2 あれから。
今日は後1話更新します。
あれからどれだけ時間が過ぎたか分からない。これは夢でも何でもなく紛れも無い現実だ。けれど、俺はまだ生きている。
毎日変わらない日々が繰り返されている。朝か夜かも分からない時間に殴られて意識を取り戻し、目を開けても真っ暗なのは変わらず、身体に何かを刺される。
最初は抵抗したが殴られ続けた結果か同じ薬を何度も打たれたせいかは分からないが、効果が切れた後でも耳と鼻は機能をほとんど失い、かろうじで耳が雑音を拾うぐらいだ。
腕が使えなくても首は動いたので、相手を噛み殺そうとしたら奥歯の数本以外の歯は抜かれてしまった。痛みがないからってやりすぎだろ。
最悪生え変わるから大丈夫だと思ったが生えてこず、歯が無いため食事は流動食の様なものを啜る羽目になった。この野郎覚えてろよ。しっかし、唯一の救いは味覚まで分からなくなった事だ、そのおかげで苦痛無く物を食べられる。
疑問なのが、偶に実験? で身体を弄られてる割に四肢が欠損していない事だ。確実に手足の2、3本は切り落とされていたはずなんだけどな。気付いたら何故か元に戻っている。いや、もしかしたら指の2、3本は無いのかもしれないのだけどさ。
何故俺は死なないのだろう? 特に治療を受けているわけでも無いのに、勝手に自己修復しているのだろうか? 中々しぶとい。
様々な抵抗は無駄に終わったので自殺しようしたが、何かが邪魔をして舌を噛み切る事が出来ない。餓死しようと思っても食事を残すと無理やり流し込まれるのでこれも出来ない。あと考えつくものを色々試したけど全てダメだった。
……無理ゲー過ぎる、はぁ。
最近は薬に耐性が出来たのか記憶もはっきりしているが、前の記憶は曖昧なせいで自分の名前も正確な歳も分からない。多分、まだ成人していない女の子で盲目って事ぐらいしか分からない。目は薬を打たれる前と何の変化もないからな。
そうそう、変わった事と言えば第六感が覚醒したのか知らないが、最近は人の気配を感じる事が出来る様になった。
よく分からないけど、火の玉の様なものが揺らめいているのが分かる。火の玉=人がいる? みたいな感じだ。自分で確認したら心臓の位置に小さい火の玉があったから多分当たってる。
そのおかげで此処がどういう所か分かった気がする。此処はいわゆる娼館の様な場所だろう。違法なのか合法なのか知らないけど。自分と同じ様な小さな火の玉が沢山あって、大きな火の玉の近くで上下運動していたら嫌でも察するわ。
それに実験が無い時は身体を念入りに洗われた後に違う部屋? 俺も連れて行かれる。抵抗をやめ何の反応も示さない人形に成り下がっている俺に対してまでお盛んな事だな。そう言う趣味が此処では普通の事なのかも知れないけど。
嫌悪感を感じても、身体は何も感じ無いし音も碌に聞こえない、目も見えないと自分は使い物にならないので結局流れに身を任せるしか無い。あー、爆弾でも降ってこないかなぁ。そしたら皆殺し&自殺出来て一石二鳥なのに。
と、そんな感じの日々を過ごしている。最近は起きたふりをして一日中寝ている事が多くなった。何の反応も無い人形なんだから寝てても問題ないよね。
それこそ最初はどうやって相手を殺してやろうとか、自殺するにはとか、あれこれ考えていたけど、時間が経つに連れて考えるのをやめた。最近はこの堕落した生活も悪くないかもと思ってしまう自分がいた。ニートさいこうー。
◇
ん、騒がしいな。俺の壊れた聴覚でさえ音が聞こえる。せっかく人がいい気持ちで寝て居たのに邪魔するなよ。
「■■■■■■!」
「■■■■■!!」
おー、何か叫んでるな。それに大きな爆発音? まで聞こえる。これはもしかして本当に空から爆弾でも降ってきた? ははは、やったね! ざまぁみろ。ついでに俺の所に落ちて来てもいいよ。
……やっぱ落ちてくるわけ無かった。はぁ、どうせ動けないしもう一眠りしよう。
◇
国境付近の森の中にある建物の中から、数人の男が拘束されて出てきた。
「隊長、粗方の任務は完了しました。如何なさいますか?」
「まずは此処に捕まっている人々の安否の確認が最優先だ。最悪グールが発生している可能性があるから気をつけろよ。」
「「「はっ!」」」
ふぅ、毎回の事だけどこの手の仕事だけは慣れねぇ。
「ほんと胸糞悪いわね。捕まえるのは無しにして此処で全員殺しましょうよ。」
「まぁ、落ち着けや。お前の気持ちは分からないでも無いが、情報を吐かせるまではダメだ。」
「ふん! それぐらい分かってるわ。ただ言ってみただけよ、それに貴方の顔に泥は濡れないわ。」
「そうかい。」
全くの同意見だが俺達は国騎士だからな勝手な行動は出来ん。
「隊長、人数の確認が取れました。残念ながら数名は遺体となっていましたが……グールの発生は有りません。」
「了解した。嫌な仕事を押し付けてすまんな。」
「い、いえ! お気になさらずに。」
「後、気になる物を発見しましたので、報告を。」
ふむ、何でも地下室らしき場所に強固な結界を張った扉を発見したとの事。何か大事なものでも隠しているのか?
「了解した。スズにユキ、カナンの三名は俺と一緒に付いて来い。」
「了解です隊長!」
「はーい。」
「分かったわ。」
この隊で優秀な国騎士3人を連れて地下室に向かう。着いた先には腕のいい魔導士が掛けたであろう強固な結界が張られた扉を見つけた。
「解除出来るか?スズ。」
「んー、これはかなり難しいですね。少なくとも第3級並みの結界ですよ。」
「カナンはどうだ?」
「私にも直ぐには無理ね。時間をかければ何とか。」
「私は私は?」
「お前の様な脳筋に魔法の事を聞いても無駄だろう。」
「酷い!」
仕方ない、強行突破するか。
「俺がやるから下がってろ。何が出てくるか分からないから警戒しておけよ。」
「結局隊長も私と同じゃん。」
「ただの脳筋と隊長を同じにするんじゃないわ。」
ふぅ、腰にある刀に魔力を流し込む。それと同時に手足にも魔力を流し込み強化していく。よし、第3級ならこれぐらいで十分か。ふん!と扉に一閃。
キィン!と金属の板が切れる音と魔法陣の破壊される独特の音が聞こえる。
「流石、魔剣士の二つ名があるだけの事があるわね。」
「ハイブリットはずるいと私は思います。」
「やっぱり私と同じ脳筋じゃんか。」
「……お前らちゃんと警戒しろよ。」
それぞれの感想を貰い扉の中に入ろうとした所で異変に気付く。
「ちょっと待った。」
「これは瘴気ですか?」
「スズも気付いたか。」
瘴気とは魔物から発生するもので、その濃度が高い程強大な魔物がいる事を示している。この部屋の中は僅かだが瘴気が漂っていた。
「気を引き締めて行くぞ。」
さっきまでのおちゃらけた雰囲気は無く3人とも真剣な表情に変わっていた。
地下室の中は薄暗いが光で照らされており研究室の様な場所だった。夥しい数の注射器や薬品が乱雑に置いてあり、研究資料の束があちこちに散らばっていた。
「ひとまず此処には魔物はいないみたいだな。それにしても何だこりゃ。何の実験をしてやがった?」
「暗号化されていてよく分かりませんね。」
「これは……」
「何かあったか?」
「えぇ、最悪な物が見つかったわ。これを見て頂戴。」
渡された紙に書かれた内容を見て思わず紙を握りつぶしそうになった。
「何が書いてあったの?」
「……魔眼の取り引きがあったみたいだ。」
「それはマズイね、早く国に報告しないと。」
「クソが!」
俺は怒りに任せて近くの机に拳を振り下ろした。
「隊長はどうしてそんなに怒ってんの? 確かに一大事だけどさ。」
他の3人も魔眼の事に気を取られいて、俺の憤りの理由を分かっていなかった。
「……前にも魔眼が取り引きされた場所に立ち入った事があるが、そこにもここの様な場所があった。何故こんな所に研究室があると思う?」
「魔眼の研究をしてたんじゃないの?」
「あぁ、俺も最初はそう思っていた。だが実際は違って残酷だ。魔眼を抜かれた人がどうなるか知っているか?」
「残念だけど、口封じの為に殺されるでしょうね。」
「そうだな、最終的にはそうなるだろう。」
「どういう意味ですか?」
「魔眼保有者は例外なくその身に膨大な魔力を宿している。それは子供だろうが同じだ。これがどういう意味か分かるか? ここの研究室はな俺達の様な魔力を持つ者を効率よく殺す為の実験施設だ。そのため、魔眼を抜かれた人間は死んで構わない都合のいい実験材料って事になる。」
「……」
3人共衝撃が強かったか声が出せないでいた。俺は遣る瀬無い気持ちになりながら3人を置いて他の部屋を調査しに向かった。今のあいつらには見せない方がいい部屋が絶対何処かにあるはずだ。
こんな胸糞悪い所なんて早い事立ち去りたいが、他にも情報が無いか調べないといけねぇ。最初の部屋にあれだけ処分されずに置いてあったんだ、他にも何か絶対に残ってるはずだ。
探しているうちに奥の部屋に辿り着いた。他の部屋は全て確認を終えて後はここだけだ。未だ保有者らしき遺体は確認出来ていないのでこの部屋にある可能性が高いだろう。どんな惨状になっているか分からないが気合を入れて確認しようと扉を開ける。
「ッ!」
その部屋はむせ返るような血の匂いで包まれている異様な場所だった。壁や地面の辺り一面に血の跡が付いていているのに、何故か真ん中の鎖で繋がれた美しい子供の人形には一切の血痕が付いていなかった。
「悪魔でも呼び出そうとしてたのか?」
何にせよ気味が悪い。とりあえず人形だけでも調べようと近づくと微かに寝息が聞こえた。よく見ると手足の関節は痛々しい傷跡があり人形の関節とは違う。まさか人間なのか!?
驚いた……魔眼保有者が生存しているなんて奇跡だ。早く保護してやらねぇと。
まだ続きます。