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97 お姉ちゃん

ユミル視点です。

「ユミルにはお姉ちゃんがいるの?」

「あ、ちょっと」


タイヨウの自分語りがひと段落した所で、クロマメから質問が飛んでくる。


「いるよ、今も一緒に」


クロマメの言う通り、私にはお姉ちゃんがいる。誰よりも強くて格好良くて、可愛い自慢のお姉ちゃんが。 そして消えてなんかない、お姉ちゃんは何時も私を見守ってくれていると信じているから、そう言葉を返す。


「それは……」

「ふぅん。お姉ちゃんは、どんな感じの人だったの?」

「ちょっとクロマメ? もうその話しは辞めない?」

「どうして? タイヨウも気になるでしょ?」

「そうだけどさぁ、内容が……」


ちらちらと視線を感じ、タイヨウが私を気遣ってくれているのが分かる。その機微はきっと昔の私では理解出来なかったモノ。あの時、初めて心の痛みを知ったあの時から、私は本当の意味で(ユミル)になれたのだと思う。


一度は殺されたはずなのに私を心配するなんて、やっぱり変な男。


「気にしなくて大丈夫……私のお姉ちゃんはね――」


でもどうしてだろう。この人なら話してもいいと思うのは。



最初の記憶はもう覚えてはいない。気付いた時には、私の隣にいるのが当たり前だったから。私が泣いていたら励ましてくれて、挫けそうになると背中を押してくれる。諦めなければ、どんなことでも出来ると可能性を証明してくれた存在。


それが私の大好きなお姉ちゃんだ。


一人では動くことさえままならなかった身体で、大地を駆け抜け魔物を狩り、光を映さない瞳で魔力を捉えて扱うその姿は、今も私の憧れだ。


けれど、そんな憧れの存在でも苦手なものが一つだけあった。どうしてこんなにも簡単なことが出来ないのだろうと、不思議でそして嬉しかった。


私が存在する理由を見つけた気がしたから。


だから私はお姉ちゃんの代わりにやってあげた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


でも、今なら分かる。それはお姉ちゃんにとって最大の苦痛だったことを。何も知らなかった私は愚かにも、大好きなお姉ちゃんを自らの手で苦しめていた。


気付くべきだった。お姉ちゃんが私に視力を戻すことをやめた理由を。ジークさんに思いを伝える度に、お姉ちゃんが私にまで感情を隠すようになった理由を。




お姉ちゃんは、私にジークさんを見て欲しくなかったんだよね。私がジークさんを好きになって欲しくなかったんだよね。


お姉ちゃんは私を殺したいほどに、嫉妬していたんだよね。


あの日、大粒の涙を流しながら泣き叫んでいたお姉ちゃんから伝わったモノは忘れはしない。



好き。ジークが、好き。



飲み込まれそうな感情の渦の中でも、この想いだけはどれよりも強かった。でも、こんなにも胸の奥が痛くて、涙が溢れそうになる“好き”を私は知らなかった。


結局私がそれを理解した時には何もかもが手遅れだった。お姉ちゃんを傷付けて、ジークさんを傷付けて、そうして一人ぼっちになってからようやく成長した私は、ずっと後悔してきた。


あの時の私がもっと……


でもね、もう私は後ろを見ない事にした。逃げた訳じゃない。暗闇の中に沈んでしまったお姉ちゃんが目覚めた時のために前を向く。お姉ちゃんが諦めてしまったものを、今度は私が諦めないために。


だから私は少し意地悪になる。もしお姉ちゃんに嫌われたとしても、もうめげないと決めたから。



「うーん、思ってた以上に複雑なんだね。どうすればお姉ちゃんが――」

「二重人格? でもユミルちゃんの話しじゃ――」


話が終わるとクロマメもタイヨウも自分の問題のように悩んでいた。ふふ、本当に変わった人達だ。だけどごめんなさい。今度はお姉ちゃんがあなた達を殺すかもしれない。


「タイヨウ」


私はお姉ちゃんを起こす魔法、タイヨウにキスをする。逃げられないように腕を回して。


「な、んっ! んーー!!」

「え、えぇぇーー!!」


『いじわる』


腰まで伸びた真っ黒な髪は透き通るような白い肌に映えて(あで)やかで。私を少し成長させたような身体に一本角が額に生えている女の子は、不満気に頬を膨らませていた。


『おはよう! お姉ーちゃん』

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