいる国騎士と討魔者の殆どが放出魔法を得意とする魔導士タイプだ。その全員が一斉に魔法を放つ。
その衝撃は草原を揺らす程の威力を誇っていた。
「やったか?」
でも、俺達は見てしまった。魔法を放つ瞬間、奴が笑っていたのを。
『オォォォォォォォ!!』
砂塵の中から無傷で現れた奴は、身体から瘴気を迸りながら雄叫びを上げ突っ込んでくる。
「あ」
それは一瞬の事だった。奴は目の前にいる屈強な騎士をまるで羽虫を払うかのように、片手に持つ無骨な大剣で薙ぎ払った。
薙ぎ払われた騎士は小枝の様に鎧ごとへし折れ、吹き飛んでいった。
「こりゃ死ぬかもな」
未知の魔物との死闘が始まった。




