幸福な朝のおはなし
あるところに、お母さんとぼうやがふたりきりで暮らしていました。
お父さんはいません。
ぼうやのお父さんは、ぼうやが生まれる少し前に、病気で亡くなってしまったのでした。
けれど、ぼうやはお父さんが大好きでした。
「ぼくは、おとうさんが だーいすき。でも、ぼくは、おとうさんのことをちっともしらないんだ。こんなかなしいことって ないよ。」
お母さんは、ぼうやをかわいそうに思って、お父さんの写真を見せたり、お父さんのお話をしたりしてあげましたが、ぼうやは悲しくなるばかり。
そんなある雪の夜、泥棒がやってきて、お母さんとぼうやの家に忍び込みました。
泥棒は、お母さんとぼうやが寝てしまうのを、天井裏で待ちました。
お母さんとぼうやは、おやすみのお祈りをします。
「おとうさん、おやすみなさい。ああ、おとうさんのこえが きけたら、どんなにうれしいかしら。おとうさんのおかおが みられたら、どんなにうれしいかしら。おとうさん、ゆめでいいから、ぼくのところに あいにきてね。」
家中の明かりが消えて、泥棒は しめた、と思って天井裏から滑り降りました。
その時です。
「おとうさん。」
ぼうやが起きてしまいました!
どうやら、ぼうやは、泥棒をお父さんだと思っているようです。
寝ぼけているのでしょうか。それとも……。
泥棒は、うんと怖い声で、
「しずかにしろ、さもなければ……。」
と言いました。
するとぼうやは「うわあ。」と言いました。
「おとうさんのこえは、うんとひくいんだね。」
それで泥棒は、手を高くあげて、熊みたいに襲いかかるまねをしました。
するとぼうやは「うわあ。」と言いました。
「おとうさんのせは、うんとおおきいんだね。」
しかたなく、泥棒は、ぼうやをつかまえて――ぼうやはちっともにげません――口を塞ぎました。
するとぼうやは「ふがふが、ふがふが。」と言いました。
あんまりふがふが言うので、泥棒がそっと手をはなすと、ぼうやは、
「おとうさんって、とっても、あったかいんだね。」
と言いました。
「ぼくね、おとうさんにあえるのを、うまれてからずぅっと、まっていたんだよ。おとうさん、ぼくに、あいにきてくれてありがとう。おとうさん、だぁいすき!」
ぼうやはそういって、にこにこ笑いました。
あんまりぼうやが嬉しそうにするので、泥棒はこまって、しかたなく、ぼうやを腕に抱いて、ゆりかごみたいにゆらしました。
ぼうやはそのうち、ねむってしまいました。
その寝顔の、かわいらしく、やすらかなこと。
きっと、ぼうやのお父さんも、こんなぼうやの顔を見たかったにちがいありません。
泥棒は思いました。
(おれは、このこの、おとうさんのかわりに、ありがとうといわれたのだ。なんて、もうしわけないのだろう。)
泥棒は、泥棒をやめることを決心して、ぼうやをそっとベッドに下ろしました。
それから、うんと優しい声で、こもりうたをうたいました。
ぼうや、わたしの かわいい ぼうや
いつでも おまえを みまもっている
おとうさんは、おまえが生まれる ずっと前から
お前のことが だいすきなんだ
これからも ずっと ずっと だいすきだよ
つぎの朝、ぼうやが目覚めたとき、泥棒はいませんでした。
「ねえ、おかあさん、ぼくは、きのう、おとうさんにあったんだ。」
お母さんは、
(きっと、ゆめをみたのね。)
と思いましたが、黙っていました。
「おとうさんはね、うんとひくいこえで、うんとおおきくて、うんとあったかかったんだよ、それから、おかおは みられなかったけど、ぼくに こもりうたを うたってくれたんだ。」
おおよろこびのぼうやをお母さんは抱きしめました。
それからしばらくふたりは抱きあっていました。
ある雪の夜の次の、幸福な朝のおはなしです。