115 悩み
続きです。
「姫様がそう言うと思って既に準備は出来ています、お洋服はこちらから好きなのをお選びください」
「……じゃあ、これで」
俺の要望があっさり通った、と言うよりも見越されていた。なのでもう気にするだけ無駄だと思い、目の前に置かれた服の中で一番目立たない物を素直に選ぶ。
そしてこうなったらいっその事全部殿下にやってもらおうと、この国でやりたかった事を全て伝えてみる。
「上に確認を取らないと分かりませんが、その要望でしたら恐らく大丈夫だと思います」
「そう」
「それにしても多岐にわたる要望ですね。全て姫様が嗜むのでありますか?」
「そんなところ」
「姫様は多才でありますね。私とか――」
ヴァイスが黙々と俺の着替えを手伝っている間に、俺の要望を記したメモを改めて見たレディが感心しながら言う。
それは食料から鉱石の調達に魔道具の新書と工房の使用許可など、欲しいものを適当に列挙したので仕方ないことだったが、俺に対して余り畏まらないで欲しいと言う要望を出した途端の食いつきだった。現金な女性である。
「これで完了です」
「ん、ありがとう」
「お気になさらず」
会話に参加せずに黙々と仕事を終えたヴァイスとの何気ない会話は、ふとあの頃を思い出させた。短い期間だったけど、ブランと俺の一日の始まりは何時もこの会話だった。
「姫様の肌はお綺麗ですね。外に晒すのが勿体無いです」
「……姫様はやめて」
「それでは、なんとお呼びすればよろしいですか?」
「エミルでいい」
「それは……畏れ多いです」
少しでも昔を懐かしみたいと思いヴァイスに名前で呼んでほしいと伝えてみるも、俺の期待とは裏腹に一瞬だけ逡巡した素振りを見せたものの断られてしまう。
会話を聞いていたレディは二つ返事で了承してくれたから、別に難しい注文をしているわけではないはずなのにと疑問を抱いていると、微かにだがヴァイスに反応があった。
それに俺は頭から冷水をかけられたように立ちすくむ事になる。だってそれは一度だってヴァイスから向けられたことのないもの、殺意だったから。
思いもよらなかった反応に落ち込みながら、タイヨウが待機している宿舎に移動する。道中は俺の雰囲気を察してか二人共話しかけては来なかった。けれど、女三人で行動していれば空気を読まない馬鹿はやって来て、それを上の空であしらいながら時に武力で排除する。
その時男達に何かを言われていたが俺は頭の中では二年の間に俺に殺意を向けるほどの何かがあったとか、ジークに愛想を尽かされただとか、嫌な考えばかりが浮かんでは消えていた。どうやら俺は身体が成長してから考える余裕が出来たおかげで、うじうじと悩む癖が出来てしまったらしい。
それに臆病にもなった。どうしてそんなものを向けたのかとヴァイスに真っ直ぐに聞くことさえ、今は怖くて出来ない。
「……姫様は武人とお見受けしますが、一体どの様な鍛練を積まれたのですか? お身体に傷一つないなんて珍しいです」
後少しで宿舎に着くといったところで先に沈黙を破ったのはヴァイスの方だった。それは純粋な疑問といった感じで、近くで見ていたレディも気になっていたようで耳を傾けていた。あくまでも初対面の体裁を保ち続けるヴァイスに俺はしどろもどろになりながらもどうにか一言、内緒とだけ答える。
「左様ですか……では、こちらにタイヨウ様がおられますので、お時間になるまでお寛ぎ下さい」
「わ、分かった」
気まずく返事しながらタイヨウのいる部屋に入る。
「あ、お帰り。一体今回は何に巻き込まれ――ちょっ!」
ベッドに寝ころんだままの状態で首だけ向けて話しかけてくるタイヨウに向かって、俺は無言で魔法をぶっ放した。




