53 道化の救済者
踏みしめる土の感触、木漏れ日の暖かな安らぎ、魔物の唸り声、そのどれもが懐かしく感じる。何故だろうと思っても心当たりが全くない。私の覚えている記憶の最後は……
任務を開始してから三日、この不思議な感覚に戸惑いを感じつつも上手くやれていたと思う。私の役割である魔物の索敵をジークさんを始めとして、全員から褒めて貰ったのだから間違いない。それにエミルにも褒められた私はニヤニヤと頬が緩むのを隠せなかった。
そんな私は突如として現れたそいつに全く気がつかなかった。
「楽しそうにやってるね君たち」
「っ!」
突然の第三者からの声に即座に反応したジークさん達が臨戦態勢をとる。同様にアルベルトさん達もそれぞれ武器を手にしているのに対して、私は何も出来ていなかった。
「そんなに警戒しないでよ。僕はただ勧誘に来ただけなんだからさ」
「何をした?」
「んー、何の事かな?」
「どうやって俺達に気付かれずに接近出来た?」
「それは内緒かなぁ。僕からネタバレしても面白くないでしょ」
私は浮かれていたけど索敵を怠った訳では無い。単純に声をかけられるまで気付かなかっただけだ。でもそれはジークさんも同じだったみたい。
「そんなことより、勧誘だよ勧誘。僕はそのためにわざわざ来たんだから」
「勧誘したいなら先ずは、自分の顔を見せたらどうだ?」
「君は相変わらず面倒くさいね。そんなのはどうでもいいじゃん。それに君に用事は無いよ、用があるのはエミルちゃんにだ。あ、今はユミルちゃんだっけ?」
その言葉に更に警戒が強まる。私の名前を知っているのはエミルと直接関わりがあった人だけだ。けれどこの男の声に聞き覚えが無い。
「貴方は誰?」
「こんにちは、ユミルちゃん。僕は道化の救済者だよ。よろしくね」
「その何とかがこんな所で何の用事があるの?」
「やっぱり横文字は覚えづらいかぁ。えっと、今日はユミルちゃんを勧誘に来たんだ。僕と一緒にこのどうしようもない世界を救済しないかい?」
「そんなの興味ない」
そんな曖昧な事言われても意味わかんないし、どうでもいいし。エミルも反対してるし。
「即答なんて酷いなぁ。僕傷付いちゃうよ」
心にもない事を言われても何とも思わない。
「僕と一緒に来てくれたら、ユミルちゃんの知りたいこと全部教えてあげるとしても?」
それはジークさんやエミルがいるので間に合ってます。
「お前は何を知っている?」
「だ、か、ら、さ、君には用が無いって言ってるだろ。いちいち話の腰を折らないでくれないかな」
「なら実力行使で聞き出すまでだ」
「うわ、引くわぁ。まじドン引きだわ」
痺れを切らしたジークさんが武器で牽制するも、相手は余裕があるのか戯けているだけだった。
「はぁ、こんな空気の読めない奴がいたら勧誘の糞も無いよ。折角、手土産まで持って丁寧に穏便に行こうとしたのにさ」
「なら、何故このタイミングで来た。街中でも機会はあったはずだ」
「僕は救済者なんだよ? 余計な犠牲者は出したくないんだ」
「滅茶苦茶だな」
「僕も自分でそう思うよ。もう今日は取り敢えず手土産だけ置いて帰るとするね。味は黒毛和牛だから遠慮せず食べてくれると嬉しいな」
そう言った後にそれは空から降ってきた。




