40 捕食者
遅くなりました。
あの魔物を逃さずに確実に仕留めるには、今の魔法で強化しただけの脆弱な身体では不可能だ。
俺は今まで使っていた放出型魔法を一旦止め、蓄積型魔法のみに魔力を注ぐ。そして、その上から瘴気を重ねて更に強化する。
肌には攻撃を防ぐ為の強靭な鱗を、歯や爪は相手の肉を切り裂き骨を断つ為に強固で鋭利に。瘴気と魔力を織り交ぜ纏う。
想像するは龍、この世界で最強の種だ。
「もう……終わりなのか……」
俺の姿が変わっていくのを見ていたジークの小さな呟きを強化した聴覚が拾う。言葉の意味は分からないが、その声は微かに震えていた。
身体を整え終わった俺は放出魔法の発動と共に一歩踏み出すと同時に、魔剣を取り出したジークが立ちはだかる。剣先を俺に向けた状態で。
「お前は誰だ。エミルか? ユミルか? それとも」
「私はエミル」
「本当か?」
「本当だよ」
「何故ユミルは出てこない?それにその姿はなんだ?」
「説明は後」
「ーッ待て!!」
悪いけど今はジークに構っていられない。この身体の疼きを解消する事しか考えられないんだ。
撃ち出された弾丸の様に木々をなぎ倒しながら一直線で近づいてきた俺に ギシャァ!? と驚愕に似た叫び声を上げた魔物にニンマリと笑みを向けて言い放つ。
「第二ラウンドだ。くそ野郎!!」
瘴気と魔力を多く消費した状態で、新手の同族と戦うには不利であると悟った魔物は、知能持ちが故にその決断は早く、生き残るために逃走を開始ししようとした。
「逃がさねえよ! 黒炎の檻」
辺りから噴き出た黒い炎が魔物と俺を包み込む。
ギシャ とまるで悪態をつく様にして、こちらに振り向く。そうして改めて相手の様子を確認した魔物は、身体の震えを抑える事が出来なかった。
内包する力は、同族の中で食物連鎖の頂点である龍と同等かそれ以上の存在。
姿型が自分の知っている龍では無いなどと言う疑問は些事であった。
生存は限りなくゼロに近いが、ゼロでは無い。
「かかってこいよ、虫けら」
恐怖に震えている魔物を煽るが、反応は無い。俺が一歩一歩近づくと、後退りも抵抗も見せる事無く己の死を受け入れたかのように、その場に四肢を投げ出し平伏した。
お前はそれを選択するのか……
俺はそのまま歩みを止める事なく、魔物との距離が手の届く範囲まで狭まった瞬間、魔物が微かに笑った様に感じた。
プッ と魔物の口から鋭く小さな針が放たれた。
「この道化が」
魔力によって圧縮された針は、予測していなければ反応しきれないほどの速さであったが、魔力が直接感じ取れる俺とって瘴気を使わない奇襲は無意味だ。
放たれた針は爪で弾き飛ばした所で、策が通じなかった魔物は苦し紛れに振るってきた鋏を手の平で受け止める。
受け止めた鋏を腕力のままに引き千切る。ブチッブチッブチッ と筋肉の切れる音と共に魔物の叫び声が響く。
それでもなお、残ったもう一つの鋏で攻撃してくるのを同じ様に受け止め、握力のままに握りつぶす。
吹き出す体液を全身に浴びるが、鱗で覆われた肌はそれを弾く。
無駄な抵抗だと思いながら頭上から振り下ろされる尻尾を受け止め、掴み取る。
そのまま4メートル程の巨体をものともせず振り回し、背中から地面に叩きつける。
破壊された鋏から体液がとめどなく流れ出る。もう再生するほどの魔力も残っていない魔物は、仰向けになってピクリともしない。
止めを刺すために仰向けになった魔物の上に乗る。
「俺の糧になれ道化師」
魔力の結晶でもある心臓に腕を突き刺し取り出す。取り出された心臓は内包する魔力により淡く光り蠱惑的で、滴る体液は瑞々しい果実を思わせ、毒とか魔物とか全てを忘れてそれを口にした。
ドクンッ と大きな鼓動が聞こえて身体の内側から疼きが消えていく。
初めての感覚に全てを委ねる様にして、俺は意識を失った。
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