110 疑惑
引っ越し等で更新が遅くなりました。続きです。
嵐のように過ぎ去っていった殿下を俺は何とも言えない気持ちで見送った俺は、平常に立ち直った部屋の侍女達にあれこれと揉みくちゃにされながら説明を受けていた。
「つまり殿下の女性がいなかったから、私が連れてこられた?」
「概ねその認識で正しいです」
「貴族でも王族でもないのに?」
「身分などは些事ですので。あ、そのまま動かないでくださいね」
「帰っていい?」
「ダメです」
どうして殿下は選抜された女性の中から選ばずに、偶然に出会っただけの俺を選んだんだよ。他国からの女性の方が教養も作法もしっかりしてて、荒っぽい俺よりか数倍おしとやかだろうに。
「殿下は何か言ってた?」
「何かとは?」
「私を選んだ理由」
「あぁ、それは殿下の一目惚れだそうですよ」
「一目惚れ、ね」
便利な言葉だ。何処が好きだとかの理由よりも遥かに説得力がある。けれどやっぱり裏がありそうな答えだな。
「気になるようでしたら、殿下から直接お聞きになったらどうですか?」
「……そうする」
遠回しにこれ以上は答えられないと言っている気がするので、他に気になっている事を聞いておこう。
「私の仲間はどこ?」
「安心してください。お仲間のミラ様でしたら現在、王家が信頼を置いている宿舎で休まれております」
「……」
えーっと、確かミラって名前はタイヨウが今の擬態している女性の偽名だったはず。合っているか自信ないけど。そもそもタイヨウの擬態は種類と偽名が多すぎて、視力の無い俺には見分けがつかないんだよな。と言うか成り行きでだが三人の亜人とも一緒に行動していたはずだけど、あいつらは何処に行った?
「一人だけ?」
「申し訳ございませんが、エミル様しか城の滞在を許可されておりません。けれど、エミル様には自由行動の権限を殿下から与えられておりますので、空いた時間にお会いしに行く事が出来ます。なので平にご容赦下さい」
質問の意味を勘違いしたのか、俺が何か言う前に侍女も騎士も膝をつき即座に許しを請う。
「別に怒ってないから。そうじゃなくて、他にいなかった?」
この変わり身の早さはきっと俺が最初に威圧したのが効いたからだろう。それに俺は表情が豊かな方ではないから、余計に勘違いに拍車をかけていると思う。
「私達はミラ様しか存じ上げておりませんが、他にもいらっしゃるのですか?」
「知らないの?」
「申し訳ございません。直ぐに対応を――」
「知らないならいい」
まぁ、本当に知らないのであればそれでいいや。動揺はしているけど特に何かを隠している様子も無いし、それに下手に俺から巻き込むのも悪いからな。
「左様でございますか……では準備が整いましたので、殿下の元に向かいましょうか、姫」
「姫はやめて」
早く問題を解決して本来の目的を果たそう。きっと今頃宿にいるタイヨウとかは国騎士に正体がばれないかと怯えていそうだしね。
◇
人生二度目になるヒールを履き、ドレスを身に纏っているとあの日の事を思い出す。妙に格好をつけたがる男にぎこちなく先導されながら行ったパーティーを。でも、その男は私の傍にいない。
「殿下、エミル様がお見えになりました」
「うむ、通せ」
多重の結界に俺の知らない魔法が入り混じった、如何にも重要人物がいますよと激しく主張している部屋の扉を侍女が開けると、中には案の定先程の濃ゆい面子が勢揃いしていた。それぞれにお茶を飲んでいたり、椅子で寛いでいたりとしている中で、俺を認識した瞬間から全員が物理的な威力のありそうな魔力と視線を向けてくる。全く、御大層な歓迎なことで。
あまり煽らないで欲しいと思いながらも視線や魔力に躊躇う事なく一歩を踏み出し、一応形式的な挨拶をする。
「お初にお目にかかります。エミル・シュヴァルツァーと申します」
「うむ、うむ。俺様はグラン・オルクス。この国の王子だ」
「……どうも」
しっかりと顔と胸を見てから納得したのはこの際不問とするけど、殿下じゃなかったら殴っている。
「先ほどは愚弟失礼しました。私はグレイス・オルクス。よろしくね、未来の妹ちゃん」
「……はい」
「そう緊張しなくても大丈夫だよ、嬢ちゃん。取って食う訳じゃないから。あ、おじさんは近衛のマソウ・タカヒロ、よろしくね」
緊張も何もさっきの威圧感のある声を聞いたら、無意識に身構えてしまうのは仕方ないだろう。地味に他の男共よりも魔力量が多いし。
「しね」
「あれ、おじさんにだけ当たり強くない?」
本来ならこの国騎士にも礼儀を払わないといけないのだろうけど、苛立ちの方が勝っているのでつい本音が出てしまった。
「さて、腰を据えて話をする前に一つ聞いておきたいのだけれど、貴方って本当にあのエミル・シュヴァルツァーなのかしら?」




