96 ターニングポイント
続きです。次でエミルちゃん出てきます。
「話してくれるの? あなたの秘密」
近くにいることで鮮明になった身体をなるべく見ないようにして話しかけると、不機嫌さはなく普通の返事が返ってきて安心する。目を合わせないとダメとかじゃ無くて良かった。
……本音を言うとめちゃくちゃみたいけど、ここはぐっと我慢する。
「うん。だけど、君の話しも聞きたいな。僕も君の事が知りたいんだ。良かったら教えてくれるかな?」
下心を表に出さないように気を付けながら、なるべく自然体で、小さい子に話しかけるように言葉を紡ぐ。他意はないとこの子に伝わるように。
「……分かった」
少しの間が空いて緊張したが、これで第一関門は突破だ。まさかこんなところで逃亡生活で培った経験が生きるとは思いもよらなかったよ。
よし、次は自然な流れから情報を得るぞ。
「ありがとう。でもね、ここでお話しするには少し危ないから、安全な場所に着いてからにしようよ。それにもし知っているなら、僕に教えてくれないかな?」
ここからが第二関門。それはこの子から安全地帯を聞き出すこと、ないし案内して貰うことだ。最悪知らなかったとしても、何処かに拠点になりそうな場所ぐらいは知っているはず……と思いたい。
「私がいるから安全だよ?」
そうきたか。確かにレベルが四桁もあればここら一帯の魔物は目じゃないだろう。けれど、それならこれでどうだ。
「でも僕は君の名前すら知らないんだよ? 何も知らない人から安全だよって言われても、僕は安心してお話し出来ないな。それにまた龍みたいな強い魔物と出会ったら嫌じゃない?」
本当はステータスに全部表示されていれば名前なんて聞く必要は無いのだけれど、最初に分かるのは相手のおおよそのレベルと種族だけだ。ちゃんと自分自身が見聞きすることによって、初めてステータスに反映されるようになっている。
「うーん、そうかな? あいつは話せば分かる奴だよ」
「そ、そうなの?」
えぇと、会話の流れからしてあいつって龍のことだよね?!
「でも、タイヨウが嫌なら移動する」
「えっ」
龍が言葉を使うかもしれない事実に動揺を隠せないでいると、更に僕を混乱させる事態が起こる。立ち上がった女の子に不意に名前を呼ばれ腕を強引に掴まれたかと思うと、世界が唐突に切り替わってしまった。
「は……」
瞬き一つの刹那の時間で景色は百八十度変わる。見渡す限りに溢れていた大自然は人工の壁に替わり、太陽ではなく人類の叡智が詰まった魔道具が辺りを照らしていた。
僕は一歩も動いていないのに、いつのまにか家の中にいた。
「ここなら安心安全」
白昼夢でも見ているようで固まっていた僕は、女の子の言葉で現実に戻ってくる。
「あ、あの、一体なにをしたのですか?」
我に返った僕はぺたぺたと壁やテーブルに触れて夢でないことを確かめつつ、女の子に何をしたのかを尋ねる。すると“転移した”と端的に一言だけ返ってきた。
「転移……それって好きな所に自由に、って黒豆は?」
あらゆるゲームでお馴染みのワープが、この世界にもあることに内心で興奮し質問しようとしたところで、黒豆がいないことに気づく。
「あれ? おかしいな」
女の子も気づいていなかったのか、キョロキョロと家の中を見渡して首を傾げる。うっ、つい女の子の方を見てしまった。その仕草は癖なのかも知れないけど、僕にクリティカルヒットするからやめて欲しい。
「探してくる」
黒豆がいないことを確認して、律儀に探しに行こうとする女の子に待ったをかける。
「あぁ、誤解させてごめん。黒豆なら僕が呼び戻すから、気にしないで」
「呼び戻す?」
「見てれば分かるよ 『帰還命令』」
ステータス画面を見ると黒豆はまだ誰にも倒されていなかったので、再召喚じゃなく僕の元に呼び戻す魔法を発動する。
「ねぇ、私って嫌われるようなことしたかなぁ?」
多分違うと思うけど、どんまい。
◇
黒豆を呼び戻し漸く落ち着く事が出来た僕は、女の子の知りたがっていた秘密を全部包み隠さず話した。自分が異世界から召喚された勇者であることや残機のこと、そしてこの場所にやって来るまでの経緯を。
つい余計な事まで語ってしまったのは、きっと逃亡生活のせいだろう。それに話し相手でもあるユミルちゃんが僕の話しを真剣に聞いてくれたのも一役買っていた。
会話の途中で時々首を傾げていたけど、概ね僕の事を知ってもらう事が出来たと思う。ただ少し気になるのは、残機や眷属召喚を説明している時に呟いていた言葉だ。
“お姉ちゃんなら”
見た感じ誰かと一緒に住んでいるようには……これは容易に聞いたらだめだよなぁと悩んでいたら、あっさりと黒豆が質問してしまった。
けど、まさかこの質問が僕の人生逆転へのターニングポイントになるとは思いもよらなかった。




