107 魔槍
遅くなりました。続きです。
魔力が直接視える俺には、強者とそうでない者を見分けるのは簡単だ。心臓の位置で妖しく灯る火種の大きさで判断すれば良いのだから。
でも、自分以外の魔力が見えない他の人はどうやって判断しているのか。気になった俺は師匠やジークに聞いたことがあった。
その時の二人は同じような答えを口にした。それは経験則から導き出される直感、説明の仕様がないただの勘だと。
「レディ、準備しとけよ」
「了解であります!」
検問所から出てきた二人は、余所見をせず俺だけを見つめ、着実に歩み寄ってくる。そして距離が短くなるにつれて、二人の身体強化の段階がどんどん引き上げられていく。
これはもう、大人しく流れに身を任せるのが良さそうだ。流石に師匠クラスの二人を相手に、タイヨウを連れて逃げるのは骨が折れそうだし。それにここで逃げたら一文無し確定だ。
まだ食べていない料理が俺を待っているのに。
「エミル・シュヴァルツァーだね?」
「休憩中の所申し訳ありませんが、御同行願います」
ちょっと現実逃避している間に目の前まで来ていた二人は、ご丁寧に座っている俺に目線を合わせて名前を呼ぶ。それだけで、この二人への警戒度は更に上がった。
「人違い、私はユミル」
名前を呼ばれたことには動揺せずに、冷静に人違いだと返す。これで、はいそうですかと帰ってくれるとは思わないけど。
「既に討魔ギルドと検問所で、確認済みなのです。嘘を言っても、ダメなのであります」
確認済みって、俺はこの国に来てから個人情報を調べられるような何かをした覚えは無いし、法を犯す真似はしていないはずだ。存在が犯罪そのもののタイヨウと行動を共にしている以外では。
「……何者?」
ギルドと検問所に顔が利いて俺の情報を握っているとなると、恐らく二人は討魔者では無く国騎士の可能性が高い。けれど道化の救済者の一員である可能性も捨てきれない。
「あー、俺達は嬢ちゃんを案内するようにと、殿下から遣わさせれた国騎士。使い走りの一人だよ」
「魔槍様をそのような扱いが出来るのは、殿下だけでありますよ。全く、困ったお方です」
「……殿下」
想像以上に嬉しくない言葉が出てきて、顔が引きつりそうになる。この国の王族が一体何の用事だ。
「そう、殿下。この国の王子様が、お嬢ちゃんをご所望なのさ」
「どうして?」
「どうしてって、お嬢ちゃんは知らないのかい? 今この国で行われている祭りを」
「武器祭りでしょ?」
「あぁ、それもあるけど、今回は殿下達の成人をお祝いする祭りでもあるんだ」
「へぇ」
「殿下達は現在、自身の婚約者に見合う人を選定している最中でね。そこでお嬢ちゃんに、白羽の矢がたったわけだ」
「突然王城から消えた殿下が、我々の徒労も気にせずに戻って来て開口一番に“運命の人に出会った”でありますからね」
何だろう、途轍もなく既視感を覚える。そう言えば俺もここに来るまでに、同じような言葉で求婚されたことがあったな……まさか。
「しかも、一度求婚を断られているのに、城まで連れて来いって我々に命令するものですから、大変でありました。何しろ碌な手懸りも無くて、白髪で強かな年頃の女性だけでありましたから」
おぅ、まじか。
「既に二桁も案内して来ましたが、やっと当たりを見つけたであります」
「俺達を助けると思って、大人しくついて来て貰えるかな?」
「いや」
例え相手が王族だろうが貴族だろうが、それだけはごめんだ。俺はジーク以外の誰かのモノになる気はない。
「……本当に強かだね。はぁ、正直この手は使いたくなかったんだけど、仕方ないか」
魔槍と呼ばれていた男は俺の拒否に溜息をついて、アイテムボックスから禍々しい槍を取り出す。槍から溢れ出る魔力を見て、身の危険を感じた俺はその場から逃げようとするが、男の魔法の方が早かった。
「少しの間お休み『睡魔の尾』」
「――ッ!」
手に持つ槍を中心に波紋のように広がった魔法に触れた瞬間、堪え難い眠気に襲われる。ユニーク魔法の類か!
こうなれば自傷してでも意識を。
「そうはさせないよ。殿下の未来の花嫁に傷を残したら、おじさんの首飛んじゃうから」
「くそ……」
痛みで睡魔を紛らわそうと試みたが、既の所で男に止められる。だめだ、もう魔法を維持してられな……
「ふぅ、普通の人なら一瞬で夢の世界に旅立つと言うのに、つくづく強かだよお嬢ちゃんは」




