表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

作者: 総元 達也

この次は浅間でも行こうかな。

豊治は新潟から関越自動車道を東京方面へ走らせながら、右側に見えるうっすらと煙を吐く浅間山を横目でちらと見ながら思った。

妻、聡子は新潟で食べた蟹の話ばかりしている。よほどおいしかったのか、お土産には大きな箱で2つ、これは後部座席に、それから、宅配便でそれも二つばかり、親戚と親しい友人宛に蟹の配送を手配していた。

保冷用の氷が若干解け始め、カーブを過ぎるたびにチャプ、チャプと音を立てている。


豊治が定年退職してこの2年ばかり、予想していた以上の退職金が手に入っていたこともあり、働いていたころにはほとんどいけなかった旅行に一月に一度は行っていた。

豊治が妻と旅行するようになって初めて知ったことは、妻の趣味が旅行と食べ歩きだったこと。子供が家族旅行をしたいと言ったときでさえ、私は車に弱いの、と豊治の味方をし、旅行らしいものにはほとんど行ったことがなかった。今まで40年間、妻の優しいうそに支えられ、仕事一筋に生きてきた自分が、今こうして妻と一緒に旅行しているのは、自分へのご褒美と言う意味を超え、何よりも妻への感謝の気持ちと、40年間たまりにたまった妻への贖罪の気持ちからだった。


一番最初に行ったのは、広島へ嫁いだ娘に会いに行った3泊4日の旅だった。豊治たちの住んでいる埼玉県からは車にしても電車にしても、おいそれといけない距離にあるため、娘が嫁いで行ってからは、娘が正月に顔を見せに来る以外はこちらからは一度も伺ったことがない。向こうの両親も、妻が乗り物に弱いことを知っていてくれていたから、こちらから伺わないことに不満らしいことは一度も聞いたことがなかった。それでも、ことあるごとに、機会があればいらっしゃいと言われていたことを妻は良く覚えていて、豊治が退職したのをきっかけに行こうと妻のほうから切り出した。

「娘に会いに行きましょうよ、ね、せっかくだから、車でのんびりと」

豊治はお前は乗り物に酔うんだから、せめて電車にしようかと言ったとき、妻が意味深な微笑をしたときに気がつくべきであった。妻は車で旅行することが大好きだったのだということに。

「頑張るから、ね。家以外で、あなたとゆったりした時間がほしいのよ」


関越自動車道の所沢インターを下りるころには日も翳り、ヘッドライトを点灯してから数分、妻はさすがに疲れたのか、助手席で軽い寝息を立てていた。

そこから妻を起こさないようにさらに細心の注意を払って運転したため、予定していた自宅への到着時刻を30分もオーバーして自宅へ着いた。

まず、そっと荷物を降ろし、それから妻を起こしにいく。あら、もう着いたの、とあくび混じりに言うと豊治に手を差し出す。

その手を引いて見慣れた我が家へと入って行った。


至福の時間だった。


ある朝、豊治が朝食を済ますと、妻の機嫌が悪いことに気がついた。

原因を探ろうといろいろと探りを入れてみるも、原因ははっきりしない。

友人が以前言っていた”更年期障害”なのかと思ってみたものの、妻もすでに60をとうの昔に超えていて、いまさら更年期障害だ何だと言うような歳でもない。それでも、遅咲きの”おばあちゃんデビュー”なのか、と思っていた。さらに、次の日には打って変わっていつもの明るい妻に戻っていたのを見ると、やはり私のごみの出し方が悪かったのか、それともポケットにちり紙を入れたまま洗濯をしてしまったことが原因だったのかも、と思うに留まった。



異変は私にとって、第二の人生の始まりだと感じさせた。

「私ね、蟹が好きなの」

ついては、新潟においしい蟹を食べに行きたいと言ったのは、親戚から先日新潟に行った折に送った蟹のお礼状が来た一週間後のことだった。

何の冗談かと妻に

「先日行ったばかりなのに、まだ食べたりないのか?」

と返すと、妻は怪訝そうな顔をして、刹那考えをめぐらしていたが、

「そう、蟹大好きなのよ、全部送らないで、私達の分も買っておくべきだったわね」

といった。冷凍庫には、あの時大量に買った蟹がまだ残っている。

私は背中に薄ら寒いものを覚えた。


「初期の認知症、だと思われます」

医者が淡々と口にしたその単語は、やはり淡々と私の脳へ刻み込まれた。しかし、理解するには少々の時間が必要であった。

「あの、アルツハイマーとか、そういったことなのでしょうか・・・」

医者は一呼吸置いて

「もう少し詳しく調べる必要がありますが、ちょっと気になるのは進行が早いことなんです」

気になる・・・進行・・・早い・・・その3つの言葉が豊治の頭の中で繰り返し叫ばれていた。

「し、しかし、以前から感情の起伏が激しかったりといったのはあったんですが」

「進行が早い、といったのはですね、症状の進行が段階的なステップを踏んでいることが目に見えて明らかという意味なんですよ」

「あ、あの、どういうことなんでしょうか・・・」

「ご説明しますと、認知症にはいろいろな原因がありまして、大きく分けて、旦那さんがおっしゃいましたアルツハイマー病によるものと、脳血管障害による認知症の二つがあげられます。奥様は、この後者の脳血管障害による認知症の疑いがあるのです」

「はぁ・・・」

「これはですね、軽い脳梗塞が積み重なるにつれてその都度症状が悪化するというものです。この軽い脳梗塞は軽い頭痛や突発的なめまい、吐き気などをもよおしますが、卒倒したりはしない場合が多いのです。徐々に脳の組織が破壊されていくので、ある程度進行しますと奥様のように、日常生活に支障が出てくるケースも見られるようになるんです」

「はぁ・・・」

その後、医者がいろいろと説明してくれていたようだったが、豊治の心はすでに別のところに飛んで行ってしまっていた。

妻が・・・認知症・・・脳梗塞・・・

以前のように、もう二度と旅行にはいけないのだろうか・・・妻にはもう二度と甘えられないのだろうか・・・

「あ、あの、先生・・・」

説明してくれている医者の口元を見つめながら

「私、これからどうしたらいいのでしょうか」

と、説明をさえぎるようにつぶやいた。

今度はその口元から、どんな言葉が出てくるのか。

医者は豊治の視線から外れようとしたのか、少し体をよじってから、豊治の肩にそっと手を置くと静かに微笑んだ。

「まずは、原因をはっきりさせましょう。今はいい薬もあるんです。原因が分かれば、奥様はきっと元気になれますよ」


とりあえずの検査入院とは言われたものの、豊治は我が家の畳を聡子と一緒に踏むとはもうないのだ、とぼんやり考えていた。

大丈夫よ、心配ないんだから、と妻は言ってくれたが不安で仕方がない。自分が妻を元気付けさせてあげなくてはいけないのに、その妻から励まされ、自分のふがいなさとやるせなさに目頭が熱くなるのを感じたが、今は、それだけはしてはいけないと自分に言い聞かせ、何も心配してないさ、検査が終わったら浅間山に行こう、と笑顔で言った。

妻は笑い返し、では、宿の予約をしておいてね、と言った。


検査の結果は医者の言ったとおり、妻の症状は脳血管障害からくる認知症ということだった。検査入院後は特に入院の必要なしということで、妻の自宅療養が始まった。

病気の進行を止める薬だとか、これからのスケジュールだとかを後日病院で説明を受け、豊治は覚悟を決めた。

これから、妻が私にしてくれていたことを、今後は私が妻にするのだ。

病院から紹介を受けたカウンセラーが、”いままで奥様にしてもらったことを、恩返しできるチャンスじゃないですか”といったことに対し、最初は若干腹が立った。なんて他人事なと思ったが、自宅で妻の寝顔を見ていると、ああ、そのとおりかもな、と思えてきた。

今はまだ意識もはっきりしていることだし、少々物忘れと感情の起伏が激しいことがたまにあるだけであり、医者にも外出に関しては激しい運動にならないようにすることと、食事に気をつけることを告げられただけで、その他の制限等は特になかったので、月に一度の旅行を月に2度にした。出来るだけ多く、妻に豊治との思い出をその胸に刻んでほしかった。というと聞こえはいいが、実のところ、豊治が妻との思い出をほしかったのだろう。移動の手段は以前にも増して、車を使う機会が多くなった。電車ではなく、車にすれば何かあったときにすぐに対応できるということと、電車や飛行機のように、周りに人がいないことで迷惑をまわりにかけなくてすむ。ただ、あまりそのような心配は必要がなかったようで、豊治との旅行中は妻の具合が悪くなることはほとんどなかった。


その後、一時は快復の兆しを見せた妻の病状は、やはり時間を追うごとに悪くなっていく一方であった。

その間、豊治は出来るだけ認知症に関する書籍を読んだり、その筋の権威の話を伺ったり、同じ悩みを持つもの同士のサークルに入ったりして、この病気に関しての知識を増やしていった。また、この病気とどのように付き合っていくか、ということもあわせて学び、今では認知症も妻の個性の一つだと思えるようになっていった。

妻を大事にしたいと思う気持ちは、病気になる前と比べれば、格段と強くなっている。

境遇が境遇なだけに、言葉は適切でないかもしれないが、豊治は傍から見れば人生を謳歌しているようにも見えた。生きがいを見つけ、その夢に突き進む若者のパワーにも似たものを豊治は感じていた。


残念なことは妻の症状が進むに連れ、宿泊できる施設が減ったことと、立ち寄れる観光名所が減ったこと、さらに妻が大好きな食べ歩きでも、寄れる店が減ったことだった。

しかし、山の木々や町並み、波の打ち寄せは暖かく二人を招いてくれていた。

余生というにはまだ早い、と豊治は思った。まだ旅の途中。日本中の景色を見てまわり、その感動を妻と共有しなくてはならないところがまだまだたくさんあるのだ。

日本が終われば、中国、韓国、ああ、そうだ、世界三大料理もまだ食べてないよな、ピラミッドなんかも見ておきたいよね。

妻とそんな会話が出来る日が残り少ないことを心の奥底に封じ込めては、思い出作りにいそしむ日々が続く。


妻の病気が発覚してから8年がたった。

今では妻の意識がはっきりしていることはもうほとんどなくなった。それでもいい。私は妻と一緒にこの畳の上でひなたぼっこをしていることが何よりも幸せなのだ。

聡子と最後の旅行をしてからもう半年がたち、豊治の目ももうかすんできて良く見えなくなってきていた。それでも、妻の意識がはっきりするわずかな時間には、次に行く旅行の話で盛り上がる。

もう一時間も蜜柑の房を握り締め、時々うれしそうに笑う妻の横顔を見た。こうやって妻の横顔を見ていると、新婚旅行で行った九州での海岸を思い出す。

打ち寄せ、潔く引く波を眺めながら、妻が私に言った”この波のように、どこかいっても、必ず私のところへ帰ってきてね”といった言葉が思い出された。


よし、海へ行こう。


豊治が入会している、認知症を家族に持つサークルでは、毎年一回バスをチャーターして旅行をしている。医師も看護師も同乗しているからかなり安心して旅行が出来る。

出不精になりがちな認知症の患者を持つ家族にとってはありがたいサークルで、認知症の患者と安心して旅行が出来るというメリットがあるだけでなく、サポートしてくれる人がいるから、介護をする側にとってもちょっとした気休めができるというのがありがたい。実際、豊治も体力の衰えから介護無しではすでに旅行もままならないのでこのサークルでの旅行がなかったら、死ぬまで妻と旅行することはなかっただろう。


海へ行こう、と豊治が思った次の日、そのサークルから新潟へ蟹を食べに行くツアーの誘いの通知が来た。

即日参加の返信をした。その日が待ち遠しい。


一日千秋の思いで待ち望んだ新潟の海は穏やかであった。

5月の心地よい、蝶の舞う細道を抜けたその先に、かつて妻と手をつないで貝殻を拾った海岸にたどり着いた。

妻の横顔を見る。

車椅子に座る彼女が、刹那、笑顔になったと思ったら、突然泣き出す。

豊治は妻の横に座り、海を眺めた。ここで貝殻を拾った後に市場で蟹を見つけてはしゃいだ妻の顔が思い出される。

「この後、蟹を食べに行こうね」

妻は、まだ、泣いていた。


市場についたころ、妻は怒っていた。

市場に沿って立ち並ぶ食堂を一つ、ツアーで貸切にしてあって、そこで夕食となった。

妻は怒りながら蟹を手に取り、振り回していた。豊治がなだめるのも聞かず、早口で豊治に怒っていた。

ここは豊治と妻が、かつてその味覚に酔いしれた食堂であった。豊治は看護師に少しの間妻を見ていてくれるように頼んでから小用を済ませるために、席を立った。

今でもまだ、妻と座った席を覚えている。入り口を入って右側の・・・ああ、あの席だ。

トイレから出てきた豊治はその席へ近寄り、テーブルにそっと手を伸ばすと、テーブルに手が着くより先に涙が一つテーブルに落ちてはじけた。

妻の叫び声がしないことに気がついて振り返ると、妻が笑顔で蟹を口にしていた。


今日の蟹もあのころとなんら変わりはない。身がぷりぷりして歯ごたえも、香りもあのころと同じだ。

その味に記憶の糸を一本見つけて、豊治は時間がたつのも忘れて妻の横で蟹を味わった。

つかの間だったが、横に妻がいることも忘れていた。ふと気がつき、妻を見ると、あの時、車中で見た寝顔と同じ顔で妻は軽い寝息を立てて眠っていた。

違うのは、妻の汚れた手を、看護師が黙々と拭っている光景が付け加えられていることだけだった。


いささか食べ過ぎたのか、胃が重い。年甲斐もなく、食べ過ぎてしまった。

思えば愚かしいことだ。ただの蟹にあのころの妻を見たような気がして、戻りもしない過去の糸を懸命に手繰り寄せようとしていたのだ。

現在というものを懸命に生きているつもりが、いつの間にか過去の思い出をよりどころとしている自分がいることに、介護の疲れと体力の衰えに絶望していることに、あのころのやさしかった妻の面影が今はほとんど見られないということに気がついて、愕然とした。


次の日、その次の日も蟹が胃に残っていた。

妻は相変わらず庭の木を眺めている。

最近は娘もうちへはこない。娘の子が結婚をするらしいという電話が来たのはその日の午後だった。

ちょっと今は忙しいので、落ち着いたら必ず一緒に伺うから、とは言っていたものの、本当に来るのかどうかは分かったもんじゃない。


その次の日も、豊治の胃は満腹のままだった。発熱があり、めまいもする。

ヘルパーを呼び、自分は病院へ行った。


「検査してみましょう」

歳も歳なので、大事に越したことはないというので、妻を家に置き去りにすることにひどい罪悪感を覚えたが、いたし方あるまい、検査だけ受けてみることにした。


癌だった。


中期の胃癌で、手術をすれば治るかもしれないが、といわれた。いずれにしろ、長期の入院が必要であることに変わりはない。

一応入院するということで同意し、その日はとりあえず入院準備をするために帰宅した。

首を支える力も失い、帰りのタクシーの中ではずっとうなだれていた。運転手が、具合が悪いのですか、病院へ引き返しましょうかといってくれたが、いや、いいからそのままやってくれ、と言った。


自宅に帰り、介護をしてくれているヘルパーに、事情を説明する。同情はしてくれているが、内心面倒になったと思っているに違いない。

本当は自分の妻の面倒を他人にしてもらいたくはない。してもらいたくはないのだ。


ほどなくヘルパーは帰社した。

これからのことは、とりあえず、カウンセラーが今日中に来るというのでその人と打ち合わせをしてくれ、とのことだった。

豊治は入院するための準備をしていると、妻がわめきだした。

「どうした?ごめんな、俺がいなかったから、怒っているのか?」

妻は豊治の言葉に耳を貸してないなかった。

「頼むよ、どうしてほしいか言ってくれよ」

豊治は妻の手をぎゅうっと握ったが、妻は勢い良くそれを振り払い、豊治に張り手をした。

「ごめんよ、痛かったのか?ご飯が出来ているから、一緒に食べようか?」

満たしたくもない腹をさすっておなかがすいているそぶりを見せながら妻に囁く豊治の鼻からは鼻血が流れていた。

「あ、すまん、シーツが汚れちゃうね。ちょっとまってて、今拭くから」

ティッシュで鼻を拭うが、なかなか止まらない。何枚も何枚もティッシュを使い、やっと鼻血が収まってから台所のヘルパーが用意してくれた夕食を妻の元へ運んだが、そのころすでに妻は静かな寝息を立てていた。

窓から入る月の光が、妻の頬を銀色に輝かせ、豊治の知っている妻の顔になっていた。妻の夕食を傍らに置き、妻のベッドの横に椅子を置いて座ってみた。

見れば見るほど、妻はあのころの妻に戻ったのではないか、と思うほど、美しいままに横たわっていた。

妻の頬にそっと手を触れてみる。かすかに手が震えだし、妻を起こしてはいけないと、すぐに頬から手を離した。

妻は、目を覚ましたら、私になんと言うのだろうか。

今度、正気に戻ったとき、私がいなかったら悲しむのだろうか。

いつか、私がいないときに、妻は私がいないことに、気がついてくれるのだろうか。

豊治は妻に話しかけた。


「俺は疲れた。疲れてしまった。疲れてしまったんだよ。ごめんよ。お前の横にもう、いられなくなってしまうんだよ。でも、最後に昔のお前を見ることが出来て、俺は幸せだよ。なあ、どうだろう。俺がお前に迷惑をかけた分、俺は償うことが出来たのだろうか。お前は満足してくれているのか?なあ、答えてくれよ。お前と食べたあの蟹、あの味はまだ覚えているよ。伊豆へ行ったとき、財布を家に忘れてきちゃったときは、お前、怒ったよなあ。あの時はごめんな。でも、あれでさえ俺には、今となっては良い思いでなんだよ。お前は怒るかもしれないけど、俺には、どれもこれも、良い思いでなんだよ。お前にとって、俺と一緒になったことは、幸せだったか?俺は幸せだったよ。お前と一緒になれたことは幸せだったんだよ。ほんとだよ。ああ、忘れてた、お前が検査入院する日に浅間山に行こう、と約束したけど、結局行けなかったなあ。あの後いろんなところに行ったけど、浅間山だけには行ってなかったなあ。それが心残りだよ。もし俺が帰ってきたら、そのときは必ず浅間山に登ろう。手をつないで、一緒に浅間山に登ろうな。それで、記念写真もいっぱいとって、孫に送ってあげようよ。まだまだ元気ですって手紙を添えてさ。なあ。一緒に登ろうよ。なあ。なあ。」

豊治には妻の顔が微笑んだように見えた。涙でゆがんだからか。月の光の魔力のせいか。ともかく、妻は微笑んでいた。


妻をこのまま一人になんかさせない。ヘルパーになんか頼むものか。

妻の面倒は俺が見る。俺が見るんだ。俺が・・・


「はい、OO警察署です」

「・・・」

「どうしました?」

「・・・あ」

「何かありました?落ち着いてお話してください」

「妻・・・が・・・」

「はい」

「妻が・・・死にました・・・」

「え?」

「私の・・・横で・・・死んでいます」

「お宅は大丈夫ですか?」

警察官は電話を持つ手を持ち替えて、メモをとっている。

「はい・・・はい・・・分かりました。あなたはその場を動かないで、待っていてくださいね。すぐに行きますから」

管内の警官が数名、上着を手に取り、外へ駆け出した。




「・・・でもね、豊治さん、だめだよ殺しちゃあ」

「・・・」

「俺にもね、認知症の母がいるんだけどさ、やっぱりお母さんじゃないの、おれはとてもじゃないけど、殺せないなあ。だめだよ」

「・・・」

「ううん、まあ、あれだ、とりあえず、状況は分かったから」

「・・・分かった?」

「あ、ああ」

「・・・そう、ですか・・・分かりましたか・・・」


豊治は顔を上げると、取調室の窓から月が見えた。月の模様がどこかの国では蟹の模様のように見えることを思い出していた。

初投稿作品。

今読み返すと粗が目立つ。

いつか書き直したいけど、現実で介護始めているので(祖母だけど)、気持ちが重くなって手が付けられない…


後書きコメント 2021/9/15

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ