表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

童話

幸福な朝のおはなし

作者: 千日紅

 あるところに、お母さんとぼうやがふたりきりで暮らしていました。

 お父さんはいません。

 ぼうやのお父さんは、ぼうやが生まれる少し前に、病気で亡くなってしまったのでした。

 けれど、ぼうやはお父さんが大好きでした。


「ぼくは、おとうさんが だーいすき。でも、ぼくは、おとうさんのことをちっともしらないんだ。こんなかなしいことって ないよ。」


 お母さんは、ぼうやをかわいそうに思って、お父さんの写真を見せたり、お父さんのお話をしたりしてあげましたが、ぼうやは悲しくなるばかり。


 そんなある雪の夜、泥棒がやってきて、お母さんとぼうやの家に忍び込みました。

 泥棒は、お母さんとぼうやが寝てしまうのを、天井裏で待ちました。

 お母さんとぼうやは、おやすみのお祈りをします。


「おとうさん、おやすみなさい。ああ、おとうさんのこえが きけたら、どんなにうれしいかしら。おとうさんのおかおが みられたら、どんなにうれしいかしら。おとうさん、ゆめでいいから、ぼくのところに あいにきてね。」


 家中の明かりが消えて、泥棒は しめた、と思って天井裏から滑り降りました。

 その時です。

「おとうさん。」

 ぼうやが起きてしまいました!

 どうやら、ぼうやは、泥棒をお父さんだと思っているようです。

 寝ぼけているのでしょうか。それとも……。

 泥棒は、うんと怖い声で、

「しずかにしろ、さもなければ……。」

と言いました。

 するとぼうやは「うわあ。」と言いました。

「おとうさんのこえは、うんとひくいんだね。」

 それで泥棒は、手を高くあげて、熊みたいに襲いかかるまねをしました。

 するとぼうやは「うわあ。」と言いました。

「おとうさんのせは、うんとおおきいんだね。」

 しかたなく、泥棒は、ぼうやをつかまえて――ぼうやはちっともにげません――口を塞ぎました。

 するとぼうやは「ふがふが、ふがふが。」と言いました。

 あんまりふがふが言うので、泥棒がそっと手をはなすと、ぼうやは、

「おとうさんって、とっても、あったかいんだね。」

と言いました。

「ぼくね、おとうさんにあえるのを、うまれてからずぅっと、まっていたんだよ。おとうさん、ぼくに、あいにきてくれてありがとう。おとうさん、だぁいすき!」

 ぼうやはそういって、にこにこ笑いました。

 あんまりぼうやが嬉しそうにするので、泥棒はこまって、しかたなく、ぼうやを腕に抱いて、ゆりかごみたいにゆらしました。

 ぼうやはそのうち、ねむってしまいました。

 その寝顔の、かわいらしく、やすらかなこと。

 きっと、ぼうやのお父さんも、こんなぼうやの顔を見たかったにちがいありません。

 泥棒は思いました。

(おれは、このこの、おとうさんのかわりに、ありがとうといわれたのだ。なんて、もうしわけないのだろう。)

 泥棒は、泥棒をやめることを決心して、ぼうやをそっとベッドに下ろしました。

 それから、うんと優しい声で、こもりうたをうたいました。


  ぼうや、わたしの かわいい ぼうや

  いつでも おまえを みまもっている

  おとうさんは、おまえが生まれる ずっと前から

  お前のことが だいすきなんだ

  これからも ずっと ずっと だいすきだよ


 つぎの朝、ぼうやが目覚めたとき、泥棒はいませんでした。

「ねえ、おかあさん、ぼくは、きのう、おとうさんにあったんだ。」

 お母さんは、

(きっと、ゆめをみたのね。)

と思いましたが、黙っていました。

「おとうさんはね、うんとひくいこえで、うんとおおきくて、うんとあったかかったんだよ、それから、おかおは みられなかったけど、ぼくに こもりうたを うたってくれたんだ。」

 おおよろこびのぼうやをお母さんは抱きしめました。

 それからしばらくふたりは抱きあっていました。


 ある雪の夜の次の、幸福な朝のおはなしです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] いいお話!
2024/03/21 11:03 退会済み
管理
[良い点] 読み終えた後に心が温かくなりました。 短いストーリーで,短時間で読めます。 [一言] 登場人物に具体的な個人名が使われておらず,ショートショートのようで個人的に好きです。
[良い点] やさしい世界 [気になる点] やさしい世界 [一言] 圧倒的やさしい世界ッ!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ